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 5、「マリーの幽霊」

「わおん(姫、起きてよぉ)」

「んあっ?」

 ちゅーか、姫って誰だ。ってかここどこだ。

 薄暗い部屋の中を見回して一瞬、混乱したが、すぐに宿代が無くて迷宮の小部屋で横になったことを思いだした。

「わり。昼過ぎにゃ起きるっつったけど、オレ、寝過ごしたか?」

 ふかふかのモフモフ枕を抱きしめて二度寝したい誘惑を振り払って起き上がると。

 ガンガンとドアを蹴り飛ばす音が聞こえてきた。

「あん?」

 見ると、入り口のドアをコボルトが必死で押さえているようだった。

「くぅーん(押さえきれないっ! 姫、なんとかしてぇ~)」

『変だなー。こんなとこカギのかかったドアなんかあったか?』

『蹴破れねえな?』

『特別なカギが必要なドアだっけここ?』

 ドアの外からは探索者らしい声が聞こえてくる。

「あー。そういや睡眠の邪魔されないように見張り頼んだんだっけか」

 1階コボルト共じゃ相手にならないか。

「おし、ちょっと待ってろ」

 手早く身だしなみを整えてドアへ向かう。

『おっかしーなー。調べたらカギかかってないみたいなんだけど』

『立てつけ悪いンじゃね? 蹴れ蹴れ』

 ガンガンと蹴飛ばされるドアに向かい。こほんと、ひとつ咳をする。

「はいってまーす。別のドアをご利用ください」

『ぬお、なんかかわいい声した』

『使用中ってナニしてんだよ』

『ここトイレだったっけ?』

「……えっち」

 ぼそりとつぶやくと。

『すまん、悪かった』

『ごめんなさーい』

『わりぃ』

 ドアの向こうから謝る声がして、足音が立ち去って行った。

「……つーかオレなにやってんだ」

 わん子がオレのこと姫とか言いやがるから、なんかガラにもねぇことしちまったかな。

「きゅーん(たすかったー)。ハッハッ」

「ってかお前は息荒くしてひとの股間に顔ツッコんでくるんじゃねェ」

 思わず頭を踏みつけてしまった。

「わん(ありがとうございます)!」

「……だめだこの犬っころ」




「んじゃお前ら、元気でなー。次会ったら瞬殺すっかもしれんけど」

「わん(姫、ばいばーい)」

「くぅーん(またねー)」

「ハッハッハッ(昂ぶって来た★)」

 コボルト共と別れて、部屋を出た。

 宿代は稼げなかったが睡眠はとれたから、まあ問題はねぇな。

 ちゅーかなんでアイツらオレのことを姫だとか……いや、それ以前になんでオレあいつらの鳴き声を聞いて意味が分かってたんだ? わん、とか、くーんとかで言葉になってねぇだろ。

 ……謎だ。

 まあいいわ。ちょっと寝てすっきりしたから、マリちゃん先生のとこでちょっと経験値稼がせてもらおう。

 マリちゃん先生というのは、奈落に住んでいる少しばかり特殊な幽霊のことだ。

 通常のゴースト系魔物と区別されて、”マリーの幽霊(マリーズ・ゴースト)”と呼ばれている。本来、ゴーストというのは奈落で死んだ探索者の残留思念、残りカスであって、まともに話も出来ないものなのだが。

 マリちゃん先生は生前の意識をしっかりと保ったままゴーストになってしまった。

 そして、自分の死体を見つけて蘇生してもらおうとしているのだが。亡くなった場所が奈落のあまりに奥深すぎて誰もたどり着けないので。探索者が自分の死体の場所にたどり着けるように、と探索者を鍛えようといろいろ教えてくれるので、”先生”と呼ばれている。

 最近はマリちゃん先生の所はご無沙汰だったが、昔は毎日のように通ってたから目をつむってても行ける。ってかダークゾーン抜けなきゃいけないから目を開けてても見えないんだけどな!

