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23 不滅の炎


 ディアナの奥義が一閃、ソロの肩口から股下までを両断した。

 さらに勢い止まず路面を叩き、光が弾け、大量の|砂埃と水煙を巻き上げた。

 ラシュディは風圧に転び、べたつく煙に包まれて、咥内(こうない)に張っていた氷も溶ける。


「――が、はっ、げほっ、けほっ」


 溺れるような苦しさこそあるが、あの凍気をねじ込まれる感覚に比べれば、今はこの泥っぽさすら心地よい。

 間もなく視界が開けると、乾いた足元には大樹を写したような形の亀裂が道なりに走っていた。(こずえ)に当たる彼方(かなた)には飛ばされたソロが転がり、根元に近い此方(こなた)にはディアナが立つ。

 ラシュディが起き上がれば、ディアナも実に得意げだ。

 とはいえ消耗は激しかったようで、足がふらついている。


「おい姫さん!!」


 倒れそうな彼女を駆け寄って支えようとするが、ラシュディもまた怪我と疲労がたたって、結局は肩を押し合いながら二人、揃ってずるずると腰を落とした。


「はぁ、大丈夫か、姫さん!?」

「うむ」

「やったじゃねえか。さすがは王女様だぜ」

「ふふん。そうであろ? もっと褒めるがよい」

「ところで、今にして思えば、なんでこんな大技をあんな狭い崖道で使おうとした?」

「……言うでない」


 ディアナの顔が険しくなった。

 耳の痛い話を冗談めかして済ませようとしているのかと思ったが、それにしては肩を伝わる緊張感が実戦の熱さだ。

 彼女が目を凝らす先は、転がっているソロの肉体。半分は原型を留めずに潰れ、もう半分も辛うじて頭部から胸までが残っているほどの損傷だ。

 つられてラシュディも注意してみたところで、ふと違和感を覚えた。


 あれだけバラバラなのに、血が流れていない。においもしない。


 そのうちソロの肉体は、バキリバキリとヒビが割れていく。


「な、なんだ?」

「むう……やはり真っ当な剣ではないせいか、芯を外したようじゃ」


 剥がれた破片は端から溶けていき、やがて露わになっていったのは、一匹の蛇が、ゆっくり鎌首をもたげている姿だった。


「あいつは……何だ? ひょっとしてソロなのか?」


 姿かたちはまさしく蛇なのだが、血走ったような赤混じりの黒い身体は、遠目にもぬらっとした雰囲気が窺える。鱗の無い質感は、ウナギやナマズの類に似て、ラシュディは雨ざらしのはらわたを思い出した。

 加えて特徴的なのは、隻眼(せきがん)。星明かりを彷彿とさせる赤い眼光は左目だけで、右目に当たる箇所は漆黒に潰れている。


「あれこそが奴の本体じゃ。今まで見えておったのは、彼奴(あやつ)が内から操っていた鎧のようなもの。氷人形にすぎぬ」

「あのバカみたいに強かったのが人形? まさか本体は無傷ってか? ふざけんな。っていうか、そのありがたい答えはどこから出やがった!?」

「記録、伝承、神話……神々の戦争において数多の魔物を率い、この世に混乱の冬をもたらした、悪神の従僕(しもべ)が双頭の蛇に違いない」

「首が一つしかねえが」

「我らが祖霊・月の女神アルテミシアが片首を切り落とした」

「とにかく、マジならやべえじゃねえか。神様でさえ手こずった化け物だろ?」


 ラシュディは片膝を立ててディアナの手を掴む。いつでも退けるように。

 するとソロは牙を剥き、黒い蛇の姿が今度は、しんしんと青白い炎に包まれた。


「ちっ、氷の次は炎かよ。まだ奥の手を隠してやがったのか」

「案ずるな。あれは燃えておるのではない。燃やされておるのじゃ」

「誰にだよ」

「ソルビアンカ」

「だから誰だ」

「南ロマーニャの祖霊にして太陽の女神じゃ。神々の戦争の終局にて、ついに彼女は不滅の炎を蛇に焼き付けた。おかげで蛇は未来永劫、生ける限り身を焼かれ続ける定めを負った。北へ逃げた蛇は自らを氷の中に閉ざし、深い眠りに就いたという」


