お嬢様の違和感
ミステリ初挑戦です。
よろしくお願いします。
内容的にあっさりしていて物足りないかもしれませんが、がんばります
「さ、夜の巡回しましょうか」
「はい」
先輩の佐藤に言われ、看護師の勝海は懐中電灯を手にした。
「最近は病棟が少しだけ荒れてるから気を付けて。精神科の患者さんは敏感に空気を感じとるから」
「そうですね」
「私達に出来ることなんて、巡回を強化するだけだもの」
佐藤が自嘲気味に言う通り、この病棟内で起こる『事件』は予測不可能で、対策といったら巡回を強化する事しかなかった。
「はい」
二人が言葉を濁す理由は、口に出すのが憚られるもので、それが起こらないでほしいという願望も少なからずあるからだろう。
夜勤中に「静かだ」と言った直後に急変患者がやってくるのはわりとあるのだ。まるで言霊のように。
言霊というものは本当にあると勝海は信じていて、余計なことは言わずに返事をした。
二人がというよりも、この病棟の医療従事者全てが自分達の無力さと無能さをよく感じていた。
誰一人ここ数か月で複数起きている自殺を止める事ができなかった。
「ねぇ、本当に交代をしてはくれないの?勉強の為にも重症患者を見る必要だってあるでしょう?」
佐藤が勝海に自分の担当のフロアを代わるように言うけれど、それは禁止されている。
彼女は断れない立場の人間に自分の仕事を押し付ける事が多々あり、勝海は色々と言いたい事があったが抑えた。
「できません。担当は師長が決めている事ですから、」
「はぁ、本当に貴女って真面目ね。仕方ないわね。でも、後から後悔しても知らないから」
佐藤はこれ以上言っても無駄だと思ったのだろう、あっさりと引き下がった。
しかし、脅迫にもとれる一言を残す。
「さっさと行きましょ」
不機嫌さを隠さない佐藤に促され勝海は、緊張した面持ちで詰め所から出た。
コツコツと響く無機質な音は寒々しく聞こえる
リノリウム材の床を照らすと不気味に鈍く光り、見てはいけない何かを映し出しそうで勝海の不安を煽る。
本当に何もなければいいけど。
と、勝海は心の中でそれだけを願った。
『カタカタ』
ふいにどこかの部屋から物音が聞こえた。
この時間は、患者はみんな睡眠薬でぐっすりと眠っているはず。
『カタカタ』と物音はまだ続き、それはある病室から出ているようだった。
まさか……!
勝海は音がする方に向かって走り出した。
その部屋は個室で病状が安定していて退院が近い患者がいたはずだった。自殺を図るなんてとても考えられないが、その可能性はあった。
ドンと勢いよくドアを開けると、そこにはベッド柵にシーツをくくりつけて首を吊っている患者の花田がいた。
顔を真っ赤にして苦悶の表情浮かべ、睨み付けるように天井を見ている。
ほんの一瞬だけ驚きで身体が固まったが、すぐに花田に向かって駆け寄った。
「何をしているんですか!やめてください!」
勝海は手の震えを心の中で叱咤しながら、シーツを持っていたハサミで切り花田を助け出した。
「ゴホッゴホッ」
花田は咳き込みながらも、息を吸おうと呼吸を繰り返した。
「死な…なきゃ…。私は死ななきゃいけないの」
花田は焦点の定まらない瞳を天井に向けてそれをうわごとのように繰り返した。
「何を言って」
「どうしたの!?ねぇ、なんの騒ぎなの?」
そこに、勢いよくドアを開けた佐藤が部屋に入ってきた。明らかに不機嫌そうな顔をしており、悪ふざけをしていると思っているようだ。
「佐藤さん……」
「花田さん」
佐藤は花田を抱き抱える勝海を見て状況を判断したのだろう。顔色は血の気の引いたものに変わった。
「失禁もないので恐らく首をくくった直後だと思います。先生に連絡を」
「えっ、えぇ、わかったわ」
勝海が簡潔に状況を説明すると、佐藤は躓きそうになりながら、医師を呼ぶために詰め所に駆けて行った。
「花田さん。大丈夫?」
「私、私は死ななきゃいけないの、死ななきゃ」
ずっと何かにインプットされたように呟き続ける彼女に勝海は背筋が粟立つのを感じた。
おかしい。何が『おかしい』のかハッキリと勝海は言えないけれど何か引っ掛かりを覚えた。
全て仕組まれているような気がする……。
まるで誰かが舗装した『死』への道を辿るように、皆自殺をしたのではないかと勝海は考えていた。
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