24 敵になる
泣き叫ぶような掛け声で、銀髪と白雷が屋根上に流星を描く。
「べぎゃっ」
見返りざまに突撃されたカレン。
シャロムの腕を抱え、もつれて二人もろとも落下した。
「あ、あ、危ないやんか。死ぬかと思ったで。いきなり何してくれてんな!!」
「シャロム様……やっぱり女ではないか!?」
「言ってる場合か!!」
ラシュディはディアナを立たせ、おもむろにカレンから距離をとる。
「そっか。あんたがシャロムか。ほんでこれ、どういうつもりなん?」
カレンとシャロム、睨み合い。
ディアナを狙っての点火に気を配れば、即座にシャロムから電光石火の一撃が飛ぶ。カレンには自分を犠牲にまでするほどの使命感は無いだろう。
「話がちゃうやんか。あんた、どっちの味方や?」
「誰の味方でもないよ。今さらボクが、誰かの味方でいていいなんて、そんな都合のいい話、あるはずないじゃないか」
「じゃあ何やねん」
「でもね、ちょっとだけ、せっかくだから、心の向くままに、やってみようって思った」
「わけ分からんわ」
「これ以上、ラシュディと、ディアナちゃんを苦しめるのは、許さないって」
自らの意思で決めた、誰かの敵になるという覚悟だ。
「だからこれは最初で最後の警告。逃げるなら今のうちだよ、えっと……商売女?」
「あんた、友達おらんやろ」
カレンの眉が上がる。
「あんたこそ覚悟ええな? 三人まとめて吹っ飛ばしたる」
シャロムが後ずさる。
「何や、あんたが逃げるんかい!?」
カレンの背後では、いつしかソロが息を整え、牙を剥いてきていたからだ。
シャロムたちの目線が上に向いていることから、ようやく異変を感じたらしいカレンだったが、振り返ってもすでに遅く、悲鳴を上げる間も無かった。
頭から丸呑み。
それだけではない。石畳をえぐるほどの勢いは、鞭のように大蛇の身を跳ねさせ、次の獲物を求めてうねり、しなる。
ラシュディは、当然そう来るだろうと予想して退避に及んでいたが、ここで焦りから失態を犯してしまった。足元への注意を疎かにし、氷と油に体勢を崩されたのだ。
「ぃやべえっ!!」
いよいよ俺らしくない、と内心で舌打ちした。辛うじて踏み留まると同時に、ディアナの背と肩を押し出して、どうにか彼女だけはソロの軌道から逃れさせた。
「ラシュディ!? おぬし……」
これでディアナは助かる。
安心したラシュディに、背丈よりも大きな牙が迫る。
だがここでさらに失念していたのは、ラシュディにとっては自分らしからぬ特別な、こうした身を挺する方法が、シャロムにとっては自然当然そうするべきものだということだ。
「あぶないラシュディっ!!」
たちまち突き飛ばされ、ディアナの傍に転がった。
「っ!? バカお前、シャロム――」
ラシュディの目の前を、ぬらりとした黒が横切る。
「……死ぬなっつっただろ、バカ野郎ぉーーッ!!」
「シャロム、様……」
しかし状況は、消えたシャロムの姿を探す時間も、嘆いて止まる暇さえ与えてくれない。
ディアナを抱えてひた走るラシュディに、ソロが首を高く掲げてきた。
そのとき、不意に轟く雷鳴。
黒い雷が牙の隙間から二条三条と溢れ出し、大蛇をのたうち回らせる。
「シャロム!? まだ生きてるのか? 中で、お前、おいっ!!」
問いかけても答えは無く、代わりにソロは南天を眺めて舌を鳴らすと、おもむろに身体を曲げて城壁に乗り上げた。
そのままずるずると、北へ逃げるつもりだろうか。
ではこのまま逃がすことが正解、勝利と言えるのか?
