第四話 白神先輩の一席
「これは僕の姉の話なんだけどね。友達にとっても好奇心旺盛な人がいて、その人に誘われる形で、幽霊が出ると噂のトンネルに肝試しに行ったんだよ。トンネルの中は電灯がなくて、真っ暗。姉は怖くて、車で通り抜けるだけにしようとしてたんだけど、その友達は果敢にも、懐中電灯を握ってトンネル探索する為に車から降りたんだよね。姉は一人で逃げたい! っていう気持ちを我慢して、車の中で待っていた。すると、しばらくして、友達が『何もなかった』って帰ってきたんだって。姉は安心して、隣に友達を乗せて、そのままトンネルから離れ、山から降りたんだって。そしたら友達がトイレに行きたくなったと言い出すから、麓にあったコンビニに車を止めてあげた。……でも、今度は、いくら待っても帰ってこない。不思議に思った姉は、コンビニの中に入って、友達を探したんだけど、トイレどころか、店内にもどこにもいなかった。不安になって、友達に電話を掛けてみた。すぐに通じたから、ほっとして、今どこにいるの? と尋ねたら、友達はこう言ったそうだよ。『私はずっとトンネルにいるわよ。あんたこそ、一人でどこに行っちゃったの?』」
ふぅ、と白神先輩は息を吐き、それから笑った。
「まぁ、これはドラマや小説じゃなくて、実体験だから、誰かがぽっくり死ぬこともなく、姉が車を走らせてトンネルに戻ったら、怒ってる友達と再会したんだけどね」
……ドラマや小説じゃなくて、実体験てところが怖い。いや、実体験だなんて信じられないし、多分作り話なんだろうけど――そう信じたいけど!
「コンビニからトンネルまで、友達が戻っただけのことだろ」
ははん、と嬉しそうに本町先輩が言う。
白神先輩はすかさず首を横に振った。
「山道を徒歩で戻るのは無理ですよ。相当な時間がかかります。例え戻れたとしても、姉がすぐに車で向かってるんですから、それより先にトンネルに行くのは難しいでしょうね」
さーっ、と本町先輩の顔から血の気が引いていく。隣に座っている新野も青ざめているだろう、と思って見てみれば――おや、意外と平然としていた。平然というより、どこか不思議そうに見える。
「全然怖くないんですけど……」
「えっ、お前、まじ!?」
本町先輩の怖がり方はちょっと大げさな気はするけど。けれど、新野の様子も似つかわしくない。
彼はつんと唇を尖がらせ、文句を言うような口調で言った。
「だって、これ、つまり、トイレの中に、トンネルに通じるワープ的な何かがあったってことでしょ? 不思議な話だけど、怖くはないッス」
「いや、違う」
その場の全員に突っこまれ、新野は閉口した。ううーん、と白神先輩が困ったような声を上げる。
「さっきまで一緒にいた人は誰だったのか? って話だけど……新野くんにはドーン! とかバーン! ってくるやつの方が向いてるかな?」
「そういうゲームなら得意っスよ!」
「こっちが恥ずかしくなるから、バカな返事はよしてよ」
と、横から言えば、新野は鼻の頭を掻いて照れたように笑う。
「いや、何で高梨が恥ずかしがるんだよ……」
「そのことにどうしてあんたが照れるのよ」
「さっきまで一緒にいた人は誰か、かぁ……」本町先輩はまだ唸っている。「隣にいる人が友達だと思ってても、実は幽霊? みたいなの、怖いよなぁ……」
「そうですね。肝試しのペア、実は本人によく化けた幽霊とかお化けだったらどうします?」
白神先輩は笑みを絶やさないまま、どうやら怖がりらしい本町先輩に爆弾を投下し続ける。
「例えば僕と組んだとして、二人で肝試しに行くじゃないですか。そしたらなかなか二人とも帰ってこないんです。みんなが心配してると、僕だけノコノコ別荘から出てくるんですよ。それで言うんです。『僕、寝ちゃってて、肝試し来るの忘れちゃいました』って。あれ? さっきの白神は? 白神と一緒に行った、本町先輩は……?」
「おい、やめろ」
「ふーん、それで本町はどうなる?」
今まで黙っていた上条先輩が尋ねると、白神先輩は首を傾けて答えた。
「変わり果てた姿で発見されます」
「勝手に殺さないでくれ……」
本町先輩が頭を抱える。白神先輩はその肩にぽんと手を置いた。
「ぜひ、僕とペアになりましょう」
