16、「筋肉十番勝負」
間が開いてすみません…。
いや、まだ慌てる様な時間じゃあないぜっ!
ガンガン鳴り響く警報を無視して、オレは全裸ニンジャの前に立った。
忍者というクラスは、レベルが上がると回避力が上がるという特性がある。しかし、一部の特殊な装備品を除いては、何か装備するだけでその特性は失われてしまう。
だから、超高レベルの忍者は何も装備しない。ただ、己の肉体だけを駆使して、あらゆるものの首を刎ねる。そういうクラスだ。
オレが愛棒たるブラジオンに出会ってなければ。あるいは、ステータスが忍者への転職に必要なだけあれば。もしかしたら目指していたかもしれないクラスだ。
だから。
この4階に現れる敵は、人形というか人の姿を模しただけのもののはずだったが。あの筋肉を見せられて、無粋に魔法をぶちかますなんてことはオレにはできねぇっ!
「ありすてぃあ、なにを呆けてるです? 敵が集まって来たです!?」
「ミルク、ちょっと黙ってて」
慌てたように服の裾を引っ張ってくるミルクの頭をなで、下がっているように、と後ろに押しやる。
ポーズを取ったままの全裸ニンジャは、興味深そうにこちらを見ている。
部屋に押し入って来たものの、何をするでもないオレたちの様子をうかがっているようだ。
そのうちに、奥の方から鎧を着たサムライの集団、杖を持った魔法使いと賢者の集団が現れてオレたちを取り囲んでしまった。
「良い筋肉ですね。しかし、わたしだって負けないですよ」
棍+1を床に放り出し、オレはおもむろにポーズを取った。
両拳を上に向け、上腕二頭筋を誇示するような忍者に向けて、むん、と胸の前で拳を合わせ、大胸筋を誇示するように力を入れる。
確かにオレは、転職によって頑強な筋肉の鎧を失った。
今のオレは貧相な肉体しか持っていないだろう。
だがしかし、筋肉の魂、”筋肉魂”まで失ったつもりはねぇっ!
単純なパワーは失われただろう。鎧の代わりになるほどの頑強さも失われただろう。
だが。
今のオレは、柔軟でしなやかなッ、そして細やかで精密に動く筋肉を持っているッ!
「……」
おもしろい、というように、全裸ニンジャが大胸筋をぴくぴくと震わせた。
貴様の”筋肉魂”を見せてみろ、とばかりにダブルバイセップスからサイドチェストへとポーズを変え、筋肉の厚みを誇示してくる。
「……くっ、すさまじいまでの”筋肉魂”ですね。でも、わたしだって負けませんからっ!」
両手を首の後ろで組み、腹筋と脚を強調するようにぐっと力を入れる。
「ありすてぃあ、ありすてぃあ、こわれちゃったです? まっそーるってなんなのですっ!?」
オレには物理的な筋肉量がたりねぇ、それに。
……おう、良く考えたらオレ服着たままじゃねーか。
こんなんじゃオレの筋肉魂は見せつけられねぇ。
すぐに貫頭衣を脱ぎ捨て、左の胸を強調するようにサイドチェストのポーズをとる。
「……ッ」
それまで余裕の表情だった全裸ニンジャが、ぴくりと頬をゆがませた。
効いてるっ!
なら、次は。
「これでどうだっ!」
ヤツが最初に取っていたポーズ、肘をまげて両拳を天に向け、上半身の筋肉を誇示するように胸を張る。
「ありすてぃあ、ありすてぃあ」
「今、勝負中なんだからっ! ミルクはだまってて」
「ありすてぃあがかんぺきにこわれちゃったです……。勝負ってなんの勝負なのです……?」
「これで決めるっ!」
上腕三頭筋を強調するように、ポーズを決める。笑顔もわすれちゃいけねぇ!
「……ッ!」
全裸ニンジャがこちらに背を向けた。
く、トドメをさせなかったかっ!? 背筋を見せつける気かっ!?