 壁に手を付きながら歩数を数えて、途中の隠し扉を通り抜けて隠しエリアに到達。

「居るかな……」

 マリちゃん先生は今でもソロで奈落の探索を続けているらしいので、たまに長期にわたって姿を見せないことがある。幸い、今は探索中ではないようだった。

 ”御用の方はノックしてね?”と書かれたドアを軽くノックする。

『どーぞ。開いてるわよ~』

「失礼します、マリちゃん先生」

 一礼して部屋に入ると。

『あら、見かけない子ね。新人かしら?』

 見た目は十代中ごろ、全身がぼぉっと青白く、そして半分向こうが透けて見える――全裸の少女がふわふわと浮かんでいた。

『最初に言っておくけど、あたしは真理。悠乃(ゆうの)真理よ。マリーじゃなくって真理だから間違えないように!』

「大丈夫です」

 ユーノ・マリィ。知る人ぞ知る、伝説の魔法使い。

 現在、公式には奈落の最大攻略階数は125階となっているが。

 ウソかホントか自分の死体は奈落(アビス)の666階にあると言い放つ、非常識な存在だ。

 しかもソロ攻略だという。マジヤバイ。

 そしてその言葉が本当だと感じさせるだけの実力と知識を備えているのだった。

『……あら、新人じゃなかったのね。それとも誰かに聞いてきた?』

「……そんなところです」

『じゃあ、授業料のことも知ってるわね』

「はい」

 マリちゃん先生の授業料は、長期的には先に上げたように「いつか死体を回収して蘇生すること」。そして短期的には。

『んふふ、若い子からもらうのは久しぶりね』

 ぺろりとマリちゃん先生が舌なめずりする。

 見た目は十代半ばごろなのに、全裸なのも相まって、女のオレでもちょっとドキリとする妖しさだ。

 そんな先生だが、実は幽霊になってから400年以上経っているらしい。

 ……死体、骨どころか灰すら残ってない気がするんだが、それは言わない方がいいんだろうな。

 普通は幽霊だってそんな長期間は存在できない。だから先生はこの世に残るために。

 生きた人間の、生気を必要とするのだ。

『いただきまーす、って。ちょっと、あなた1レベルじゃないの。吸ったら消滅(ロスト)しちゃうじゃないの!』

「あ、すんません。授業料は後払いで頼みます」

『もう』

 ちょっと怒ったフリをして、マリちゃん先生がふわりと空中に浮かんだまま胡坐をかいて、膝に頬杖をついた。全裸でそんな恰好をしているのに、なぜか部分を見ようとするとぼやけてしまう。少し離れて全体を見るようにするとはっきり見えるのに。

 謎だ。いや別に同性の裸に興味はないんだけどな。

『で、御用件は?』

「魔法の授業をお願いします」

 ネコミミ教官の所でもいろいろ教わったけれど、あくまでも訓練だ。

 ここでなら、実戦で教えてくれる。

 魔法使いで戦士をやることをあきらめた訳じゃあないが、一応、今のオレは魔法使いなんだから。魔法使いとしてもそれなりの実力を身に付けないといけない。

 ただ呪文を使えるようになっただけじゃあダメなのだ。

『そう、じゃあ』

 マリちゃん先生が、にんまり笑って。

『全部受け止めてあげるから、好きなようにどうぞ?』

 軽く手招きするように。かかってこいとばかりに、指を動かした。

「じゃあ、遠慮なく」

 オレは集中してみようとするとぼやけて見えなくなる先生に手のひらを向けて。

「いきます」

 とりあえず【着火】の魔法から試してみることにした。

★一言メモ★


コボルト1「わん(こんどまた姫に快適に過ごしてもらうために部屋改造しよう)」

コボルト2「わおん(姫は軽いけど、下敷きは正直きついよ……)」

コボルト3「わん(今度こそ姫に抱き枕にしてもらうんだっ)」


アル「先生は魔法無効化率たけーからな。全力でやんねーとかすりもしないかも。いくぞっ!」


真理「なんかカワイイ新人さんね。……どこかで見たような気がするけど」


★設定殴り書き★


マリーの幽霊(マリーズ・ゴースト)】:

 奈落の地下1階、ダークゾーンを抜けた先の隠しエリアに住んでいるゴースト。非常に高レベルであり、戦闘するだけで経験が積めてしまうので「マリちゃん先生」などと親しまれて、レベル上げの名所となっている。400年の経験があり、頼めばどの職業についてもいろいろアドバイスしてくれる。授業料はエナジードレインによる精気吸収だが、吸われる以上に経験値が溜るので低レベルのうちは損をすることはない。


精気吸収(エナジードレイン)】:

 アンデッド系や一部の高位悪魔が使用してくる特殊能力で、受けた者の経験値を吸い取ってレベルを下げてしまう恐ろしい攻撃。1レベルでこの攻撃を受けると0レベルになるため問答無用で消滅(ロスト)してしまう。まれに年齢を吸い取って加齢するものも存在する。

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