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Phase.6 ますます怪しいアルホ先輩

 そのとき、私のスマホが鳴った。当然、着信を残したヴェルデ親分だと思っていた。しかし、相手は違った。初めての見慣れない番号だ。


『どうだね、スクワーロウくん。…捜査は順調かね?』

「アルホさん。なぜ、私のナンバーが分かったんです?」

 私は半ば呆れた。あのじーさん、自由自在か。

『ソフィアに何度も電話したんじゃが、拒否られてるみたいでなあ。どうじゃ、ヤギに喰われる前に、暗号は発見できたかね?』

「発見しましたよ。これみよがしなヒントが中に入っていました。…どうもずっと疑問を持っているのですが、この紙は本当にテロリストが遺したものなんでしょうかねえ?」

 私が意味深に含ませて尋ねると、

『そんなことわしに聞かれてものう』

 アルホじーさんは乾いた笑い声を出した。見え見え過ぎる。だがこうなったら、露骨なあてこすりはお互い様だ。

「どーせあんた、そろそろ次のヒントをくれてやろうと思ってソフィアに電話したんだろう。何か知ってるなら、そろそろ洗いざらい吐いたらどうだね?」

『ほほ、あんたも若いのう。このアレキシ・アルホを、ただで吐かせられると思っておるのか』

「クリュッグのシャンパンが余ってる。サウルが飲まなかったらしくて、うちで引き取っているよ」

 と言うと、案の定じーさんは嬉しそうに歓声を上げた。

『じゃー仕方ないのう。出血大サービスと言うやつじゃ。あのマンテンTフーズは、エドヴァルド財閥のものじゃ。わざわざ海外拠点にしたのは、コストが安いからじゃない。この意味は分かるな?』

 私は少し、考えた。

「分かるよ。立地は砂漠の真ん中、交通費は高くつくが、土地は使い放題だ。何か、見られたくないものでも隠しているのかな?」

『大当たりじゃ。トメテバ国内にはおけんもの。これをエドヴァルドが隠しておる。今は総裁選の真っ最中じゃ。奴にとっては一番、出てきてほしくないもの…だったりしてのう』


