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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

白黒の乙女

作者: 藤白春



 私の名前はアルディリア・ラドロン。


 今日は親友のマンサナ・シャンレンの花嫁道中に参加中でございます。理由は親友サナは知らない男性に隣の国に住む男性に嫁ぐからです! 今時政略結婚なんて流行りません。しかしサナは「お金持

ちだし、絵姿でみた笑顔がとっても素敵だったの。リア、祝福してくださるわよね?」だなんてっ! しますわよ! 喜んでサナの結婚を祝福いたしますわ!


 ということで、あれよあれよという間にサナの嫁ぐ日程が決まり、旅立っていってしまわれた。なんてこの私がするはずもないじゃありませんか!

 サナの家は商人です。我が国では名の通った商家だったのですが、お父様が少々「失敗」をしてしまい、サナがお金のために結婚しなくてはならなくなった。という具合です。

 私の家は代々王に仕える騎士の家系で、どちらかというとお金には無頓着。余っているというべきでしょう。それに私だって高給取りのお仕事をしています。だから私がサナの家に資金提供をしようと

言ったのですが、サナはそれを許しませんでした。


「お金を貰うのだから、それ相応の対価を差し出さなくてはいけないのよ。リアは親友だから返さなくてもいいと言うでしょう? 返す返さないで親友と喧嘩したくないのよ。わかってリア」


 とまぁ、サナに悟らされ、サナが嫁ぐことが決まってしまった。親友の為になにかしたい。そう思ってサナの嫁ぎ先までの道中、サナが不安にならないよう着いていくことにしました。どうせ結婚式には参加するのだし、時間の節約にもなるわよね!


「サナ、このお菓子美味しいわよ。食べて!」

「あら、美味しいわね。そうだわ、外の男性方にも差し上げましょう」


 と言って窓から顔を出し、馬車を停めるサナに私は溜息を吐く。外の男性方というのは、所謂用心棒と言う名の傭兵で。隣の国までの道はあまり治安がよろしくなく、心配したサナの未来の旦那様が雇いつけてくださった方達です。

 出発する前にご挨拶をしましたが、傭兵という名にふさわしく屈強な男という雰囲気でした。その中でも団長と呼ばれていた方は上腕二頭筋どころか胸板も厚そうで、はぁ、好みといういいましょうか、どうしても血筋の所為でしょうか、優男よりも筋肉質な方を好む傾向があるようです私。いやいや、今は私よりもサナを第一に考えなくては!

 馬車から降りて皆にお菓子を配るサナは女神様そのもの。そこの貴方、鼻の下を伸ばしているんじゃありませんわ! サナに変な事をしたら私が許しません!!


 朝一番で出発してきたのですが、現在の時間はおやつの時間。所謂午後です。隣の国へは二日でつくと聞いていたのですが、か弱い女性が乗っている馬車だと無茶は出来ません。だから今少々遅れてい

るのは承知済みです。

 現在はどのあたりなのだろうか。ということを聞くべく近くにいた傭兵その一に私は話しかけることにしました。傭兵にしては少々筋肉が付き足りない方だなという印象は置いておきましょう。


「あの、いまいる場所を教えていただけますか?」

「うん? あぁえっとねー、団長! ここどこでしたっけ!?」


 まさか分からないだなんて、ホウレンソウをきちんとなさって欲しいわ!

 答えられなかった傭兵その一の代わりに、呼ばれて来た団長様が「馬鹿かお前は! さっき話したろ!」と傭兵その一の頭を叩く。よかった団長はまともなようね。


「大変失礼しました。現在地は隣の国へ行く国境付近です」

「深窓の谷の手前ですか。ならば少々速さを上げた方がいいと思います。夜までに谷を抜けなければなりませんから」

「しかし、お嬢様方のご負担を考えると多少ゆっくりの方がよいと思いますが」

「ご安心ください。サナ、マンサナ様は幼少時より乗馬等に長けております故、手荒く進んでも大丈夫ですわ」


 それよりもこの谷は危険ですので早めに抜けましょう。と団長に伝え、サナを馬車に乗せて花嫁道中が再開された。日暮れ前にせめて谷を渡ってしまいたいという私の希望は通らず、太陽が沈んだ後谷に差し掛かってしまった。さて、どうしたものか。と私が思考を巡らせているのに気付いたサナは微笑み「大丈夫よ、強い味方がいるのだから」と本を読み始める。サナの言う通り強い味方はいるのですが、この谷は『深窓の谷』と呼ばれる谷。

