7、「幼女化の呪い」
「マリちゃん先生ありがとなっ! 少しは魔法にも自信ついだぜっ!」
『はいはい。んー、あなたなら、いつかあたしの死体の回収も任せられるかもね。頑張ってレベル上げなさいよ?』
「……あー。はい」
いや、マリちゃん先生の願いはかなえてあげて―けど。物理的に無理じゃね?
まず、666階とか深すぎるし。いくら脳筋のオレでも、まかせろガハハなんて安請け合いできるような話じゃあない。
でもって、そもそもの話、400年の前の死体なんて、灰すら残ってないんじゃないかって疑惑が。だいたい魔物に食い散らかされ、スライムとかに溶かされて、髪の毛1本すら残ってないんじゃないかって思うんだが。
『あー。その顔はどーせ死体なんかとっくになくなってんじゃね?って顔ね』
「ぬわ、オレの顔そんなにわかりやすいっすかっ!?」
速攻で考えばれてた。
『まあわかりやすいわね。あたしの死体なら、ついこないだ確認してきたから大丈夫よ』
「へ?」
『定期的に666階に行って、【氷の棺】をかけ直してんのよ。あたし自身の死体で無ければ、パーティに編入して【転移】であっという間に運んでこれるのに。つくづく世の中、ままならないわねっ!』
「……なるほど」
死体と本人の幽霊じゃあ、どっちも同じとみなされてパーティ組めねーのか。初めて知ったわ。
あとたまに迷宮の奥に潜ってるのはそういう理由だったのか。なるほどだぜ。
『おまけにこんな格好だしっ。叶うことならやり直しを要求したいわねっ! 流石に400年も経てば全裸も慣れたけどさぁ』
「あー。マリちゃん先生。なんでそんな恰好なのかって、聞いても大丈夫っすか?」
通常、ゴーストは死んだときの姿を取る。だから、大概のゴーストというのは腹から臓物垂らしてたり、何かしら死因がわかる姿であることが多い。
にもかかわらず、マリちゃん先生は全裸でどこにも傷らしきものは無い。
ということは、普通に考えると裸の時に死んだと考えられるわけで。そうすると、なんともあまり想像したくない様な原因で死んだのではないかと思えてしまって。
だからこれまでなんだか聞きずらかったのだけれど。
『……見込みのあるあなただから教えてあげるけど。恥ずかしいんだから言いふらしちゃだめよ?』
「うっす」
『流石に迷宮も奥深くになるとさ、いちいち地上まで戻ってくるのが面倒になってさ。でも日本人だし何より女の子だし? 毎日お風呂入りたいわけよ』
「……はぁ」
ニホンジンってのが何かはわからねェが、とりあえず頷いておく。女の愚痴は良くわからないがとにかく大変だったねーって頷いとけばいいらしい。
「……って、風呂、ですかっ?」
『奈落で魔法駆使してお風呂入ってたらさ、あんまり気持ちよくってうっかり眠っちゃって。でもってすごく疲れてたからそのまま……ぶくぶくーって感じ。一生の不覚だったわ。もう死んでるけどっ』
「……なるほど」
それで全裸なんか。
『気が付いたら死体のそばで幽霊になってたから、なんとか自分を生き返らせようとしたんだけど。あたし僧侶系の魔法はからっきしでさぁ。でもって幽霊は物を持てないから蘇生薬も使えないし。しょうがないのでお風呂ごと死体を氷漬けにしたってわけ』
「それは大変だったっすね」
『うん。まあね。だから、あたしの死体をよろしくね。まあ、幽霊は幽霊で気楽なんだけど。やっぱ奈落の底まで行って。願いをかなえてもらって、日本に帰りたいしね』
「ニホン?」
奈落の底に辿りつけば、どんな願いでも叶うと言われている。
誰もたどり着いたことがないくせに、なんでそんな噂があるのかは知らないが。
ウソかホントかわからない様な、そんな眉唾な噂に頼らなければならないほど。
400年、幽霊をやってでも、諦められない。
「そこまでして、帰りたい場所なんすか?」
『……うん。まあ、あなたはそんなことは気にしないでいいのよ。頑張ってレベル上げて、あたしの死体を持ってきてちょうだいね?』
「うっす。マリちゃん先生みたいな立派な魔法使いに……」
おっとあぶねぇ、オレ、魔法使いの皮を被った戦士やるんだったぜ。
『あら、あたし魔法は使えるけど魔法使いじゃあないわよ?』
「へ?」
