16:俺のために死ねるかどうか? そんな話はしていない。
「くそっ!」
国王の執務室と呼ぶにはいささか質素なつくりの部屋。
その四角い間取りの部屋の隅。
窓から最も遠い位置にある机の上で、俺はクロさんの目があるのも憚らず悪態を吐く。
「我が君、落ち着いてください。御身のご責任ではないのです」
俺の意識を少しでも散らさないためか、視界に入らない位置で控えていた彼女が、俺の前へ来て気遣ってくれる。
「……ありがとうクロさん」
彼女の言葉に少しだけ冷静さを取り戻した俺は、嘆息しながら机に両肘をつき、顔の前で指を組んでから、先日のできごとを思い浮かべる。
ケリュネア、ファフニルと分かり合え、クロさんの過去を知り、絆を深めることができた。
さらには森の一部を農地として利用できる目処もついて——油断していた。
まさかこんな重要なことを忘れていたなんて……。
「金がない」
自分を戒めるために組んだ指を額にごんとぶつけて、俺はひたすらに現実を口にした。
クロさんと共に《拓かずの森》から城へ戻ってすぐに、俺は側近たちから拷問を受けた。
「国王たるお方は——」「うん」
「国王たるお方が——」「ああ」
俺は聞き流すようにして彼らの話を聞いていた。
——いや、最初はちゃんと受け止めていたのだ。
しかし、同じような一連の言葉が延々と繰り返され、もう一六回目。
俺はげんなりしてしまっていた。
兄上たちから受けていた説教の方がいくらかましかもしれない。
——肉を裂き、骨を炙る、あの感覚。
少なくとも眠くはならなかったからな。
横目でちらと脇にいるクロさんを見やる。
頼みの綱だった彼女も側近と同意見だったようで、首を縦に振るのを繰り返し擁護は皆無。
……だがついにそれも終わり、最後に家臣から「ご心配しました」という言葉とその表情に、俺は面食らった。
そんな言葉をアイツ以外から言ってもらった事なんてなかったから。
だから俺はどんな言葉を返せばいいか分からなくて、
「すまない」
結局、一言そう返すことしかできなかった。
それは今回のことに対しての謝罪だったのか。
それとも——、
「これからはどうか気を付けてくださいね」
「……ああ。これからは隠れず、事前に伝えてから堂々と行く!」
「そこを気をつけろと言っているのではありません!」
側近と円満に(一方的とも言う)話をつけたあと、《拓かずの森》で起きたことを話した。
経緯を省き、先に結果だけ説明すると、
「建国以来、誰も成しえなかったあの魔境のこのわずか数日で!?」
「しかも、たったの二人……」
「奇跡だ! いったい、どんな方法を用いたのですか!?」
側近たちはその内容に驚愕し、目を剥いていた。
「それは……」
やっぱりその話になるよなぁ……。
絶対に面倒なことになる。
俺は側近たちの視線から逃れるために目を右往左往させる、が。
右にも側近。
左にも側近。
脇にクロさん。
——逃げ場なし。
「実は——」
俺はケリュネアとの約束。
竜、ファフニルとの戦い、さらにはその『主』にまでなってしまった事を伝えた。
「貴方というお方は——っ!」
——予想通り、怒声が鳴り響いたのだった。
一応、《六光》と呼ばれる兄上たちのことを知っているためか、俺が戦えることに違和感は覚えていないようだった。
それに、彼らは大仰な態度を示していたけれど、
《森の王》や《宝竜》と和解した、と伝えたことから、俺が『森を殺気で混乱に陥れたり』、『竜と生死をかけて戦った』などとは夢にも思っていないだろう。
——仮にも俺は《無能の第七王子》で、悪名はそのままのはずだから。
クロさんが活躍したと思ってくれて構わない。
そんなことより——、
再び一通りの小言を言い尽くしたのを見計らって、俺は側近に話を切り出す。
「——国で《拓かずの森》を扱って、民に仕事を与えたいんだ」
現在のエンドゥスで働いている人間は正味ほとんどいないと言っていい。
文字通り仕事がないのだ。
それも、そのほとんどが王城に集約されている。
武官、文官、王場内の雑事をこなす従者たち。
当然、国民みなを城に雇い入れるわけにもいかない。
むしろ、仕えてくれてる彼らすらも『雇われている』という言葉が当てはまるかどうか怪しい。
——なにせ賃金は出ていないのだ。
わずかな衣食住が保証されているだけ。
だからこそ、農地での作業を国からの仕事として与え、民を、ひいては国を少しでも良くできればと思った。
だが、俺は見落としていたのだ。もっと根本的な問題を。
——その対価をどこから出すのかを。
「それは本当に良いお考えです。……しかしセブン様」
途中から急に歯切れが悪くなる側近。
クロさん以外がみな、一様にどこか気まずそうな表情を浮かべている。
「な、なんだよ。何かまずいことでもあるのか?」
良い案だと思ったんだが——、
「——彼らに仕事を与えても、我々には彼らに支払うべき賃金が用意できないのです」
さきほど割れんばかりの声で叱ってきた当人とは思えないほどに。
か細い声で、側近はどうしようもない事実を俺に告げた。
「あ」
俺はそれ以上の言葉が出なかった。
「よくよく考えたら、森を運営していくのに足りないものが多すぎる……!」
作物の種や苗。民を森まで運ぶ馬に馬車。ほかにも——、
「我が君、あの場でいうのは憚られたのですが」
「……それ、やめない?」
目の前に立つ彼女に、口をへの字にして、もう何度目になるか分からない『その呼び方は嫌だ』アピールを行う。
彼女の俺の呼び方はなんど聞いても慣れない。
正直まわりの人間に様づけで呼ばれるのも苦手だというのに。
……国王という立場の手前仕方ないが。
「民に支払う対価なら十分にあるはずです」
俺の言葉も、表情も無視して彼女は真顔で告げる。
——最近の彼女は、呼び方についての俺の文句や態度に、動じないどころか、もはや聴いているかさえ怪しい。
本人は気づかれてないと思ってるんだろうけど、夜の『アレ』も日ごと過剰になってきてるしなぁ。
そろそろ言うべきなのか——ん?
「……十分な対価だって?」
聞き間違いだと思った。一体そんなのどこに——、
「あの黒いの——ファフニルのもと棲み処、《宝餌の蔵》に幾らでもあるかと」
「! たしかに! ……いや、だめだ」
一瞬上げた顔をすぐさま伏せて、俺は首を振った。
「何故です?」
「なぜ、って……あれは、ファフニルのものだろ」
俺が手を付けていいはずがない。
そんなもののために、俺はあいつの友になりたかったわけじゃないんだ。
「なにを言っているのです。あの黒いののモノは我が君のモノでしょう?」
「……」
銀髪の麗人が真顔で言い放ったその言葉に、俺は開いた口が塞がらない。
彼女の深い翡翠の瞳から感じる気配は、どこまでも自分の言葉を疑っていないようだった。
——せめて今だけはあの黒い兜をしていてほしかった。
内心で冷や汗をかく俺の心情など知らず、彼女は言葉をつづけた。
「ならば直接聞いてみましょう」
言葉を返せない俺に、クロさんは提案する。
「あの黒いのが、我が君に命を差し出す覚悟があるのかを」
……そんな話だったっけ?
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