シャロムが大口に呑まれる直前、最期にラシュディを守れたからボクはもう満足だ、とでも言わんばかりの安らかな顔をしていたのは、思い出しても腹が立つ。
だからあの向こう見ずで聞き分けのない女には、もう一度ひっっぱたいて、茶でも飲ませて、温かくて旨い飯でも食わせてやらなければ気が済まないのだ。
今ならまだ、自分ひとりでなら追いつける――そう考えて、ディアナを降ろした。
「待ちやれ!!」
駆け出そうとするラシュディの腰が、むぎゅっと掴まれる。
「どこへ行く? 何をするつもりじゃ!?」
「決まってんだろ? あの蛇野郎の腹かっさばいて、シャロムのバカを助けるんだよ」
なおもラシュディは歩を進め、止めきれずにディアナはつるつると付いてきた。
「実に、そうすべきじゃ。首を刎ねてもまだ足らぬ。だが、いま追って倒せる見込みがあろうか。おぬしならば、彼我の実力差くらいは把握しておろう」
「分かってんだ、んなこたあ!! でもよお!!」
「気付いておろうが、不滅の炎は計り知れず、彼奴の肉体だけに効果をもたらしておる。現に、あれだけ暴れて、どこにも引火しておらぬであろう? つまり呑まれた者が焼かれる心配は無用。まだ猶予はあるということじゃ」
そのうちに、ソロの尾が城壁の向こうへ消えた。
「そして、じきに彼奴は必ず戻ってくる。そのときが勝負であろう」
「根拠は?」
「今宵が、最も太陽の力が弱まる晩だからじゃ。不滅の炎を抑えていられるうちに山の境界を越えて、このディアナと接触できたことは、彼奴にとっても好機であるはず」
「それなのに、まだ中途半端ってことか」
「うむ。わらわは未だ孤独にあらず。身も心も屈してはおらぬ。魔王と名乗って民を誑かしたことは、我らに反撃戦争の大義を与えたも同然。なれば当然、あれの立場からして、今宵のうちに再びわらわの自由を奪い籠絡しに来る」
「一理あるが、分の悪い賭けだな」
火はともかく、シャロムは腹の中で潰されているかもしれない。溶かされているかもしれない。全面戦争を避けたいというソロの言葉も本当か分からない。
時間をかけていられないのに、そもそもすでに手遅れという恐れもある。
こうして冷静になるほど、生きたまま取り戻す見込みは絶望的であった。
「しかもその理屈に従うならよ、身の安全確保が先じゃねえのか? なんで姫さんまで、奴と戦おうって感じになってんだ?」
さらにディアナの立場からすれば、街から脱出して朝までやり過ごし、王都に逃げおおせるべきだろう。もし手遅れならば、むしろ退却以外に手は無い。
急にソロが逃げていった不自然さを考えても、シャロム救出にこだわること自体がすでに敵の術中なのではないかと、段々と疑わしくなってきた。
「意地の悪いことを訊くでない。おぬしはどちらの味方じゃ? もしかしたら助けられたかもしれない、という後悔を再び、わらわにも味わわせるつもりか?」
ハッとして首を回せば、見上げてくる瞳は暗くとも勇気直情。
「任せよ。このディアナ=ルネ=スパーダの辞書に『不可能』の二文字は無い」
しかし眼差しや言葉とは裏腹に、細い指は震えている。
その震えを抑えようとして、さらにぎゅっと強く服の裾を握ってくる。
「……だったら姫さん。どうやって奴を三枚おろしにする?」
「そのためには、臣民の目を覚まさせる必要があろう」
ささやかにディアナは胸を張ってみせた。
「当ては?」
「衆目を集めるべく、神殿の、塔の天辺に行かねばならぬ。またそれまでに肌を清めて髪を梳かし、香気をまとい、服も新たに剣も調え、煌びやかに立つことが叶えば、必ずや」
「注文が多いんだよ」
「爪を磨ければなお良い」
「だから追加してんじゃねーよ」
呆れられても、ディアナは誇らしげに微笑む。
「だがまあ、いいぜ。やってやろうじゃねえか」
軽口を叩きながらもラシュディが耳で周囲を警戒すれば、我を忘れた市民らの暴動が三方から波寄せてきている。
「急ぐぞ。俺が案内役だ。いいな?」
「うむ」
「ちょっと冷たいところを通るが、自分の足で歩けるか?」
「うむ」
「ゲロを吐く準備は出来てるか?」
「んむ?」
ディアナは眉をひそめ、ラシュディは北門の前で乾いている路面に目を落とした。