 大昔深窓の姫と呼ばれていた女性が嫁ぐ際この谷を通り、嫁ぐのが嫌だからと自ら身をこの谷に投げたことに由来している。また、多くの旅人がこの谷に落ちていることから、姫が寂しくて谷に引きずり込んでいるのではという噂です。


 まぁお金で雇われている以上、傭兵の方達もお仕事をしてくださるでしょう。ただ、サナと私に侍女マリーベルを守るために傭兵が二十人という人数は……どこの小隊でしょうか。せめて分隊程度、少なくても六から七人で事足りると思うのですが……それほどサナの未来の旦那様はサナのことを大切にしてくれていると考えておきましょう。と私が考えている間に谷を渡ると伝えられました。


 何事もなければいいのですが、と考えていると傭兵たちの声と剣が固い何かにぶつかる音などが沢山聴こえはじめます。のんびり屋のサナも流石に本から視線を上げて困ったように首を傾げました。


「あらあら、でも男性方がどうにかしてくれるでしょう」


 とサナは再び本を読み始めますが、私の隣に座っているマリーベルは青い顔で「アルディリア様……!」と私に縋り付いてきます。それもそのはずです、本も読めない程に馬車が揺れ、今にも横倒しに

なるのではという勢いで走っている馬車の中ですもの。「かなり揺れているのによく読めるわね、流石サナだわ」とため息を吐き揺れる馬車の中をバランスを取りながら、窓から外の様子をみると、あらやばいわね。


 屍累々、死んでいないだけ流石というべきでしょうか。


 襲ってきたのは盗賊でも山賊でも、チンピラでもなく魔物でした。しかも豚のお鼻からみてオークと呼ばれる魔物でしょう。最近深窓の谷での事故が多いのはこいつらの所為かもしれませんわね。

 隣の国には魔物は出ません。だって、神の国ですから。神の国である隣の国は国土全てに結界がかけられていて魔物は入れないようになっているのです。その神の国から来た傭兵さんたちは対人間の経験しかないのかもしれません、だったらこんなに手間取っているのもわかります。


「サナ、結婚式は一週間後でしたわね?」

「……駄目よ、一緒に来て」

「あら行くわよ? ただ少しだけ遅れるだけ」

「リア!」

「マリーベル! サナをお願いしますわ!!」


 叫び私は馬車の外から転げ出る。勢いのまま受け身を取り立ち上がると馬に乗って横を通り過ぎていく傭兵の方達。よし、魔物を相手にしたときの基礎は知っているみたいね。

 

 逃げるが勝ち。名言よね。


 馬車から文字通り転げ落ちた私に気づいたのか何人かの傭兵の方が私を救おうと馬に乗って駆け寄って来る。のを私は適当に選んで手綱を掴み馬の上に乗る。たまたまさっきのアホ傭兵の馬だったらし

い、傭兵の驚く声を無視して「剣借りるわよ!」と勝手に剣を借り背負う。ついでに縄を借り倒れていた傭兵の足に引っかけアホ傭兵にその縄を持たせれば準備はオッケーです。「そのままひきずって

! サナを頼みます!」といって馬上から飛び降り、転がり落ちる。

 受け身をとることも忘れてないわよ!

 結婚式では背中の開いてない服を着ないといけないわね、なんて考えながら腰を擦り、起き上ると目の前にはオークが三体ほど。私の少し離れた後ろではサナの「リアっ!」という声が遠くで聞こえた。

そんなに心配しなくても大丈夫なのはサナが一番知っている筈なのに、アレかしら、マリッジブルーというやつかしら?


「お嬢様!」


 さて、この豚様方をどうしようかしらと悩んでいるところに現れたのは黒馬に乗った団長。あらやだ、先に行けと言ったのを聞いていなかったのかしら。やっぱりホウレンソウがなっていないわね……。


「団長様、私は先に行けと言った筈ですが?」

「しかしお嬢様を置いてなど!」

「その心意気は騎士様のようで素晴らしいですが、貴方怪我をしているでしょう? 足手まといですわ」


 「なに言ってんだ!」と素なのであろう言葉遣いが荒くなった団長様に構っている余裕はありません。

煩い団長様の怪我をなさっている方の腕を掴み引き寄せます。「痛っ……!」と痛いのを我慢している団長様の膝裏を叩き、膝立ちにさせれば準備完了です。喚く団長様の頭を左腕で胸元に抱き寄せたまま、私は右手に持った剣を振り下ろして地面に突き刺し所謂呪文を唱えます。