 じーさんの言うことが本当なら、これは爆弾級のスキャンダルだ。


「そこまで知っていて、あんたはなぜそれを私たちに見つけさせようとする?」

 じーさんは電話口で鼻を鳴らした。

『わしはとっくに現役じゃない。分かってるじゃろうが、秘密よりシャンパンのが大事じゃ』

 そこまで言われたら、仕方がない。ここはじーさんの望み通り、若い世代に花を持たせてやろうじゃないか。


「えっ!エドヴァルドの工場に侵入するんですか!?無茶です!そんなの絶対出来ませんよう!」

 さすがにソフィアは、悲鳴を上げていた。

「だがソフィア、君だってスパイの端くれだろ?」

「わたしはオフィサーです!げっ、現場なんて出たことないですよう!て言うか、アーロン・アルファの映画じゃないんですから!」

「下手すると、不法侵入で訴えられますよ?」

 クレアもそこは、少し心配らしい。だがここまでスパイ大作戦に関わったのだ、乗り掛かった船からは降りられない。

「だから、バレないようにやるのさ」

 まさにアーロン・アルファの映画さながらだ。


「おいこら!ちゃっちゃと責任者出さんかい!この味玉、ぜーんぶ腐っとるやないかい!」


 遅れてやってきたヴェルデ親分には、早速、無茶振りした。大型トラック三台で、マンテンTフーズのオフィスに怒鳴り込んでもらったのだ。


「こないなけったいな黒い(たま)ちゃん入れて、せっかくのおつゆが真っ黒けになったらどないしてくれんねん!うちはお上品な白出汁でやらしてもろうてんねんで!」


 さすがにうどんにアツい親分の啖呵は、効き目抜群である。幹部連中が総出でクレーム処理に当たり、大型トラックはノーチェックで工場の搬入口に到達できた。


 もちろん、味玉の積み荷には、私とソフィアが潜んでいる。

「さあ、もうこれで後には退けないぞ!」

「スクワーロウさん探偵さんですよね…?」

「そうだが何か問題あるかね?」

 まあたまには、スパイ大作戦も悪くはない。

「まずは早速、中を散策しようじゃないか」


 搬入口から入った私たちは事務室を発見し、そこで白い割烹着に着替えた。工場スタッフになれば、滅多なことでは怪しまれない。マスクが着用できるのもありがたいことだ。


「さて、じゃあどこへ行こうか」

「決めてないんですか!地図は?」

「中に案内板があると思ったんだが」

「案内板だと、秘密の場所は表示されてませんよね…?」

 確かにそうだ。だがこう言うのは大抵、地下にあるに違いない。

「地下へ地下へ、潜って行けばいいんだよ」

「でもスクワーロウさん、わたしたち、かんじんなものを持ってないですよ…」

「かんじんなもの?」

 ソフィアはあごをしゃくった。


 みるとエレベーターにも部屋の入口にも、いちいちカードリーダーがついている。そうだ、ここからはIDでもないと二進(にっち)三進(さっち)もいかないのである。


「ただの工場なのに…」

「ただの工場じゃないから、厳重なんでしょう?」

 ソフィアに身も蓋もないことを言われて、私は我に返った。これでは、本当に不可能任務ミッション・インポッシブルになりそうである。

「どうするんですか!もうわたしたち、後には退けないんですよ!?」

 このままだとただの不法侵入である。私が困ったなあと思っていると、だ。


「地下じゃないぞい、最上階の社長室へ行け」

 と、聞き覚えのある声が。


「じいさん!」「アルホ先輩!」

 ソフィアと二人で目を丸くしてしまった。なんと、守衛さんの格好で、すでにアルホじーさんが潜入していたのだ。

「アフターサービスじゃよ。もらったシャンパン、ありゃ上物じゃったなあ」

 にたりと笑うとじーさんは、私たちにIDカードを投げて寄越した。

「来客パスをいじくっといた。今日限りしか使えんが、権限は社長並みにどこでも入れるぞい」

 私たちは顔を見合わせた。いやーつくづく、何者なんだこのじーさんは。


 こうして私たちはすんなり、最上階の社長室に入り込むことが出来た。どうやら中には誰もいないらしく、三人、素通りである。


「本当に、どうしたらこんなこと出来るんですか?」

 ソフィアは、先輩を怪物を見るような目で見ていた。

「はははッ、何も怪しがることはありゃあせん。実はのう、この会社、わしも出資しとるんじゃ」

「それはどう言うことです?…つまり、あんたとエドヴァルドの関係って…?」

 ふいにさした疑念に、私は思わず息を呑んだ。

「大丈夫じゃ。実は黒幕でしたなんてオチじゃないわい。…そうじゃあ、二人とも。もしかしてわしの噂、聞いたことがあるんじゃないのかね?わしがこのリス・ベガスの支部で飼い殺しになっておると言う、例の噂じゃよ」


 それは聞いた。中々破格な待遇である。普通、フィクションの世界でもスパイと言うのは、使い捨てだ。


「そう、クビになったスパイと言うのは、最悪じゃ。金も職歴もクレジットカードも取り上げられてはい、それまでよ。じゃから現場の工作員と言うのはいつも、自分の身の振り方を考える。わしの場合は、たまたまついておった。あるとき極上のネタが、偶然手元に転がり込んできたんじゃからな」


 じーさんは社長室に入ると、奥のデスクの背面の壁一面を埋め尽くす、本棚の本を入れ替えた。手慣れた手つきであった。するとどこかで機械仕掛けが作動するかすかな音がして、壁の本棚が壁ごとすべて、下の空間へ引き込まれた。


 すると社長室は一気に、フロア二つ分くらい奥行きが拡がったのだった。



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