 改めて観察すると、たしかにソロはのたうち回って苦しそうだ。ビタビタと背や腹で路面を打っている。


「神話によれば双頭の蛇は、単身にて太陽と月の女神たちを追い詰めるほど強力であった……吐く息は大海をも凍らせる吹雪。(したた)る言葉は人心を惑わす裏切りの呪詛。白銀の鱗は月の刃を弾き、太陽の炎も跳ね返したという」

「見る影もねえな」

「氷人形をまとい凍気を張ることで、その失われた魔法の鱗を擬似的に再現しておったようじゃが」

「今なら、やれるんじゃねえか?」

「うむ」


 どちらからともなく、息を合わせて立ち上がる。


「復讐の妄念に囚われし憐れな蛇よ。これで終いにしてくれようぞ」


 そして灰かき棒が振り上げられた。

 ところが次の瞬間、棒は先端から持つ手の根元まで、ぽろぽろと崩れ落ちた。鉄製のものが、まるで焦げた炭のように(もろ)い。


「やはり壊剣、反動に耐えられなんだか」

「お前もう、あの技は禁止な」

「むう」


 ディアナは自分やラシュディの腰を軽く叩いたり、足元や左右のゴミ溜めに首を回したりした後、ややあって真顔でソロを見据え直した。


「……いや、わざわざ手を下す必要もあるまい」

「おい姫さん」

「なめくじの塩に溶けるが如し。かつては山と見紛うほどに巨大であったものが、ああまで縮んでは、長くはもたぬであろう」

「さては、剣が無いと戦えねえんだな?」

「もはや戦意も戦力も失った(やから)を敢えて追って仕留めるなど、高貴なる身分の仕事ではないのじゃ」

「とにかく奴は死に損ない。放っておけば、くたばると」

「左様」


 現にソロは、徐々に細く小さくなっている。今や屋台の串焼きに比べられるほどみすぼらしい。

 このまま、完全に消えるのも時間の問題だろう。


 やがて断末魔の悲鳴か、ソロは天を仰いで舌を鳴らした。


 すると一羽の死運び鴉が飛来してきた。

 氷の心臓を持つ魔鳥は、小さな蛇に一直線。開けて構えていた牙にくちばしを噛ませると、筋張った翼から足先までもが、すぐさまぶよぶよと変質した。皮の下が泥水にでもなったかのようだ。

