8:竜の居場所
——『竜』
それはこの世界で数匹しか確認されていないという伝説の魔族。
俺はお伽噺の中でしかその存在を知らない。
様々な伝承が残っているなかで、もっとも根強い共通の認識がある。
それは彼らが『たった一匹で国を滅ぼすほどの力を持つ脅威』だということだ。
昨日、王城で青年兵から、《拓かずの森》の上を巨大な何かが飛んでいた、という噂話が流れていることを聞いた。
巨大な空飛ぶ生物などそう思い浮かばない。
俺はすぐにこの国に残る『竜』に関する資料を探した。
結果はほぼ空振り。
残った文献は誰でも知っているようなものばかりだった。
だが、一つだけ。
この国の初代国王の書いた数冊の手記。
その中の一冊の中に、
『どこからか笑い声とも唸り声ともつかない音が聞こえ、ふと空を見上げると曇天の雲の中を巨大な影が滑るように動いていた。あれはなんだったのだろうか』
という一文を見つけた。
もちろん過去、《拓かずの森》を巡る戦いの中で『竜』が現れた記録はない。
しかし、俺はある仮説を立てた。
この森は特殊だが、魔族とは基本的に同族意識が薄い。
だから、この国のどこかに『竜』が存在した場合、その存在は彼ら同族の魔族にとっても脅威なのではないか? と。
確たる根拠はない。
《拓かずの森》の上にいた存在が竜だったという証拠もない。
だが、『竜』が存在しないという証明もまた、できないのだ。
なにせ相手はこの世界で数体しか確認されていない『竜』。
お伽噺の存在の生態なんて誰も分からない。
仮に、『竜』が森に訪れていたのが本当であるとすれば、この提案は十分に利があるはず。
外れていたとしてもこちらに損もない。
ならば、と半分以上博打で《森の王》ケリュネアに言ってみたのだが。
まさか——、本当に『竜』がいるとは思わなかった。
「いいでしょう。あなたがあの《宝竜》の脅威から我々を助けてくれたのなら、この森の利用を許可しましょう。
——ただし、森族に累が及んだときは分かっていますね?」
言いながら、ケリュネアはちらと王城がある方向を見やった。
「ああ、わかってる」
これでケリュネアとの約束は成った。
が、これで俺は『伝説』に挑まなくてはならなくなった。
よくよく考えたら、仮説が当たらない方が良かったのでは?
もう手遅れだが。
「《宝竜》はどこにいるんだ?」
「この森からさらに西にある、彼の竜が自ら《宝餌の蔵》と呼ぶ谷に棲んでいると言っていました」
「言っていた? 《宝竜》も話せるのか?」
ケリュネアは一度瞳を閉じ、肯定した。
「あれも古きよりこの世界を生きる者、言の葉を操るなど造作もないことです」
なるほど。会話ができるのはありがたい。
「それと、《宝竜》がこの森に訪れている目的は何なんだ?」
相手は国を滅ぼせる存在だ。
こんな森を焼き払うのなんてわけないとおもうんだが。
未だこの森を滅ぼしていない様子から、単純に破壊とかではなさそうだけど。
「……わかりません。あれは数百年に一度訪れてはこの地を混乱に陥れ、悪意ある戯言を垂れ流し、その哄笑で地を震わせながら去っていきます。
目的などなく、ただ己の力を誇示し、いたずらに小さな存在を嘲笑いに来ているだけなのかもしれません」
「そ、そうか……」
努めて落ち着いた口調で話しているように見えるケリュネア。
だが言葉の端々から、怒りが滲んでいるのを感じる。
俺はなんとなく竜のその行動に違和感のようなものを覚えた。
だが、それは明確な形をなさず霧散する。
「じゃあ、俺は行くよ。情報ありがとう」
俺は背を向け繭の外へ向かう。
その直後、ケリュネアの呟きが俺の足を止めた。
「——なぜです?」
問いの意味が分からず俺はケリュネアに問い直す。
「なにがだ?」
「あなたは交渉などせずともこの森を奪うことができたはずです」
……気づかれていたのか。
殺気にしても、本気は出していないはずなんだけどな。
「そうしたくないから。それだけだ」
「……あなたは本当に変わっているようですね」
俺は半ば呆れたようなケリュネアの言葉に、
「——じゃあついでに、そんな変わっている俺のある『計画』を教えてやるよ」
「ほう、ぜひ」
「————」
「!? ……それが本当なら、あなたは変わってるなんてものじゃない。
とんでもない人間です。この世界でそれを成すことは難しすぎる……その魂を狂気という名の風に曝すことになりますよ?」
「かもな」
俺は即答し、薄く笑ってみせる。
「迷い無し、ですか。——では、そんなとんでもないあなたが生きて帰ることを楽しみにしています」
「ああ、そうしてくれ」
今度こそ俺は立ち止まらず、俺は木の繭から出ていく。
目指すは『お伽噺』の棲む谷、《宝餌の蔵》だ。
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