Phase.4 怪しいアルホ先輩
「怪しいですね」
サウルからの聞き込みを終えるなり、クレアが言った。やはりこの優秀な助手だけは、私の考えはお見通しだったようだ。
「やっぱりかい。君もそう思うか?」
「もう、何ですか二人とも!いかにも思わせぶりに。結局、サウルは何も話さなかったじゃないですか」
仲間外れにされたと思ったのか、ソフィアが不満げにくちばしを尖らせる。私とクレアは顔を思わず、見合わせた。まあここがデジタルとアナログの違いと言うか、泥臭い探偵業ならではの『勘』の見せどころと言うところなのだが。
「ソフィアさん、サウルは『話さなかった』じゃないですか。自分に都合の悪いことがあるのか、協力したいのは山々だけど『出来ない』と言った」
「それがどうかしたんですか?」
クレアが助け舟を出したが、ソフィアはまだ、納得できていないようだった。
「なあソフィア、君は憶えているかな?…私が、ウッディは殺されるほどの情報を握っているのか、とサウルに聞いた時のことを」
ソフィアはふかふかの羽毛をまとった首をひねった。
「…サウルは分からない、そう答えただけだと思いますが」
「もちろん、その通りだ。だが見るべきはそこじゃない。彼は『即座に』分からない、そう答えたろう?」
このとき、私が見ていたのは質問に対して答えた内容ではない。答えるまでの時間を見ていたのだ。
「分からない、と言うのにサウルはまったく時間を掛けなかった。つまり、彼は最初からそう答えようと、想定していた、ってことだ。…いいかい、例えば本当に『分からない』と言うのが答えなら人はまず、心当たりをあたる。その間には必ずタイムラグがあるのさ。しかるにサウルは即座に『分からない』と答えた。それは…」
「本当はウッディが殺された理由を知っている、知っていて黙っている、と言うことですか?」
はっとして息を呑んだソフィアに、私は頷いて見せた。
「その通りだ。分かったかい。あれはすでに用意された答えだったから、すぐに出て来たわけさ。…データに残るものだけが『情報』とは限らないっていい見本だ」
つまりこれがハードボイルドなやり方ってことだ。
「なーんじゃ。こりゃまたえーらく時間が掛かったのー」
サウルをホテルに残して、私たちがエントランスに出るとまた、ド派手なオープンカーが横付けされていた。流線型のフォルムのその車に相応しい白髪まじりの羽毛を鋭角に尖らせたスーツの老人がハンドルを握っていた。
こちらは同じ猛禽類でも、フクロウではない鳶である。ぎょろりとした目で、ソフィアを見て言ったから、この人は、トメテバの人なのだろう。
「わしゃ彼女の同僚のアレキシ・アルホじゃ。あんたがスクワーロウか。ずいぶんこの街じゃよーく話を聞くが、実際に会うのは初めてじゃのう」
ソフィアが言うには、どうも現地の情報部員らしいが、この人もスパイなのか。それにしては、目立ちすぎると思うが。
「お会いできて、光栄ですよ。まさか私の名前が、かのトメテバ公国にまで届いていたとは思いませんでしたので」
私は当たり障りのない返事をした。が、内心では誇らしいと言うよりも、いきなり出てきてなんなんだこの遊び人ぽいじーさんは、と言う感じである。
「現地では、スクワーロウさんを頼れと推して下さったのは、このアルホ先輩だったんですよ」
ソフィアがこのじーさんといる理由を補足する。なんかほんのり酒臭い気がするし、もしや飲酒運転じゃないのかこの人。よくこんな人が、協力を申し出てきたものだ。
「サウルは参考人かねえ?…そうなると、非常にまずいのう!アーロン・アルファの撮影が押しちまう。早いとこ彼を自由にしてやらんと、トメテバ大使館から抗議がくるかも知れんなあ」
「現地警察に、サウルを拘束するつもりはありません。もちろん、テロリストに狙われている可能性があるんです、身辺警護の強化はすることはすることになるでしょうが」
「そいつはまずい。まずいのう、スクワーロウくん」
アルホじいさんは、虎目石の色をした瞳をくるくるときらめかせると、近づいてきて何やら馴れ馴れしく、私の肩を叩いた。