 軟体と化した魔鳥は、ねじれ、ひしゃげて、例えるならば桶の底に穴を開けたときに水が渦巻いて流れる様子に似て、何百倍もの体格差が瞬く間に呑み込まれた。


 この光景にラシュディが言葉を失っているうちにも、続々と死運び鴉が集まっては腹に収まっていく。

 ついにソロは道も狭しと(ふく)れ、掲げた首は二階建ての屋根を越えて、灯台を思わせるほど力強い眼光がこちらを見下ろした。

 どこが憐れな死に損ないか――ラシュディとディアナは顔を見合わせる。


「話が違うじゃねえか!!」

「話が違うではないか!!」


 ゆらり、ソロの頭が揺れる。

 反応して二人、言い合いを止めて横跳びに駆ける。

 息を呑む間もなく、ついさっきまで二人の立っていた石畳(いしだたみ)が牙で穿たれた。

 蛇ならではの予備動作を見切ったおかげで今回は避けられたが、それでも際どかった。体力的にも、矢継ぎ早に来られたら厳しい。


「姫さん、これで何とかしやがれ」


 ラシュディは走りながら、ゴミ溜めから木の棒きれを拾ってディアナに渡した。子供が剣術ごっこをして遊ぶのには手頃な大きさである。


「手が汚れるではないか」

「無いよりゃマシだろ」

「汚れ仕事はおぬしの領分であろう」

「うまいこと言ってる場合か」


 ふと、視界が明るんだ。ソロにまとわる炎が、より盛んになったからだ。ひどく悶えて追撃が遅れている。


「これは好機!!」

「何が起きてやがる?」

「不滅の炎は(いまし)めの焼印である故に、彼奴が力を取り戻すにつれ炎獄の熱も強まるのじゃ」

「図体のでかさが仇になるってわけか。太陽の女神様も気が利くじゃねえか」

「今のあれには、守る鱗も衣も無い。一撃を当てれば充分。相乗して切り崩す!!」


 ディアナは翻り、棒きれを腰に添えて飛剣の構えをとった。

 巨体が暴れてゴミ溜めが散らばり、あばら屋も倒れていく。これでは狙いを定めるために集中が必要だろう。


「一撃さえ当てれば……」


 言い換えれば、一撃が限度か。


 すると上空に現われる、死運び鴉の影。

 数羽が急降下しつつ、運んできた酒樽をディアナめがけて投下する。


「姫さん、避けろ!!」

「造作もない!!」


 ソロから目を離さずに、ディアナは優雅な足さばきを披露した。

 一つ、二つ、直撃を回避するのはもちろん、落ちてからの破片や飛沫(しぶき)すら最小限の動きでも浴びることはない。まさに神業だった。

 ところが三つめ、樽は運び屋の足に紐付けされていた。ディアナに合わせて空中で軌道を変え、留め具が外れて直上で分解したのだ。

 樽の中身は、香りからして油の類だろうか。

 頭から被ったディアナは、べったりずぶ濡れ。華麗なはずのドレスが透けて、胸に脚に張り付く。


「いかん!! 服が濡れて、力が出せぬ」


 さらに、しゅんっと髪と瞳の輝きも失せた。


「どうなってんだ。お前の気高さの基準はよ!?」

「こんな恰好、はしたないではないか」

「さっきまで、ひらひらした服で飛んだり跳ねたりしてたのは、はしたなくねえのか」

「我がスパーダ王室流体操術に、何ぞ文句があるか」


 猫背で及び腰なくせに、口は減らない。

 そんな彼女を、急にラシュディは跳びかかって押し倒した。


「ぬぁ、おぬし、何をす――」


 ディアナの抗議を遮って宙で爆発が起こり、ラシュディは火花を背で受ける。火薬の臭いまで漂ってきたため、とっさの行動だったが、間一髪。


「あれで気付かれるなんて、やっぱラッシー、しぶといなぁ」


 起きて見上げれば、すぐ近くの屋根上にカレンが佇んでいた。口元は笑っているが、灰緑色の瞳に慈悲は無い。しかも死運び鴉に空中を守らせて、ラシュディからの投擲、反撃を防ぐ布陣である。


「なーソロやん? アナっちもラッシーも、このままウチが火だるまにして構わんねやろ?」


 ソロは焼ける痛みを堪えるので精一杯のようだ。


「聞いてへんな。まあええわ」

「なあカレン。最後にひとつ先輩らしいことを教えてやる。本気で殺すと決めたなら、無駄口を叩いてる暇はねえぞ。いい気になって顔を晒したり、まして手加減なんざ、二流以下のすることだ」

「しょーもない、金にならん負け惜しみはそれでおしまい?」


 周囲に火薬の臭いが充満する。

 だがラシュディは耳を澄ませ、彼方遠くの屋根上から近付いてくる音を待っていた。


「ほな、特大の花火でフィニッシュや!!」


 カレンは気合いを込めて点火の合図に腕を振るおうとするが、その矢先に死角からの不意打ちを受け、全身がビクンと跳ねてよろけた。


「な、な、何なん!?」

「だから言っただろ? あの音が聞こえねえか?」


 あの痺れるような衝撃の正体も、駆ける足が高速で刻む拍子も、ラシュディはよく知っている。

 

「ううううううう、ならぁーーッ!!」


 この足音を全力で(かな)でるときのシャロムは、疾風迅雷、一等強い。


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