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猩々緋の夜明け  作者: 佐藤のう。
2/7

第1話(2)


「おはようございます」

「おはよう。昨日はよく眠れたかしら」

「うん」


 王宮の朝は賑やかで廊下を様々な人が行き交う。それらを眺めながらルチアはリアネの部屋へとやって来た。


「ルチア。お茶を淹れてもらえる?」

「分かった」


 今日は天気も良く,心なしかリアネの機嫌も良さそうに見えた。


「今日の予定はあるかしら」

「2つ。1つはリアネ様の友人方が来るって。あと1つは,晩餐会」

「分かったわ。ありがとう」


 慣れた手つきでティーカップにお茶を注ぐルチアを見て,リアネは口を開く。


「ルチアは前どこに住んでたの?」

「え?」

「あぁ変な意味はないの。気になっただけ」

「……ネオとラックの境のところだよ」


 少しの間の後に発せられたその声音に,リアネは首をかしげる。ルチアの表情からはその真意は読み取れない。


「何か……嫌な思い出でもあるの?」

「ううん。ただ,思い出したくないだけ」

「……そう」


 淡々と話すルチアにそれ以上聞くことができず,リアネは口を閉ざす。会話が途切れるのと同時にティーカップが差し出される。


「晩餐会って楽しい?」


 ふとルチアの口から質問が零れる。それはただ純粋な疑問のように思えた。


「楽しいって言ったら,嘘になるわね。私が子どもなのかもしれないけれど」

「そっか」

「ルチアも出席してみる?」

「え?」


 突然の誘いに驚いてリアネを見つめると,彼女は柔らかな笑みを浮かべて言葉を続ける。


「別に晩餐会に特別なルールなんてないのよ。ね,行きましょう?」

「で,でも……」

「ルチアが来てくれたら私も嬉しいわ」

「でも晩餐会なんて……何を着ていったらいいのかとか……分からないし……」

「それは私が見立ててあげるわよ。どう?」


 期待のまなざしを向けられ戸惑ってしまう。……本当は晩餐会に出たい気持ちが少しだけあったのだ。できるだけそんな気持ちを悟られないように,ルチアは了承の返事をする。案の定リアネは満面の笑みを浮かべドレスの注文をあっという間に頼んでしまった。


「お友達が来てる間は仕事がないから自由に過ごしていて構わないわ。そうね……大体お昼が過ぎたくらいに来てもらえるといいわ。よろしくね」

「うん。じゃあまた後で」


 午前中の仕事がなくなりルチアは王宮を散策しようと廊下を進む。するとどこからか優雅な音楽が流れているのが聞こえてきた。引き寄せられるように音楽の聞こえる中庭へ向かうと,一人の男性が朝日に照らされながら音を奏でているのが見えた。楽しそうに音楽を奏でるその男性は視線に気づいたのかルチアの方を向く。


「初めてのお客様ですね」

「あ,音楽……」


 先ほどから気になってはいたが,彼は楽器を手にしてはいなかった。ただ指揮をとっていただけでこちらに意識を向けていながらまだ音楽が奏でられているのだ。

 ルチアの疑問はもっともだというように,にこやかにうなづいた彼は説明をする。


「私は宮廷音楽家のギオンと申します。貴女はこの国に存在する能力をご存じですか」


 そう問われ,ぎこちなくルチアはうなづいた。彼に自分にも力があることを見透かされそうだと思ったのだ。それに気づいているのかいないのか穏やかな笑みを絶やさず言葉を続けていく。


「能力は人類皆が生まれ持つ平等なものです。しかし,この国はその能力を扱える者がほぼいない。皆自分の力に気づかずに死んでゆく……。能力が使える者は異端として腫れ物扱い。……まぁこの話は今は関係ありませんね。私が今奏でているものはそういった類いの力を使っているからです」