正面だけでもすごかったのに、背筋まで誇示されたら、オレはもうダメかもしれねぇ。
身構えるオレに対し。
なぜか全裸ニンジャは背中を丸めて前かがみになっていた。
「……それは、何のポーズ? どこの筋肉も強調されてないみたいだけど」
首を傾げていると。
「ありすてぃあ、ありすてぃあ」
「もう、勝負がつくまでは黙ってて」
「そうじゃなくて。服、透けてるです。ありすてぃあはやっぱり、痴女なのです?」
「……? ――あっ」
ポージングに夢中になってて気がつかなかったが。
扇情の衣、透けちゃってて。
靴とグローブはそのまんまだが。
オレ、ほぼ、全裸。
「きゃーーーーっ!?」
気が付いたらミルク含めて全員殴り倒してたぜ。ははっ。
オレにも羞恥心とか残ってたんだなぁ……反省。
「あー。粗末な物見せびらかした上に、いきなり殴り倒してすみませんでした」
服を着直してからとりあえず土下座。
「……」
いいってことよ、とばかりに大胸筋を振るわせる全裸ニンジャ。
まあ、裸見せてんのはこいつも同じだからお互い様かなぁ。筋肉にばっかり目を取られてたけど、落ち着いてみるとやっぱ、ぱんつくらいは穿いて欲しいよな。
なぜかこいつ。覆面だけはしてんだよな。いやまあだから全裸の変態じゃなくって全裸ニンジャだと分かったわけなんだが。
ちゅーか、オレの貧相な身体でも前かがみになんのか。
……まさかこいつもロリコンか?
「んー。いまさら仕切り直してバトルって感じでもなくなっちゃったなぁ」
「……」
何しに来たんだ?とばかりに全裸ニンジャが大胸筋を振るわせて来たので。
「……とまあ、そういうわけで、青のリボン取りに来たんだけど」
こちらの事情を簡単に説明すると。
「……ッ」
持っていけ、とばかりに全裸ニンジャが宝箱を持ってきた。
いや、魔物を倒してないのに。魔物本人が宝箱持って来るとか。
「あー。ありがとうございます?」
「……」
全裸ニンジャがニヤリと笑って。
イイモノを見せてくれた礼だ、とばかりに大胸筋を振るわせたので。
もう一発ぶんなぐっておいた。
やっぱこいつロリコンだろっ!?
ミルクと二人で宝箱を漁る。
目当ての青いリボンは束で入ってた。まあ、パーティに1つあればいいんだが、ミルクの分も含めて2つもらっていこう。
「ありすてぃあ、このゆびわはいらないのです?」
「あー。それ持ってるとHPどんどん削られて死ぬやつだから。さわっちゃだめよ?」
「おー」
奈落には罠アイテムも結構あるのだった。
なかでもこの”致死の指輪”は割と有名だ。昇降機使うために青いリボン取ろうとしたら、だいたい確定で手に入るし。恐ろしいことに、装備しなくっても、持ってるだけでHPが減っていくという特徴があるので、鑑定とかしなくってもすぐに分かる。
ちなみにこの呪われた指輪も、ボルタ&クーリ商店に持っていけばかなりの値段で売れる。
25万ゴールドだったかな。まあ、死ぬ危険を冒してまで試す価値があるかというと微妙ではある。つーか、こんなゆびわ、殺したい相手に送るとか、そういう使い道しか思いつかねーんだが……。オヤジ、ヤバイ商売してねーだろうな。
「ん? なんだこの鎧。妙に柔らかいな」
折りたたまれていたので最初は何かわからなかったが、じっと見つめると【鎧?】と不確定名が表示されたので鎧だと分かった。
奈落の宝箱から出る装備は、【鑑定】技能か魔法を持っていないとどういう装備かわからないようになっている。
どういうものかわからねーけど、硬くも重くもねーし。もしかしたらオレが着られるものかもしれない。
一応、もらっておくとしようか。
★一言メモ★
アリスティア「……この鎧、なんだろーなー?」
みるく「(ありすてぃあは変態さんなのです)」ガクブル
★設定殴り書き★
【宝箱から手に入るアイテムについて】:
奈落では魔物を倒すと宝箱が出現することがある。なぜ魔物が宝箱を落とすのかは謎である。宝箱の中身は【鑑定】の魔法や技能を持たないものには、黒いモヤがかかったように見え、大まかな種別しかわからないようになっている。これは奈落の呪いの一つともされている。この未鑑定の状態でも装備や使用することは可能だが、奈落には呪われた装備も多いことから未鑑定の装備をそのまま使用することはお勧めできない。もっとも地上の商店で鑑定してもらうと売値の半分という料金を取られてしまうためせっかく持ってきたアイテムがまったく儲けにならないのだが。