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Phase.2 若き情報分析官の依頼

「わたしはソフィア・クーラ。…公には出来ませんがトメテバ公国の情報機関に属するものです」


 ワシミミズクのソフィアは、ようやく落ち着いたようだ。私たちが出かけるのを諦めて、座って話を聞き出したら、身分証を取り出してきた。


「トメテバ公国…?」

 国際情勢に疎いクレアは、首を傾げた。

「極東連邦のはずれにある小さな国だよ。トメテバ公による長い王立制を保ち、トリーキゾクと言われる諸侯たちの合議制によって治められている、比較的政情の安定した国だよ。そこまで盛んとは言えないが天然ガスが出るので、国交はオープンだ。セレブ御用達の高級スパリゾートなんかでも有名だな」

「…あとは、ガスが出るので温泉卵が有名です」

 と、ソフィアが、さりげなく補足してくる。


 急いできた割には、お土産持参だった。そうこれ、黒卵。温泉ガスで蒸した特産の卵は、通称『卵のキャビア』と言われ、特製トリュフソースで頂く中々の高級品なのだ。


「で、そのトメテバと言う国と、サウル・イードとが、何か関係があるんですか?」

 クレアの訝し気な質問に、私とソフィアは顔を見合わせた。

「いやいや、サウル・イードは、トメテバ公国出身の俳優だろう?」

「そうなんですか!?」

「君、ファンじゃないのか?」


 私はちょっと呆れた。あれだけイケメンだなんだと騒いでたから、当然知っているものと思っていた。


「映画配給もマネージメントも、トメテバの会社ではないですから無理もないです。でも本人は隠していませんし、公国でもサウルの俳優活動を許可していないわけではありません」

「確か、本人が分けているんだよね?」

「はい。トメテバではサウルはトリーキゾクの爵位を持っているので、政治活動と区別するために、俳優のアカウントとは意識して区別しているんです」

「スクワーロウさんこそ、どうしてそんなに詳しいんですか…?」

 聞かれて私はやや、不機嫌そうに首を振った。

「サウル・イードに、興味があるわけじゃない。そもそも今、このフクロウが演じてる役と言うのがだなあ…」

「アーロン・アルファ役ですよね、さっきのサウル・イードの写真は」

 ソフィアが、クレアのスマホを指さす。


 彼女の言う通りだ。

 王室情報部、『紳士の国のスパイ』。コードナンバー0120、通称『殺しのフリー・ダイヤル』。アーロン・アルファは、ハードボイルドを志す私の少年の頃からのヒーローの一人なのである。


「サウルは確か、六代目だ。ジャーン・コネリー、ドジャーン・ミューア…愛すべき名優たちが伝説を積み上げて、今のシリーズがあるのだよ…」

「へーそうなんですか」

「クレアなんだ、その軽い反応。アーロン・アルファの話をさせたらこのスクワーロウは、年季が違う、と言ってるんだよ!もうなんでも聞いてくれたまえ!」

「いえ、ググりますから大丈夫です。…でもサウル・イードが一番イケメンですよねえ」

「君なあ!?それは間違ってる!それは違うぞ!そもそも、アーロン・アルファと言うのはだなあ…」

「…すみません。そろそろ、本題に入ってよろしいでしょうか」

 頃合いを見計らっていたように、ソフィアが切り出した。

「そうなのです。…問題はそのアーロン・アルファ・シリーズの制作現場での話なのです」

 と、ソフィアは自分のスマホを操作すると、サウル・イードのインスタグラムを開いた。そこには、ファンとの交流をアップしたものか、撮影現場のオフショットがアップされている。


「え…これが何か?」

 クレアは自分もフォローして見ているので、不思議そうな顔だ。

「後ろにいるファンらしき男です。この男の掲げているプラカード、あれは何か分かりますか?」

「プラカードだって?」

 言われて、私たちは写真を確認した。


 アーロン・アルファのシャツを着た、スズメの男がサウルの右肩辺りのところで、小さなプラカードを示している。ごく目立たないものだ。これをアップしたサウル自身も、気づいているか、どうか。そして本当に奇妙なのは、ここからである。


「あれ、何も書いていないですね、このカード…」

 クレアが、あっ、と声を上げた。言われてみれば、確かにそうだ。

 このプラカード、普通はファンが何かメッセージを書いておくものだが、そこには文字らしきものが見当たらない。

「気づきましたか。…実はこれ、白いカードをわざわざ黒く染めてあるんですよ」


 ソフィアはスリックして、写真を拡大する。と、確かに男のプラカードは元々白いものをラッカーのようなもので、黒く、しかも中途半端に着色してあるだけであった。


「重要なのは、次の二点です。一つ、このカードのメッセージは、わたしたちトメテバ公国の人間だけが分かるように向けた、政治的(ポリティカル)メッセージであること。そしてもう一つは、この男が昨年、トメテバ公国内で事件を起こして指名手配中のテロリストだと言うことです」

