Phase.1 リスの愛したスパイ
名優ショーン・コネリー氏に、この物語を捧げます。
リス・ベガスから愛を込めて。
さて今回のキーワードは、『秘密』である。
『秘密』。それは誰もが皆持ちえるもの、そして誰もが皆魅かれるもの、誰もが皆、心を病むもの。これらにただ『秘密』と名をつければ、この世には最もありふれたもの、それが『秘密』と言うことになってしまうだろう。だが『秘密』こそ、誰もが尊ぶもの。なぜならば『秘密』とは、人に利益不利益をもたらすものだからである。
かく言うこの私、スクワーロウにとっても『秘密』は報酬の元、ひいてはナッツの元手と言って違いはない。ただ正直言って長い間、私はこの大都市リス・ベガスで『秘密』を取り扱って商売をしてきたが、この『秘密』と言うものほど、気の重い心の『荷物』はない。
ところで探偵の他に、『秘密』を愛し、『秘密』と共に生きる職業があるのをご存じだろうか。彼らは探偵と違い、ともすれば『秘密』そのもの、であったりする。確かに彼らは『秘密』そのものである。ありふれている、と言われるほどこの世の中の隅々にまで存在するのに、そう名付けられなければ、私たちは彼らを認識することすら出来ない。
その職業とは、ご存じ『スパイ』である。
今回の話は、私が出会ったスパイたちの物語だ。
そのとき、私の目の前をひらりと一枚の羽毛が舞った。
塵のように小さな鳥の羽根である。
次の瞬間、停めてあったリムジンの屋根に盛大な音を立てて、男が墜落ちてきた。
リス・ベガス、シザーズパレスホテル、時刻は午後四時を十三分回ったところ。
リムジンの屋根にめりこんだのは、スーツを着たキツツキの男性。
男には翼がある。ホテルの上層階から墜落して死んだりはしない。だが、それがどうして私の目の前に落ちてきたのだろうか。
話は、この四時間前にさかのぼる。
『彼女』が現れたのは、秋晴れのすっきりとした昼下がりのことである。
ちょうど長期の仕事が切れて、ほっと一息ついた私たちは、昼から事務所を閉めて遊びに行く算段をしていた。
クレアが、もーやたら映画に行きたがっていたのだ。本当は公開初日に友達と夜明かしをしてでも観るつもりだったそうなのだが、こちらは車中泊してでも解決しなくてはならない州外の仕事を抱えていたのである。
仕事中のクレアの愚痴は、物凄かった。そこで私は責任をとって、時間外手当代わりに映画とそのあとのディナーをご馳走すると言うことになってしまったのだ。
クレアも年頃の女性だ、当然、映画はイケメン目当てと言うことになる。
「見てください、サウル・イードですッ!イケメンでしょうかっこいいでしょう!」
と、スマホで画像を見せつけてくるクレア。そこには真っ白いフクロウのスター俳優がスーツに流し目で映っている。
旬のイケメン俳優なのだろうが、こちらはおぢさんである。年頃の女子ではないので一緒に盛り上がるでもなく、どうしてもちょっと気難しい感じになってしまう。
「ふん、なんだこいつ、フクロウじゃないか。どうしてこんなやつがいいんだ。リスがフクロウがいいだなんて聞いたことがない。絶対おかしい。私には全然分からん!」
「スクワーロウさんは、映画観てないからですよ。観たら絶対ファンになりますって!すごいんですよ、サウル・イードのアクション!…この映画は、スパイとのラブストーリーですけど、今、撮ってる映画は、もー!もー!物凄いんです!」
仕事で寝てもいないので、クレアの目は血走っている。ちょっと怖い。
「じゃあそれを観に行くまで我慢したらいいじゃないか…」
「来年公開なんです!このベガスが舞台なんですから!今度は試写会も初日の舞台挨拶も絶っっ対行きますからその時は休みますッ!」
ここは逆らわない方がいい。今は遊びたい欲望が炸裂しているが、クレア、普段は本当によく働いてくれるのである。
「分かった、分かったから。…それよりちょっと先に出ててくれないか。お金を出してこなくちゃ…」
と、私がクレアに言いかけたときである。
「あなたたちッ!今、サウル・イードの話をしましたねッ!聞こえてましたよ!絶対しましたね!?」
私たちは唖然とした。なんだこの畳みかけてくるような口調。見ると戸口に、黒毛の少し混じった白いワシミミズクの若い女性が立っている。ここにもフクロウが。いや、なんだいきなり。
「何かご依頼ですか。…わたしたち今、用事で出るところなんですけど、もしよかったら…」
もしかしてお客さんだとようやく気づいたクレアが、恐る恐る名刺を取り出すと、そのフクロウの女の子は、なんと名刺を受け取らずがっしりとその両肩を掴んできた。
「今、国家にいッ!重大な危機が迫っているんですうッ!」
変な依頼人が来た。
それが事件の始まりだった。