『あたしは狂言回しよ。魔法を使える盗賊系のクラスね。だいたいあたしソロなんだから。盗賊系技能ないと詰むじゃない』
「伝説の魔法使いって伝わってるんすけど。ってゆーか、トリックスターなんて職業聞いたことないっすよ??」
ああでも、侍が魔法を使える戦士だというなら。盗賊系にも魔法を使える職業があってもおかしくはねぇのか。
『あたしは自分が魔法使いだなんて名乗ったことはないわよ? まあ、400年も経つと流行り廃りで使われなくなる職とがあるのかもね』
「そっすね」
『ってゆーかさ、新人じゃないって話だったけど、まさかあなたアルだとは思わなかったわ。もう、全然別人じゃないの』
「げっ!? そっちまでバレてたっ!?」
いや、まあ、よく見れば顔は変わってないし。
それなりに付き合いのあるやつならすぐにばれるとは思ってたけどさ。
『にしても、わざわざ幼女化の呪いを受けるとか、そっちの趣味があったとはねぇ……。うん、あたしは割とそういう趣味には寛容な方よ? うん』
「いやオレただの転職ですし、元から女ですよっ? ちゅーか流行ってんのか、幼女化の呪いっ!?」
『ここ何年かで急に流行り出したわね。ムキムキの男性冒険者が、次に会ったときにはぷにぷに幼女になってるの。だいたいみんなあたしのとこにレベル上げにくるからさぁ』
「オレもそうだと思われたんすね……」
『そりゃあね、幼女化の呪い受けると転職と同じでレベル1まで下がるみたいだし』
「信じてくださいよ、マリちゃん先生、オレは無実だ! そんな呪いを好き好んで受ける様な変態じゃあねぇ!」
『ん、そゆことにしといたげるわねぇ。可愛いわよ? 似合ってるしその格好。いいんじゃないの』
「信じてねーし……。ってか、こんだけ呪い装備してたら言い訳できねえっ!?」
ちくちょう。なんかくやしーぜっ。
けど。
あれだよな?
いっそのこと、本当に。生まれ変わったつもりで。別人としてやっていくのもありか?
どのみち、筋肉ダルマで戦士としてのオレは既に死んだも同然で。
……道具屋のオヤジが最初に勘違いしてたみたいに、妹設定とかいいかもな。
ぱん、と両手で顔を張って、気合を入れる。
こほん。とひとつ咳払い。
「マリちゃん先生。実はわたし、アルの妹のアリスティアなんです。死んだ兄のかわりに奈落の制覇を目指す新人冒険者なんです。兄のアルではないんですよ?」
『……あー。はいはい。うん、いいんじゃない、そゆことで。悪くない設定じゃん』
「設定いうなし。わたしはア・リ・ス・ティ・ア、ですっ! なのですっ!」
『ごっめーん。姫プレイも似合ってるよ。ぷっ、クスクス』
ちゅーか、アリスティアは本名なんだよっ! 戦士やるときにあんまり可愛らしい名前じゃ舐められるからって、最初の2文字からアルって名乗ってたんだけどなっ!
まあいいや。
マリちゃん先生の死体を見つけたら、顔にひげでも書いてイタズラしてやろう。
そう心に決めた。
★一言メモ★
アリスティア「ん、んん。こほん。アルの妹の、アリスティアです。これからよろしくお願いしますね?」
真理「あの筋肉ダルマに幼女化願望あったとか笑えるー。まあ、黙っててあげるわよ。クスクス。……そういえば、PTメンバーはどうしたのかしらね?」
★設定殴り書き★
【マリーの幽霊の補足】:
本名の悠乃真理から想像ついたように、マリちゃん先生はチート持ちの異世界転移者。セカイを構成するプログラムを解析および一部改編する力を持っている。もっとも何でもできるというわけでは無いようだ。そんなマリのチートについていける人間かおらず、基本的にはソロで探索を続けていた。
奈落の底にたどり着けば元の世界に帰れると信じて探索を続けていたが、うっかり死んじゃって幽霊になってしまったのは作中で語られた通り。死後も自我を持ち続けているのはチートによるものである。
【狂言回し】:
4つの基本クラスから考えると、「盗賊+魔法使い」とか「盗賊+僧侶」の職もあると思われるわけで、そこから出て来た職業。魔法と盗賊技術を組み合わせて、物理攻撃と魔法を同時に使用するのが特徴。ちなみに「盗賊+僧侶」の方は「踊り子」の予定。たぶん作中には出てこない。