Phase.3 墜ちてきたキツツキ
「鳥が落ちてきただと?」
案の定、ブルドッグのダド・フレンジーは、おかんむりだ。まるで私の仕業だとでも言うように、出来立ての遺体の顔を見下ろす。
「どうせあらかたもう、何でも分かってるんだろう?」
「おい、なんでも私が知ってると思わないでくれ」
私は頬袋を膨らませて口笛を吹くと、肩をすくめた。
「だったら何を知ってる?そいつをさっさと話したらどうだ。偶然、こいつに出くわしたわけじゃないあるまい?」
ダド・フレンジーは物憂そうに、遺体を見下ろした。転落死体ほど無惨なものはない、と言うように。
「確かに偶然とは違う。だが、想定内の出来事でもない。つまり、今の私には何も分からない。あんたと同じだ」
「情報は隠すなよ」
部長刑事は、思いっきり不審そうな目を向けてきた。
「分かってるさ。だが見てみろ。被害者は、キツツキだ。死んだ理由は一目瞭然じゃないか」
私のつまらないジョークを察してダドは不機嫌そうに、首をすくめた。
「恐らく、ハチの巣みたいな秘密を、つんつん、つついたんだろう」
ウッディ・ベイカーは、テレビでも知られた顔だ。ニュース解説を得意とし、ウェブの動画配信にも積極的である。「今のはいいとこ、つついてますね」と言うフレーズは少し前に流行りもしたくらいだ。
だが最もこの件で気になるのは、ウッディは芸能ゴシップなどには一切、持たない記者だと言うことである。つまり、独占インタビューの相手がサウル・イードだとしても、ウッディが聞くのは決して、アーロン・アルファの新作映画じゃないと言うことだ。
さすがはヴェルデのホテルだ。サウル・イードはすでにとってあった部屋に、留めおかれていた。子供の分までサインをもらったヴェルデは彼にスペシャルドリンクをサービスしたらしい。
クリュッグ(最高級シャンパン)の瓶がどんと丸ごと、アイスバケツの中に突っ込んであったのを見たときは、さすがにサービス過剰じゃないかと思った。
もちろんサウル・イードは、シャンパンをやりながらソファに寝そべっているわけではなかった。彼はたった一人で立って待っていた。思ったよりも迫力がある。
ふわふわの白い毛並みはスターだけに人当たり良く手入れされていたが、黒いスーツに包まれた肉体はほっそりしているようでいて、実戦的な骨格だけが持つ凄みのようなものが感じられた。
「サウル・イードさん。わたしは情報部のソフィア・クーラ。今回の聴取はわたしが担当します」
いきなり話しかけたのは、私の傍らにいたソフィアだ。サウルは私のことを警察官だと思い込んでいたのだろう、意外そうに眼を見張った。
「私はスクワーロウ。この街の私立探偵です。…ベガス市警からはすでに、ダド・フレンジー部長から事情を聴取されていると思います。引き続き聞きたいことがあるので、こちらへ残ってもらったのです。ですがあなたはもう、自由です。話したくないことは、話さなくていい権利があります」
「いいえ、結構です。それにこのソフィアさんは、トメテバ公国で捜査権を持っています。今の私にそれを拒否する権限はありません」
サウルは、明快な口調で答えた。どうもこの落ち着き払った態度といい、物腰といい、ただの俳優ではない。軍隊経験が深い人なのだろうと、私はとっさに思った。
「今、亡くなったウッディ・ベイカーさんとさっきまで会見していましたね?」
ソフィアは手早くボイスレコーダーに所属と案件を吹き込むと、それをテーブルに置いた。
「何があったのか、包み隠さず話してください。あなたはここで、何をしていたんですか?」
単刀直入、ごくストレートな質問だ。しかし、サウルは戸惑ったりはしなかった。
「僕は、過激派に狙われています。そいつらは、国外にまで影響力を持っている。ベイカーさんにはぜひ、その正体を公表してもらおうと相談にうかがったんです」
「狙っているのは、『ホーの夜党』の幹部ですね。ベイカーさんとはどんなお話を?」
「緊急報道の企画番組についてです。今、トメテバは総裁選のさなかですが、過激派の活動が頂点に達している。国内の報道機関は、報復テロを恐れて誰も協力してくれません。この事実を全世界に表ざたにして是非を問わないと、いつまで経ってもこの現状は変わりません」
「なるほど」
話の流れを遮るように、私は言った。事件の背景なら、ここまでで十分だ。
「ウッディ・ベイカー氏は、窓から転落死しました。あなたはテロリストの姿を見ましたか?」
「誰も見ていません。それに僕はスケジュールの都合でまだ、ベイカー氏に会えていなかったのです。ホテル側が用意してくれたこの部屋で頼まれたサインを書いている間に事件が起きました。正直、当惑しています」
見ると傍らには、ヴェルデ親分が積んだと思われる色紙がどっさりだ。なーんだ何もかもあの狸のせいじゃないか。大体、こんなに山ほどサインせしめて、どうするつもりだっったってんだ。
「ところでベイカー氏は、殺害されるほどの『情報』を握っていたのでしょうかね?」
と、私は頃合いをみて、疑問を差し挟んだ。サウルは驚いたように目を見開いたあと、強くかぶりを振った。
「分かりません。…ただ、『ホーの夜党』に狙われた以上、無事で済む保証は出来ません。まさか国外でこんな非常手段に訴え出るとは思いも寄りませんでした」
「わたしはこうなると思っていましたよ。…あのライネス・ホーホロと言う男は、フクロウ以外の鳥類には容赦しないことで、知られている男ですから」
ソフィアが付け足すように、サウルの言葉を継いだが、まだこれがソフィアが発見したライネスの仕業だと言うことは、軽々に断定できない。
「それより、わたしの質問に答えてください」
と、ソフィアは、例の白い紙を取り出す。それはライネス・ホーホロいた現場で、ソフィアが発見したと言う例の何も書いていない紙だ。
「これはあなたの撮影現場に現れた、ライネスが遺棄していったと思われる紙です。テロリストのメッセージの可能性があります。何でもいいです、今知っていることはすべて話してください」
ぐいぐい押してくるソフィアに、気分を害した様子もなく、サウルはその紙を凝視していたが、
「これについては、僕は何も心当たりがありません。協力したいのは、山々なのですが」
「ちなみにあなたはこれは、ライネスから自分へのメッセージだとは思いますか?」
私は再び切り込んだ。サウルの反応を見るためだ。
「分かりません。…しかし、何らかの警告だとは思います。だがそれも当然のことです。僕は、彼らが祭り上げる候補へ敵対する活動をしていますから」
サウルは恐れげもなく、すらすらとそう語った。これは中々、一筋縄ではいきそうにないな。
「…しかし、そのテロリストがあなたの国の外まで追いかけてくるだけのことを、あなたはしたと思っていますか?」
「いいえ、僕自身は何も心当たりはないですね」
私は食い下がってみた。しかしサウルは、空しく首を振るばかりだった。私はもう少し押してみようと思ったが、
「あの…スクワーロウさん、邪魔しないで頂けますか。この尋問は、報告用に録音しているので」
と、ソフィアが、堪えきれなくなったように口を挟んでくる。
どうやら私は邪魔者のようだ。
だがまあ、いい。聞くべきことはもうすべて聞いた。
「そうか、済まないね」
私は、素直に身を退くことにした。