「やだよ!」
もはや悲鳴だ。
「からかい甲斐があって楽しそうなことだ」
くす、と上条先輩が微笑む。
そうやって他愛もなく騒いでいると、そろそろ他の人もやってきた。
扉を押し開けて入ってきたのは、二年生の女子二人、蘭子先輩と、桃瀬先輩。蘭子先輩がサバサバイケメンタイプとすれば、桃瀬先輩は女子の王道を突進していくような人で、メイク禁止だと散々言われているにも拘わらず、学校にもばっちりメイクは欠かさないし、髪の毛も毎度アレンジを変えている。それはこの合宿でも同じことだ。
二人は一緒にやってきたわりに、剣呑な空気を醸し出していた。
「ねぇってば、彩子」
つーんとそっぽを向いている桃瀬先輩に、蘭子先輩がそう声を掛ければ、彼女は眉を跳ね上げて振り返る。
「何度言わせるの! 桃瀬って呼んでよ!」
……またこれか。
その場にいた全員(蘭子先輩除く)が、あぁ、と察しのついた表情になる。
「何で? あんたの名前、彩子じゃん。いつまで子供じみたこと言ってるの」
「うるさいわね、田中。黙らないと許さないわよ、田中」
「田中って呼ばないでってば。ダサイから」
「彩子もダサいでしょ。『子』だなんて古すぎ。おばあちゃんじゃないんだから」
「それいつも言うけど、あたしも蘭『子』なんだけど?」
「だから田中って呼んであげてるでしょ?」
「田中はダサいからやめてよ。蘭子にして。気に入ってるんだから」
「あんたが桃瀬って呼ぶなら、蘭子って呼んであげるわよ」
「あんたが蘭子って呼んでからだって死ぬほど言ってんでしょうが」
……堂々巡り。
いつもの、通称『田中彩子論争』だ。ちなみに、この通称の発祥は美樹で、それも「田中彩子さんって名前の人に失礼ですよねぇ」という呟きが部員を笑わせたのが始まりだ。
この二人は顔を合わせる度に、『田中彩子論争』をしている。お互いにただ呼び名を変えれば済む話だし、絶対に固執している、という訳ではなく、よそでは相手の望む呼び方をしていることもちらほらあるのだが、何故か毎回、わざわざ嫌がっている名前で呼びつけては言い合いを始める。一年の時からそうだったらしいから、もう意地になっているのかもしれない。
――なのに。なのに。なのに!
どーいう訳か、この二人が同じ部屋なのだ。女子生徒は、私、美樹、佐々原さん、蘭子先輩、桃瀬先輩、涼宮先輩の六人だけ。私の想定では、私と美樹、涼宮先輩と桃瀬先輩、だから残りは佐々原さんと蘭子先輩(彼女は佐々原さんとも上手くやっていけてる)というのを思い描いていたのに……。部屋分けをするぞ、となった途端、まるで当たり前のように、さっさと二人が上へ上がってしまったのだ。
そうすると、だ。私と美樹が同室になると、佐々原さんが涼宮先輩と同じ部屋になる。それはやばすぎる。深夜に殺人事件が起こりかねない。とはいえ、私と涼宮先輩が同じ部屋になるのも嫌だ。
私と佐々原さんの目が合った、あの瞬間を、私は忘れられないと思う。初めて二人の心が通い合った瞬間だった。あれきり通った形跡ないけど。部屋でもずっと睨まれてたし。
「あれー? もう結構揃ってますねぇ」
扉が開いて、ふわふわとした声が聞こえてきた。美樹だ。すぐ隣に、微笑みを浮かべた涼宮先輩も並んでいる。彼女は扉の前でいがみ合っている蘭子先輩と桃瀬先輩を見て、またかとでも言いたげに片眉を上げた。
「美樹、美樹」
呼びかけて手招きすれば、美樹は私に気付き、にこにこと笑って私の隣に座ってくれた。よかった、とりあえず夕食は和やかに済みそうだ。
「ね、ひなちゃん」こっそりと顔を寄せ、美樹は小さな声で言う。「どうして先輩たちがひなちゃんに変な態度をとったのか、わかったよ」
変な態度? ――あぁ。さっき、私が佐々原さんと涼宮先輩の仲裁をしようとした時に言われた、『あんたはまた別でしょ』という言葉か。そのあと、桃瀬先輩にも睨まれたんだっけ。
「涼宮先輩に聞いたの。また後で教えるね」
……もしかして、涼宮先輩と私がギクシャクした直後に、美樹が涼宮先輩に話しかけたのは、その理由を聞く為だったの?
「……ありがとう」
ちょっと不満、だなんて思っていたのが恥ずかしくなった。
一カ月も更新止まっていてすみません。
ちまちま載せていきますよ~~