「あんた、市警につてがあるんじゃろう?…だったら、言ってくれんかなあ。アーロン・アルファの撮影の邪魔をしても、ライネス・ホーホロは捕まえられん。あんたらがすべき仕事は、テロリストの目的を知ることじゃと」
「もちろん、その線も捜査するでしょう。しかし、サウル氏の身の安全は…」
と言いかけた私に近く顔を寄せて、じーさんは声をひそめた。
「…じゃあ、あんただけに特別サービスじゃ。これはわしの勘じゃが、見つかる気がするのう。…ソフィアが見つけた、真っ白な紙。もう一枚、ウッディの死体が持っておったりしてな。なーんかそんな気がせんか?」
「あなたになぜ、そんなことが分かるんです?」
私が不審を感じて尋ねると、じーさんは、愉快そうにほくそ笑んだ。
「その方が面白いじゃろう。一見なーんの変哲もない白い紙が何枚も…ほれ、何かに思い当たることがあるんじゃないかね?」
「思い当たること…?」
このときの私はアレキシ・アルホの意味深な言葉の意味が、分からなかった。しかし後で、思いがけぬところで驚かされることになる。
「あったそうです…白い紙。遺体のお財布の中に」
転落したウッディの遺留品の中に確かに例の白い紙があったと言うことを、クレアがダド・フレンジーに電話で確認したのは、ほどなくのことだった。
「いったい何者なんだ、あのじいさん…」
どうも納得いかない私は、ソフィアに尋ねた。
「アルホ先輩は昔、凄腕のスパイだったらしいですよ、一応。…今は、ベガス支部に入り浸って毎日、遊び歩いてるみたいですけどね」
「それでよく、クビにならんなあ」
「わたしもそう思いますけどね。…たぶん、お偉いさんの弱みか何かでも握ってるんじゃないですか?だからクビにしたくても出来ないって、もっぱらの噂ですけど」
とんだ道楽じーさんだ。だがあの人、中々一筋縄ではいかない感じがする。
「ウッディもあの白い紙を持ってたってこと、話してみた方がいいかな…」
何しろヒントをくれた人だ。他にも何か、気づいていることがあるかも知れない。
「無駄ですよ。先輩、仕事らしいこと本当にしない人ですから」
素っ気なく、ソフィアは言う。スマホをちこちこいじりながら。あんましあのじーさんを快く思っていないのだろう。
どうもよく聞くと、このベガス出張も仕事ではなく、じーさんに勝手に有給を全部使われて、よんどころなく来る羽目になったのだと言う。
「ところでそう言う君はさっきからスマホで何をしているんだい?捜査のヒントでも捜しているのかい?」
「いえ、そのお構いなく。…さっきクレアさんに、サウルとのツーショット写メ撮って送ってもらったので、わたしのインスタにアップしようと」
「君も遊んでるじゃないか!?」
なんだいつの間にそんなことを。と、思っていたら、クレアとソフィアはすでに、連絡先を交換し合って一気に仲良しに。私を差し置いて、何やってんだ。
「いやほら、スクワーロウさんはサウル・アルファ否定派じゃないですか」
「そんなことないよクレア!?」
「あーいますねー分かります分かります。…そう言うイタめのオールドファン」
ソフィアもクレアに加担してくる。スマホいじりながら。
「なんなんだ君たち、その結束力は…」
私をディスって絆を深めようとは、いい度胸じゃないか。
「君らなあ!さっきから言わせておけば!私のアーロン・アルファシリーズにかける情熱を舐めてるな!私はねえ、昨日今日のナニじゃないんだ!そもそもこの映画はねえ、ハードボイルドなんだよ。君たちみたいなイケメン目当てのにわかファンに、このシリーズのハードボイルドの何たるかが分かってたまるか!そもそもだねえ…」
はいはい、とうるさそうに私の力説を聞いている女子二人の間をぐるぐる回って猛抗議しているうちに、私はあることに気づいた。
「そうか…!」
「あっ!何するんですか!?」
私は、ソフィアのスマホを引っ手繰った。翼でばしばし背中を叩かれたが、私はスマホを離さなかった。
「あのじーさん…」
やっぱり、ただ者じゃなかった。最初から、分かっていたのだ。私のような人間がこうして気づくことも、それがソフィアではないだろうと言うことも。