生きていた悪役令嬢
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四条桐華は、ツン、と澄ました表情で教室に入ってきた。
一年の頃から“悪役令嬢”として名を馳せた彼女だ。クラスの連中の一部は、彼女の姿を見るなり顔をしかめた。
だけど、俺だけは違って。
「あ! かっちゃん!」
そんな彼女の元へと、ゆっくりと向かう。
目から、大量の涙を流しながら。
そして。
「四条……!」
「え……!?」
近寄って来るなり名前を呼んで涙を流す俺に、四条は怪訝な表情を浮かべた。
「良かった……良かった……!」
駄目だ……彼女が生きてたことにホッとして、涙が止まらない……!
「な、なんですの……?」
訳が分からず、彼女は戸惑う。
「い、いや、いいんだ……! 生きていてくれて……あり、がとう……!」
そう言うと、俺はボロボロと涙を零しながらむせび泣く。
「ほ、本当に訳が分からないですけど……とりあえず、もう泣くのはおよしなさい」
「あ……」
すると彼女はハンカチを取り出し、俺の涙を優しく拭うと。
「本当にあなたは……変な方ですね……」
少し苦笑しながら、こんな俺を菫色の瞳で優しく見つめた。
俺は、そんな彼女の姿に感極まって……!
「っ!? え? え? えええええ!?」
「良かった……良かったよおおおお……!」
思わず彼女を抱き締めてしまった。
「チョ、チョットかっちゃん!?」
見かねた優奈が俺の身体をガシッと羽交い絞めにし、四条から無理やり引き剥がした。
そして。
「な、何考えてるんだよ! に、二年生になって最初にすることがそれかああああ!」
「グハッ!?」
俺は優奈に思いっきり頬を引っ叩かれた。
「このバカ! 変態! スケベ!」
「う……だ、だけどよお……」
優奈がこれでもかという程罵倒する。
や、確かに冷静になって考えたら、いくら生きていたことが嬉しかったとはいえ、事情を知らない彼女からしたら、突然抱きついた俺は変質者の変態のサイコ野郎にしか見えねえよなあ……。
そう考えた途端俺は怖くなり、おそるおそる彼女の様子を窺ってみると……。
「ああああ……あうあうあう……!?」
あ……真っ赤な顔を両手で押さえながら涙目になってる……。
「とにかく! うちのかっちゃんがゴメンね!」
「わっ!?」
優奈が俺の頭をグイ、と無理やり押さえつけると、俺の腕に抱きついて引きずられてしまった。
つか優奈! 胸! 胸が当たってる!?
その時。
——キーンコーン。
お、朝のチャイムだ。
とりあえず、優奈が仕方ないとばかりに俺を解放した。
だけど。
「……かっちゃん、後で……ね?」
……どうやら退路を断たれたみたいだ。
◇
「ふうん……夢、ねえ……」
「そ、そうなんだよ……!」
始業式も終わり、新しいクラスメイト達が帰り支度を始める中、俺は目の前にいる優奈に檄詰めされていた。
朝の一件については、優奈には四条が死んだ夢を見たってことで押し通そうと思っている訳だが、奴は最初から信用してない言わんばかりの表情を浮かべながらジロリ、と俺を睨んでいる。
「と、とにかく! その夢が超リアルだったんだって! マジで焦ったし!」
「へえ……それを信じろと?」
「信じろ! とにかく信じろ!」
俺は優奈の瞳を見つめながら必死で訴える。始業式の間中ずっと練っていた嘘を。
「おーい! 今からカラボ行く人ー!」
クラスメイトの一人が、大声で叫んで参加を募る。
そういや去年……って今か。そんなことあったなあ。
あの時は、優奈に無理やり連れてかれて、アニソン(注:ニチアサ魔法少女モノ)歌ってクラスの連中からドン引きされたっけ。
ま、そのお陰でクラスの連中と打ち解けたってのもあったけど、それでも俺の中では黒歴史の一つだ。
「あ、カラオケだって! かっちゃん行こーよ!」
「えー……」
「む! 行くの!」
おっと、話が逸れたのはよかったけど、今度はまたあの時の魔の手が……。
その時。
「フン、くだらない」
そう呟きながら、四条が席を立って教室を出て行く。
そんな彼女を、クラスメイト達は蔑むような視線で見つめていた。
あー……これもあの時と一緒だったよなあ。
んで、ただでさえ好感度マイナスなのにクラスメイト達との溝がさらに広がったんだっけ。
「あっ、かっちゃん!?」
「ワリ、俺も今日はパス」
苦笑しながら少し困惑する優奈に謝ると、カバンを持ち、席を立って教室を出た。
そして。
「よ、四条」
「あ、あなた……」
靴を履き替え、スタスタと校門をくぐる直前の四条に声を掛けると、彼女は驚いた表情を見せた。
まさか、俺に声を掛けられるとは思わなかったらしい。
「帰りだろ? 途中まで一緒に行こうぜ」
「……あら? あなたはカラオケとやらに参加しないの?」
「別にー、興味ねーし」
つか、あの黒歴史を再現する気もねーし。
「……ハッ! まさか!?」
すると突然、四条が両腕で胸を押さえて身構える。
「や、『まさか』って何だよ」
「き、決まってるじゃない! 朝みたいに私に抱きついたりする気なのでしょう!」
「するか!」
警戒する四条に、俺は大声で否定した。
つか、朝のことは俺だってもう忘れたいんだよ! ……や、あの柔らかい感触と素晴らしい匂いは永遠に忘れる気はないけど。
「それより、四条こそカラオケ参加しねーの?」
「……フン、あんなくだらないもの興味ないわよ」
何の気なしに尋ねると、四条は眉根を寄せながら顔を背けた。
つかこれ、無理してんじゃね?
……しゃーねーな。
「よし! 四条は今日ヒマ?」
「え? ……べ、別に暇って訳じゃ……」
四条は少し言い淀む。ハイ、ヒマ確定。
「んじゃ、行くぞ!」
「ええ!? チョ、チョット!?」
俺は四条の手を無理やり引っ張り、校門を抜けた。
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