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Phase.8 最後の最後に信じるべきは

「おのれえっ、貴様らッ!さっきから聞いていれば、好き勝手なことをごたごたと!」

 すると、エドヴァルドがたえきれなくなったように叫んだ。

「ライネス、貴様は銃などなくても戦えるだろう!さっさとやってしまえ!相手はたったの四人だッ!」

「最上階から掴み落としてやるッ!」

 命令を受け、ライネスが銃を放り棄てて翔び上がってきた。うわっ、やっぱり翔べるのか。しかし、こちらにも飛行できる男はいるのである。

「ライネスッ、お前の相手は僕だッ!」

 サウル・イードだ。


 素手になった二人は天井付近まで上がると、翼をもつれ合わせて、転げ落ちた。そこからは翼でどつきあうわ、くちばしで突き合うわの大乱闘。死力を尽くした戦いが始まった。


「貴様らも銃を棄てて行けッ!全員叩き殺せッ!」

 ガードマンたちも銃を棄てて迫ってくる。ここからは、問答無用の乱闘だ。

「ソフィア、外へ合図を送れッ!」


 私は、胸ポケットに入れていた信号弾を投げ渡した。あれを窓の外へぶち込めば、まずはヴェルデの組員が人数を連れて強行突破してくるはずだ。


「大騒ぎになれば次は警察だ。ダドたちが来るまでに、片をつけられるかな」

 と、私は傍らのじーさんを見た。

「で?あんたは、それまでどこかで休憩してるかい?」

「若造、わしをなめんなよ」

 さっきまでとぼけたじーさんだと思っていたのに、なんとやる気だ。

「現役時代じゃったら、この程度の連中、わし一人でぺぺぺのぺーじゃ」

 さすがは元・凄腕のスパイ。やるときはやるらしい。


「やれえっ!」


 エドヴァルドの声が降る。私は、頬袋にナッツをありったけ詰めた。


 この物語をよく知っている皆さんはご存じ。

 ここは銃が使えないのだ。と、なれば、私のナッツ砲の独壇場じゃないか。


「今日のミックスナッツは、ピスタチオ多めだッ!」


 かったい殻がついている例の奴である。私はそれをマック10(軽機関銃)乱射するようにぶちまけてやった。ナッツ砲の乱れ撃ちである。


「いたっ、いたたたッ!」「ぐわっ、目に入った!」


 今日のナッツはひと味もふた味も違うぜ。


「ははっ、やるのう若造ッ!」


 じーさんはその隙に飛び込んで、怯んだ連中をぶちのめしていく。なんかほめられたわりにトンビに油揚げさらわれたって言うか、いいとこ持ってかれた気がするが、ここはいいだろう。じーさん、やっぱり腕は衰えていなかったのである。


「大人しくしろッ!」

 そしてこっちは現役。サウルがライネスをフルボッコである。とどめのチキンウイング・アームロックがきまった。たまらずライネスは拘束を受けていた。


「くそおッ!」


 敗勢を悟ったエドヴァルドは出入り口に走りかけた。しかし、それをソフィアが阻む。


「どこへ行くんですかッ!?逃がしませんよッ!」

「どけ馬鹿娘ッ!」


 ソフィアを乱暴に振り払ったエドヴァルドめがけて、私は最後のナッツ砲を撃った。とっときのマカダミアナッツの殻つきである。こいつは世界一硬い殻なのだ。


「いでえッ」

 と濁った叫びを漏らしたエドヴァルドめがけて、私は渾身のストレートを放った。これで、すべてが終わったのだ。


「派手にやったな」

 殺人犯のテロリストを捕まえに、ダド・フレンジーが現場に踏み込んだときには、容疑者は全員正座である。ベガスで殺人を犯したライネス・ホーホロの逮捕は、選挙中のエドヴァルド陣営に大ダメージを与えるはずだ。


 そして極めつけは本人だ。影武者を使って遊説をさぼっていたエドヴァルド本人を、逮捕拘束したとなれば、総裁選はおろか、エドヴァルドは刑務所へ直行である。



「もう終わったな、エドヴァルド」

 最期を宣告するように、サウルが言った。フクロウ至上主義はここについえたのである。それにしても、ひどい政治家だった。

「ふっ、くく、そうだな。もう終わりだ…」

 エドヴァルドはむなしく天を仰いだ。悪党の末路など、まーこんなものだろう。

「観念したか」

「ああ、観念したよ。…もう、すべてを終わらせることにする」

 と言うと、邪悪な笑みでひきつったエドヴァルドは次の瞬間、奥歯を噛みしめるようにした。もう、諦めたんじゃないのか。何が起きたのか私たちは、一瞬分からずに顔を見合わせた。

「なんだ、いったい何をした!?」

「ふふふ、こいつはデッドマン・スイッチだ。私の『秘密』がさらされるくらいなら、お前らもろとも死を択んでやる。この部屋にはもしものときのために、爆弾が仕掛けてあるんだ。C4の比じゃないぞ。全員、月まで吹っ飛ぶぞお!」