『地下に眠る雷の申し子よ、我が壁となれ』


 すると地面が割れ、地下深くから呼び起こされたいかずちが、噴き出るように飛び出しオークたちを囲いました。さて、これでもう大丈夫です。オークたちは雷の向こう側で「まじかよ」という顔して

います。本当は焼いてやろうかと思いましたが、オークは美味しくないんですよね、だからこのまま生け捕りにしてギルドに渡してしまった方がいいでしょう。このオークたちは余罪もありそうですし。


 「んーんー!」と唸る低い声が近くで聞こえ、オークがまだいたのかしらと思ったら、団長様のお声でした。忘れていましたわと腕の力を弱め団長様を解放すると「お嬢様っ!」とお顔を真っ赤にした団長に呼ばれ「はい」と返事をする。「なんでしょう?」と首を傾げる私に、何故か呆気に取られているのか団長は口を開けたままポカーンとした顔をなさっています。次に、オークをみてまたポカーンを口を開けたまま目を開いたままのお顔の団長に私はクスリと笑ってしまいました。筋肉しか見ていなかったのですが、お顔も意外と整っていらっしゃったのね。プラチナブロンドの髪に紅い目なんて、美丈夫とはこのことかしら? 何

にしても顔が整っている方はどんな表情でも様になることはよっく分かりました。


「お、嬢様が、オークを……?」

「えぇ、だから言ったでしょう? 足手まといですと」


 でも、騎士のような行動は嫌いじゃありません。と私は胸元からハンカチを出し、息を吹きかけると鳩になる。その鳩に「ギルド治安課 深窓の谷へ オーク 余罪含む」と言ってから飛ばします。こ

れで二、三日のうちにオークを捕まえに来るでしょう。


 「さて、次は団長様ね」とにっこり笑いながら見れば、顔を真っ赤にさせて「あ、いや、」と何を考えていたのかしら、しどろもどろだわ。


「団長様、怪我なさっている腕をみせてください」


「え、いや、大丈夫!」と何故か逃げる団長様を無理矢理捕まえ、怪我をしている左腕をみると、まぁとても綺麗に筋肉のついた腕をしていらっしゃるわ。最近よくある見せる筋肉とは全く違う! こ

の腕になるには毎日の鍛錬を欠かさず、ただ鍛錬するだけでなく自分の力に応じた訓練や実地をしてきたに違いないわね!!

 なんて頭の中で涎を垂らしていたのに気付いたのか、腕をみて固まっていた私に何を思ったのか「お見苦しいものをお見せしました。申し訳御座いません、自分で手当てできますので」と団長様が身を引こうとするのを引き留め、私のスカートの裾を破って血と汚れを拭い、肉が抉れてしまっている傷口に治癒魔法をかけます。早く処置をしなければいけない傷なのに私は何を考えているの! と自分を叱咤し集中します。

 抉れてしまった肉は周りの肉から、筋肉が少し落ちてしまいますが動かなくなるよりはましです。清浄魔法と結界魔法を団長様と私のまわりに展開させ傷口に菌が入らないようにするという高度な魔法

を使った所為でしょうか。団長様の治療が終わるとどっと疲れが一気にきました。

 久しぶりに魔力を大量に使った所為でしょう、怠けていた体が魔力の消費に耐えきれなかったのだと思います。


「ねむい、」

「お、お嬢様……!?」


 団長様の慌てる声を最後に思考は白い世界へと旅立ちました。



        *



 暖かい、優しい匂いがする。

 目を開けると、パチパチと火がちいさくはぜる姿がみえた。寝息であろうゆっくりとした呼吸音と一緒に背中に感じる温もりが上下している。

 少しツンとした汗臭さと埃、砂の匂いに石鹸の匂いが微かにする。それに何だか優しい匂いがするの、なんとも言えないハーブでも石鹸でもない、ほっとする匂い。こういう匂いがする人は妖精に好か

れる。だって火の妖精が近くに寄ってきているもの、だから薪が燃え続けているのでしょう。


 空を見れば、黒が濃い青に変化しつつある。夜明け前ってところね。上げていた頭を団長の胸元にそっと寄せ、我慢できず少しだけぐりぐりと顔を胸元に押しつけ匂いを嗅ぐ。眠い、まだ眠いし、もう少