「テロリスト…だって?」

「お恥ずかしいことですがトメテバ公国には、根強い鳥種至上主義があるのです。…この写真の男はその中でも最も過激なフクロウ至上主義団体『ホーの夜党』の幹部、ライネス・ホーホロなのです」

「…でも、スズメじゃないか」

「特殊加工のゴムマスクをかぶっています。これは、現場ですでに発見されました。それよりこの白を黒で塗りつぶすと言うのは、『ホーの夜党』独特の主張なのです」

「つまり、トメテバ公国を少数のトリーキゾクが牛耳る国にしよう、と言うのだね」

 ソフィアは苦々し気にうなずいた。

「ご存じかと思いますが、現在、トメテバは総裁選の真っ最中で。いわゆる『白の党』は平等主義のイェレミアス・クーラ…その、わたしの父が候補に立っています。サウルは、広告塔になってくれて、選挙応援にも積極的なんです。


 対する『黒の党』エドヴァルド・ライネンは、軍閥出身の政治家で…『ホーの夜党』ともつながりが深いと言われています。彼はフクロウ以外のトリーキゾクの追放と移民の廃絶を訴えています」


 つまりは協調か、分断か、か。

 やれやれ、このご時世、どこのお国でも直面している問題は同じのようだ。


「テロリストの存在を確認し、わたし、すぐにチャーター機でベガスに入りました。で、サウルの撮影現場を突き止めて証拠品のマスクを発見したわけです」

「なるほどサウル・イードも君のお父さんもフクロウだ。『ホーの夜党』は目の敵にするだろうね。ところで現場にあったのは、マスクだけかい?」


 テロリストの脅しにしてはささやかすぎる。わざわざテロリストが、海を越えてまでやることではないだろう。


「いえ、マスクだけはありません。なぜか一緒に、これが…」

 と、ソフィアは一枚の便箋のようなものを取り出した。

 もちろん白紙である。どこかのホテルのものか、薄い透かしのようなものが入っているのが分かるが、どんなものが印刷されているのかはよく分からない。

「これは?」

「分かりません。情報部も総力を挙げて分析したんですが」

 ソフィアは残念そうに、表情を曇らせた。

「サウル本人には確認したのかね?」

「いいえ、実はそれから本人のスケジュールが読めなくなったのです」


 つまりは私に、サウル・イードを捜してほしいと言うことか。


「なぜ私なんだ?」

「実はその…現地の責任者があなたを指名しまして。ベガスにはとても古い探偵さんがいて、街のことはどんなことでもその人に頼めと。アレキシ・アルホと言う先輩なのですが、お名前ご存じですか?」

「いや、悪いが聞いたことないね」

 私は、肩をすくめた。この探偵稼業も長いが、まだトメテバ公国がらみの仕事は、したことがない。

「だが、そう言うことなら、伝手を頼ってはみよう。せっかく、その先輩が見込んでくれたのだからね」

「では何か、方法があるのですね?」

 私は、少し考えた。

「サウル・イードはスターだ。たどるなら、線は二つだね。クレアと少し、ここで時間をつぶしていてくれ。探偵の底力と言うものを、みせてあげよう」


 と私はスマホを取り出した。何しろここは、リス・ベガスである。スターの足取りなんて、どんなに隠してもパパラッチたちか、ホテル関係者やらが見つけてしまう。


 案の定、九十分で発見した。シザーズ・パレスホテルで取材を受けていると言う。

「取材?」

「ああ、そうや。記者が部屋をとっとる。独占取材っちゅうやつやないか。サウル・イードに会ったら、わしの分もサインもろうとけよ」

 ホテルはギャングのヴェルデ・タッソの持ち物である。こりゃあ、しっかり恩を売られそうだな。

「行こう。どうやら、ジャーナリストに会っている」

「ジャーナリスト?」

 クレアが引っ掛かったが、私はもっと引っ掛かっていた。サウルが会っているのは、芸能記者なんかじゃない。ごりごりの国際政治ジャーナリストだ。

「名前は、ウッディ・ベイカー。テレビ番組も持ってるフリーランスの政治記者だ」


 そして死んだのは、そのウッディ・ベイカー。

 ホテルの部屋へ急ぐ私の目の前に、いきなり『墜落』してきたのだ。






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[良い点] 企画からです。 動物たちがまじめにハードボイルドな話をしているところを想像すると面白いですね。 また、ところどころに笑うポイントが出て来てハードな内容を瞬時にソフトに変えるという手法が、…
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