「……とても,綺麗です」


 こんな風に力が使えるなんて思ってもみなかったとルチアは驚く。力は自分を守るためのものだとずっと思ってきた彼女にとって新しい風だった。


「こんな風な力の使い方があるんですね」

「驚きましたか」

「はい」

「今晩の晩餐会も私が指揮をとるのでよければいらしてくださいね。さて,朝の音楽の時間は終わり。またお会いしましょう」

「あ,あの」


 立ち去ろうとするギオンを思わず引き留めていた。自分でもどうして引き留めたのか分からなかったが,自然とルチアは言葉を紡いでいた。


「どうしましたか」

「明日,またここに来てもいいですか」

「ええ,どうぞ。お待ちしていますよ」


 静かな笑みを浮かべ,彼はその場を後にした。

 ギオンには人を惹きつける何かがあった。ルチアもまた,その何かに惹かれ,彼の話を聞きたいと思っていた。


「もしかしたら……」


 淡い期待を抱き,ルチアの胸はひそかに高鳴っていた。


「何をしている」


 聞き覚えのある声がし,ルチアは振り向く。


「トゥルーラ様。音楽を聴いていました」

「あぁ……朝の音楽か。お前は音楽が好きなのか?」

「嫌い……ではありませんが,この音楽には惹かれました」


 ルチアの脳裏に彼の姿が映る。楽しそうに音楽を奏でる彼を思い出し,思わず目頭が熱をもつ。


「俺は毎朝流れるあの音楽が嫌いだ」

「そうですか」


 自分の好き嫌いを正直に述べるあたり,貴族だなあなどとルチアは思いながら返事を返す。


「どこか気取っている感じが気にくわない」

「私は好きですが」

「俺が奏でる方が1000倍良い」

「はあ……」


 自信ありげなその様子に呆れたような半信半疑の声がルチアの口からもれる。


「信じてないな?」

「そんなことありません」

「よし,聴かせてやろう」

「え?」


 トゥルーラは迷いなくルチアの手をとると歩き出した。そこに強引さはなく,ルチアもつい手を引かれるまま振り払えずついて行くと,1つの部屋へ着く。


「あの,トゥルーラ様」

「何だ」

「私にも用事というものがあるのですが」

「午後まで暇だろう?聴いていけ」


 何故ルチアが暇なことを知っているのかと疑問が湧いたが聞くことはしなかった。何か言えばあしらわれるような気がしたのだ。

 促され室内へ入ると,客人用なのか広い一部屋の中にいくつかの扉があった。中央にある椅子に座るよう言われ緊張気味に腰をおろす。なにか楽器を出すのかと待つが特に何をするでもなくトゥルーラもまたルチアの前に腰をおろした。

 不思議に思って彼を見つめていると不意に指先を動かした彼の動きに合わせるように扉の1つが開き,何かが手中に収まった。


「ヴァイオリン?」

「そうだ」


 徐ろに立ちあがり,ヴァイオリンを構えたトゥルーラの姿はハッとするくらい気品に満ちていた。この場に100人いれば全員が見ずにはいられないほどであった。

 だが,なめらかに奏でる彼の音は自信に満ちているのに悲しそうに聞こえてくる。彼をよく知らないルチアにも彼の孤独が感じ取れた。

 室内に響く伸びの良いヴァイオリンの音。

 その時間はあっという間で,演奏が終わるまでルチアは彼から目が離せなかった。


「俺の方が1000倍良かっただろ」

「……」

「聞いているのか?」

「……感動しました」


 それだけだった。どんな言葉をもってしても表すことが難しいくらいの音色だった。


「お前は何か弾いたりしないのか」

「以前は家にオルガンがあったので時々弾いていましたが,今は何も」

「じゃあ今度聴かせろ」

「……あの,人の話を聞いていますか」

「体が覚えているはずだろう。俺はお前が弾く音楽を聴いてみたい」


 強引な口調なのに自分の音を聴いてみたいなどと言われ,ルチアは一瞬戸惑ってしまった。しばしの逡巡の後,拒否の言葉は残されていないと思い了承の返事をすることにした。


「分かりました。時間のある時にでも」

「約束だからな。ネオの楽器は音楽の国と呼ばれるだけあってさすがのものだ。このヴァイオリンも。人々もまた美しく楽器を奏でる」

「お好きなんですね,音楽」

「まぁな。幼い頃から音楽は身近に存在していたし,嫌いになる理由もなかった」


 穏やかに,そして楽しそうにトゥルーラは過去を語る。彼の思い出はきっといつまでも輝かしいものなのだろうと,ルチアはどこか他人事のように,自分とは違うのだと思ってしまう。


「ところで,トゥルーラ様が先ほど使っていた……力って……」


 恐る恐る聞いてみると,意外にもあっさりと彼は答える。


「お前は魔力を信じるか」

「え?あ,えと……はい」

「何だ,周りにそんな奴がいたのか」


 私自身がそうなのです,とはさすがに言えず,身近にいた彼らの力を思い出す。


「いました」

「そうか。この国では力を疎んじる傾向がある。……よく生きていたな」

「どちらかと言えば,ラックに近いところに住んでいましたから」

「そうだったな。俺の国じゃ王族は何かしらの強い力を持って生まれてくる。一般の者たちも俺たちほどではないが,力を持っている。だいたい人口の半分くらいか」


 魔力を疎んじるこの国は力に気づける者がわずかしか存在しない。そんな中で生き抜くのは容易なことではなかったとルチアは振り返る。ルチアの場合,その力に気づいたのはほんの少し前だった。今でもまだうまく扱えている自信はない。