し寝ていたいのだけれど、起きて向かわなければサナの結婚式に間に合わないわ。それに私一人ではなく、団長様もいるということを考えなくては。

 もう一度頭をぐりぐりとその筋肉、いえ、団長様の胸元に押しつけて、名残惜しいまま顔を上げて起き上る。が、あらいやだわ、流石団長様ね、腕の力が強くて起き上るどころか腕の中から抜け出せない。


 申し訳ないけれど、起きて貰いましょうと「団長様」と呼びながら揺すれば、顔を真っ赤にした団長様が「お、お早う御座います」と小さく言った。


「おはようございます。団長様、立ち上がりたいので放していただけますか?」


 「はい」とまた小さく返事をした団長様の腕から出た私は一つ伸びをして自分の身体に清浄魔法をかけます。その後団長様にも清浄魔法をかけ、困った顔で微笑む団長様の腕の傷の様子をみます。


「うん、綺麗に塞がっていますね。ただ魔法で肉を修復したので傷のまわりの筋肉が落ちていると思います。腕に力が入らなかったらその所為なので、帰ったら左腕の筋力を戻すのを重点的に鍛錬してください」

「っわかりました!」


 大事をとって腕を吊る為に団長様のハンカチを魔法で大きくして三角にし、団長様の首の後ろに結び目を作り腕を吊ります。首もいい具合に太くて、逞しいわね……なんて思っても口に出さないのが淑女ですわ。


 「迎えを呼びましょう」と連絡球と呼ばれる小さな水晶を懐から出してきた団長様を「あら、それでは遅刻してしまいますわ」と辞めさせて、私は首に下げていた水晶で出来た笛を吹きます。人間には聞こえない音色なので初めて見る人は何をしているんだろうと首を傾げるのですが、団長様はこの笛を知っているのでしょう。目を大きく開き「それは、竜の笛」と呟かれました。


「えぇ、正解ですわ」


 大きな風がふき、咆哮が遠くで聞こえました。羽ばたく音と大きな振動と共に地面に降り立ったのは、コウモリのような羽と爬虫類に似た体が白い鱗に覆われている私の契約竜です。


「お、お嬢様は、一体」


 呆気に取られたまま「何者ですか」と聞く団長様に私は微笑み言います。


「私の名前はアルディリア・ラドロン。しがない侯爵令嬢ですわ」





 大きな竜に乗って颯爽と現れた私と団長様に神の国では「騎士団長と王妃様のご親友が竜に乗って帰ってきた」と大騒ぎ。なるほど、神の国では竜は神聖な生き物なのですね。私の国では普通に居ます

し、竜の育成施設があり、竜騎士なんてものもあります。ついでにサナも青い竜と契約を結んでいますわ。 竜から降りた私を抱きしめるサナの背中を撫でます。「ばかぁ! リアのばかぁ!!」と泣き叫ぶサナに「サナが無事でよかった」と言えばますます泣き始めるサナに「泣き虫過ぎて旦那様に嫌われるわよ」なんて軽口を言えば「ばかっ!」とサナが泣きながら笑いました。筋肉もいいけど、女の子もいいですわね。


 ところで、私は色々勘違いしていたようですわね。ちゃんと人の話は聞けと父や兄様達にネチネチ言われいるので気を付けていたのですが、まぁ黙っていましょう。傭兵団長様、いえ騎士団長様はもしかするとお気づきかもしれないので、脅し、いえ、黙ってていただけるようお願いしに後ほど訪ねましょうか。





 白銀の髪が舞い、蒼い瞳が冷たく睨みつける。


 躊躇いもなく伸ばされ俺を掴んだ腕は柔らかく、抱き寄せられた身体もとても、やわらかい。

 詰襟に足首まであるスカートの裾。隙の無い服装で、禁欲的なのにその行動は堂々たるもの。俺が男だと理解している筈なのに気にもせず、そのささやかな胸に抱き寄せる。


 いい匂いがした。柑橘の匂いだった。


「だ、……ちょ……、……団長!」


 声にハッと意識を戻し、見れば副官が大量の書類の向こうで仁王立ちしていた。


「何だサイモン、書類ならまだだ」

「わーってます。それよりなんつー顔してんですか」

「どんな顔だ」


 「恋する乙女ですよ、お、と、め!」とウインクするサイモンに近くにあった文鎮を投げつけると文鎮の重さでとどまっていた書類が宙を舞った、後でサイモンに片付けさせよう。


「あっぶねっ!」

「阿呆をほざく暇があるなら仕事をしろ」

「アルディリア・ラドロン、二十三歳。ヴァイス国の侯爵令嬢でありながら、センターギルド長を務め使役するのが難しいと言われる古竜を契約竜としているとっても、とーぉってもすっごい大物で、ついでに嫁いできたマンサナ王妃様のご親友ですね」