「逃げろ!全員逃げろッ!」


 ダドたちはあわてて容疑者を担ぎ上げて、ビルを退去した。あっと言う間だった。なぜか後には、私とソフィアだけが残った。


『おい聞こえるかスクワーロウ!どっかに非常解除装置があるはずじゃ!お前らでなんとかせえ』


「じーさん、あんたちゃっかり先に逃げたな!?」

『いや、サウルが翔べるって言うから、お言葉に甘えて』

 だったら連れて行くのは、ソフィアだろう。つくづく、薄情なじーさんだ。

「スクワーロウさん、わたしは自分の意志で残りました。エドヴァルドの秘密、持って帰らないわけにはいきません!」

 それに比べて、なんて健気な後輩だ。絶対じーさんを見習ってはいけない。

「そもそも、その秘密って言うのはどこにあるんだ?」

『エドヴァルドの後ろにあったじゃろう』

「これです」


 ソフィアが指をさす。するとそこに博物館みたいなガラスケースがあって、置いてあった。なんだこりゃ。何やらごてごて宝石のついた和式便器である。


「え…?これがエドヴァルドの秘密?」

 私は唖然としてしまった。


『ええかよく聞け。そいつはのう、戦車砲でぶっ飛ばされても、ずええええーったい壊れない素材で出来ておる。わしはそこに、ある音声データを隠した。エドヴァルドのスピーチじゃ。画像は見たことあるじゃろ』


 言われて確かに思い出した。アルホじーさんがばらまいたエドヴァルドの演説動画、あれの音声がこの中にあるってことか。


『実を言うとサウルの父親はそのスピーチがあったパーティにたまたま顔を出して、秘密を知ってしまったのじゃ。あやつはホーの夜党の党員ではないからのう。エドヴァルドは裏の手を使って不当逮捕した。…当時、特殊部隊にいたサウルは、その身柄を奪還しに行ったのじゃ』


 そうか。ウッディが調べていたサウルの消えた軍歴、それは父親を救うための極秘作戦だったと言うわけか。


『その後、その音声データはわしが偶然手に入れた。するとエドヴァルドは今度はわしを脅迫してきたのじゃ。現役を引退してベガスを離れなければ、命は保証してやると言われてのう。だがわしもただでは転ばん。奴に音声データを渡すとき、とっときの頑丈なものにぶちこんでくれてやったのよ。これなら奴はうかつに始末できん』


 それで便器は、ここに保管されることになったのか。


「でもなぜ、便器だったんですか…?」

 ソフィアが当然の疑問を口にする。大体よく見るとこの便器、床面にくっついてるように見えるが。

『はは、受け渡すとき、このビルは新築でのう。わしが業者に変装して設置してやったのじゃ』


 気づいた時には、もう遅かった。エドヴァルドはこの便器を取り外すことも出来ず、ここを社長室にして、厳重に保管していると言うわけだ。


「えぐいな、じいさん」

 さすがに私は呆れた。

『なに、これぐらいやらんと、データと一緒にわしも始末されてしまうからな。お陰で、わしも悠々ベガス生活を満喫できた』

 狐と狸ならぬ、トンビとフクロウの化かしあいである。スパイて怖い。

「よく分かった。じゃあ、とにかく爆弾を解除するしかないんだな」

 私とソフィアは、とにかく外装ケースを取り外した。

『近くの床を探ってみい』

 私たちが言われた通りにすると、確かに一枚タイルが外れた。そこにはウォシュレット…じゃなかった、これみよがしな『非常用』の表示と共にでっかい白と黒のボタンが二つ。


『たぶんそのどっちかじゃ』

「どっちかって…?」


 もう片方は、起爆装置になってるって例の展開か。映画を観てる分には楽しいが、まさか自分がこんな目に遭うなんて!


『ま、普通なら黒が安全パイかなと思うが、そっちが起爆で実は白かも。分からん、後は任せた』

「迷うようなこと言うな!」


 時間がない。なんだか、床が、ごごごご言い出した。


「爆発しますよ!」

「ソフィア、君は情報分析官じゃないのか!何かヒントは?」

「あああああるわけじゃないじゃないですか!」

 ソフィアは目を白黒させると、およおよ首を振った。泡を吹きそうだ。

「アルホ先輩が言う通り、ホーは黒い党なんだから、起爆は黒で白が停止かも。いや、でも、そんなことないかな。裏をかいて逆とか。でも、根拠ないし!」

「落ち着け!」


 私は、自分でも逸る気持ちを取り抑えて言った。


「ソフィア、君の仕事は情報を扱う仕事だ。だが結局、情報と言うのはすべて『他人からの意見』だ。…君はそれに振り回されるために、情報分析官の仕事を択んだのかい?」

「スクワーロウさん…!」

 まだ、ソフィアの目は揺れている。決断できるような状態じゃない。


 今、私もやっと気づいた。

 ここは何か考えて惑わすよりも、心を決めるタイミングを見つけるときだ。


「君の仕事はあまたの『情報』の中から、一つの判断を拾う仕事だ。それはまず、揺るぎない信念があってこそ出来ることじゃないのかね!?」

「信念…」

 と、つぶやいたソフィアの目の色が、変わった。もう少しだ。私は励ますように言った。

「信念を持つんだ。それがあれば自然と、押すボタンは決まるはずだ」

「分かりました…!」

 ついに、ソフィアは言った。その目は、揺るぎない決意にあふれていた。

「押します、スクワーロウさん。わたしもう、心を決めました」

「よし。じゃあ、一斉に押そう。お互い押すボタンは決まったね?」

 私たちはうなずいた。そこには二つの運命の分かれ道がある。


「さあ、一気に行くぞっ!」







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