 王都に来るまでに様々な人を見てきた。……魔力を開花させてしまった者の扱いも。


「力を」

「ん?」

「力を,持つ人とそうでない人との間には……何も起きないのですか」

「……そうだな。ないと言ったら嘘になる。だがそんな話は俺たちが生まれるずっと前だ。今はお互いが尊重し合って共存している」


 羨ましい,と思った。

 ラックに生まれていればきっとあんな不幸にはならなかったと。


「ルチア?」

「……え?あ,何でもないです。私,何も知らないんだなあと思って」

「知らなくて当然だろう。この国の扱いを見れば分かる。……この国も,少し前までは魔力に対して寛容的だったはずなんだが……何かあったのだろう」


 その何かが知りたいとルチアは目的を思い出す。ここに来た目的を。

 自分の大切なものたちを奪ったこの国の背景を暴かなくてはいけない,そう考えていた。


「まあこんな堅苦しい話は終わりにしよう。ルチア,好きな物はあるか?」

「好きな物,ですか?そうですね……アップルパイとか……」

「アップルパイか。まだ時間あるだろうから用意させよう。食べていけ」

「いえ,いりません。用があるのでこれで失礼します」


 ルチアは素っ気ない態度で言い放つと立ちあがり,外へと向かう。背後から掛けられる呼び止めの声に反応することなく部屋を出た。

 小さくため息をつき,頬を軽く叩く。


「しっかりしなくちゃ。とりあえず,図書館に行ってみようかな……」


 トゥルーラに捕まる前にと,さっと向きを変え,図書館へ足を運んだ。

 図書館はルチアが住んでいた場所の図書館よりも圧倒的に蔵書数が多く,入り口で立ち止まってしまう。午前ということもあり,人気はあまりなかった。恐る恐る足を踏み入れ,端からゆっくりと回っていく。


「あんな上まで,たくさん」


 見上げれば手が届かない場所まで本棚があり,そのどれにも本がぎっしりと詰められていた。元来読書を好んでいたルチアは本棚の間を巡るうちに,表情を輝かせていく。一周を終えれば,まずはこの国の情報を得ようと歴史書の棚へ向かった。

 『ネオの建国』『国王の功績』『ネオと周辺諸国の関わり』……とずらりと並んだ書名の中からルチアは気になった本から読んでみようと片手に本を積み上げ、読書用の席へ着いた。


「これは収穫無しか……」


 いくつか軽く読んでみたものの,めぼしい情報は無く自然とため息が漏れる。ふと,自分のお腹が空腹であることに気づいた。

 ルチアは思い出したように立ちあがり,慌てて本を戻し廊下を駆ける。本に集中しすぎて昼の時刻を過ぎていたことに気がつかなかったのだ。乱れた服装を直し,扉を叩く。すぐに中から返事がありルチアは勢いよく扉を開けた。


「あら,どうしたの?そんなに慌てて。せっかくの可愛い格好が台無しよ」


 冗談めいた口調に落ち着いて返せる言葉も無く,ルチアの表情はわずかに口元が上がるだけだった。


「ごめんなさい。図書館で本を読んでいたら時間が過ぎちゃって……」

「気にしなくていいわ。ルチアは読書が好きなの?」

「あ,うん。あんなに大きな図書館は初めて見た」

「そう、じゃあこれから午前中は自由時間にするわ。朝,今日の予定だけ知らせに来て」

「あ,ありがとう!」


 リアネはその嬉しそうな表情を見て,穏やかに笑った。慣れない王宮での仕事や雰囲気に少しでも馴染んでもらいたいと目の前の少女にずっと前からの姉のような気持ちで接していた。


「これからお兄様が来るの。何かお菓子を用意してもらってもいいかしら?」

「うん。頼んでくるね」


 ルチアが調理場から用意してもらったお菓子と紅茶をワゴンに乗せて運んでいると,背後から人が足早にやって来て,乗せていたお菓子をつまんで口に運んだ。


「トゥルーラ様,お行儀が悪いですよ」

「何だ,怒るのはそっちか」

「こんなにたくさんあったら一つくらい持っていかれても誰も気づきませんよ」

「リアネのところに誰か来るのか?」


 と,また一つ口に運ぶ。ため息をつきながら,ルチアは空いた部分をそれとなくならして歩き出す。


「リアネ様のお兄様がいらっしゃるそうです」

「ああ……エリスか」

「トゥルーラ様はどちらに?」

「剣の稽古にでも行こうかと思っていたが,気が変わった。俺もティータイムに邪魔しよう」


 ルチアの歩く速さに合わせてくれているのか,優雅に歩を進めるトゥルーラ。ルチアもまた,初対面の時のような嫌悪感は無くなっており,そうした気遣いに気づいていた。

 ほんの少しの時間ではあったが,いくつか話をしながら,リアネの部屋へと向かった。




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