「よし、サイモン久々に稽古つけてやろう。な? 腕の一本二本折ってもいいよな?」


 「やですよ」と言うだけ言って逃げたサイモンの後ろ姿を見送り、溜息を吐き出す。

 隣国ヴァイス国へ、未来の王妃様の警護の命を王から直々に受けた俺は、騎士団長という名誉ある位を頂き既に十年も勤めているのにも関わらず、道中怪我をし、未来の王妃様だけでなくその親友様ま

でも危険に晒してしまった。

 しかも王妃様の親友、ラドロン嬢に助けられるという情けない姿を晒してしまったというのに、どの面下げて口説きにいけと言うんだあの阿呆副官が!


 神の国ノッテナハト国に魔物はいないからと内乱等対策のために対人間の訓練のみしていたが、やはり魔法院が「絶対大丈夫! 壊れるなんて有り得ないから!」と言い張っている結界が壊され魔物に

攻め入れられるという可能性も想定して訓練計画を組まねばらならんだろう。

 しかし、魔物を相手にしたのはこの俺ですら数える程しかない。ましてやオークというランク四の強い魔物をしかも群れで相手をするなんて想定外で、しかしそのオークの群れを簡単に倒すのではなく

生け捕りにしたラドロン嬢がいるわけであって……。


 伊達に冒険者達のトップに君臨していないということか……難儀な人に惚れてしまったようだ。

まぁ、憧れるだけならばバチは当たらないだろう。ついでに、その、やわらかい身体、胸の感触を覚え続けているのも許して欲しい。あれだけで俺は生きて行ける、いやついでに絵姿も王様に願いでて王

妃様経由で頂けないものか。……今回の任務で失態ばかりだから無理かもしれんな。

 俺は四十歳、ラドロン嬢は二十三歳、差は十七歳で下手をすれば犯罪になりかねない歳の差だ。それにラドロン嬢は結婚適齢期、侯爵令嬢ならば許嫁の一人や二人いるだろう。未来ある若者におっさんの介護なんぞ任せたくない。口説ききる自信がないというのが本音だが。


 ……何にしても、まずは目の前の溜まった書類を片づけねば。紙に並んだ字に目を通していれば、扉をノックする音がしサイモンが戻ってきたか魔法院の書記だろうと反射的に「入れ」と許可をだす。「失礼します」凜とした声に、俺は動きを止めた。


 親友にかける声は柔らかく、オークに放った言葉は冷たく、騎士にかける言葉は起伏なく、寝ている俺にすり寄り呟いた言葉はとても甘かった。というか腰にきた。


「アードラー騎士団長様?」


 あぁ「アードラー騎士団長様?」と語尾が少し上がるのがとてもいい。そして今日もいい匂いがする。柑橘の香り、なんの香水をつけておられるのだろうか、つけ過ぎず程よく香る限度を知っていらっ

しゃる。とりあえずこの香水買おう、買って枕にかけよう。

 今日も詰襟のシャツに足首が隠れる裾のスカートという姿はとても好ましい。スカートが臙脂色という落ち着いた色なのもとてもお似合いだが、若いのだから淡い色の、流行りのレースが沢山使われた可愛らしい服を着せてやりたい。

 あぁ、でも他の男にみせるのは嫌だ。しかし、ラドロン嬢が魔法を唱える姿、竜に乗りその雪の様な髪を風に靡かせる姿も捨てがたい。あのささやかな胸に顔をうずめたい、絶対いい匂いがする、それにやわらかいだろう。

 あの小さな体をあの日のように抱きしめながら、今度はベットで昼寝をするのもいいかもしれない。いや、まず結婚どころか付き合ってすらいない男女がそんなことできるはずもない。


「あら、ならば結婚を前提にお付き合いしませんか?」


 「えっ?」という俺の言葉はラドロン嬢の口の中に消えた。

  神の国ノッテナハト国騎士団長であり王の従兄コルジア・アードラーは、ノッテナハト国王妃の親友で、ヴァイス国侯爵令嬢でありセンターギルド長、冒険者達の頂点に立つ女アルディリア・ラドロン

を妻に迎えた。


 のちにアルディリアは「なんで俺と結婚したんだ」とおどおどしながら聞いてきた夫に語ったという。


「筋肉に一目惚れしたんですけど、中身も可愛くて、ね?」





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