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22 王家の証


 ソロの向こう側で這いつくばっていたはずのディアナが、どうして今ここにいる?

 どうやってこんなに速く回り込んできた?

 氷刃の前に立ちはだかって、何をしている?

 俺を庇うつもりなら、やめろ――閉じた口で、声にならない叫びを上げた。


「まったく、何をしておるのじゃ」


 透き通る鈴のような声音が、冷徹ともいえる切れ味で、淀んだ流れと静寂を裂いた。

 肌に痛いほどの衝撃もあったが、ディアナは踏み留まっていた。

 華奢な背中が、今は無性(むしょう)に頼もしい。

 あのゆるやかな時間のなか、後ろからでも彼女の体勢や腕の動きを思い出せば、何が起きたのか推察できる。


 ディアナは自分の首に繋がっている鎖を手に持ち、ラシュディがヒビ入れた箇所で狙って受けた。そうして敵の力を利用し拘束を解かせ、そのまま両拳で、氷刃を上下から叩き挟んで止めたのだ。


 間違っても落ちこぼれでは出来ない芸当に、ラシュディは素直に嬉しくも驚いた。だがそれ以上にソロは目を見開いて、とてもこの光景を信じられないという様子だった。


「何故、こんなバカなことが……!?」


 ソロは氷刃を自らの手で掴み、突き通そうとしたが、ディアナも肩を震わせるほどに(こら)えて押し合いは均衡(きんこう)する。


「どうじゃ、ラシュディ?」


 そんな、集中を欠けば二人まとめて串刺しにされかねない状況にも関わらず、ディアナは顔半分を振り向いてきた。まるで魔王など眼中に無いとでも言いたげだ。


「わらわは今、気高いであろう?」


 ああ、めちゃくちゃ格好良いぜ姫さん――いつもの調子であれば敵から目を逸らすなと注意をするところだろう。

 だが今は、いっそ今こそは、お前は本当にすごいやつだと認めてやりたくて、ラシュディは力強く頷いた。


「ならば良し!!」


 応じて一声、ディアナは相手の腕ごと引き抜かんばかりの勢いで身を(ひね)り、氷刃を奪い取った。

 乗じてその場でひらり回転しながら持ち手を変え、素早く下に二突きしてラシュディの足に絡む鎖を割った。

 髪やドレスが舞うのに合わせて光る粒子が踊り立ち、再び構えを直してソロに正眼すると同時、黄金と青玉の輝きが復活する。


「お前は、お前は、あの首飾りが無ければ女神の力を使えないはず……なのに一体、その姿はどういうわけですか」

「たしかに、貴様の言う通りじゃ。わらわにとって王家の証は必携(ひっけい)であった」


 ディアナは首に余っていた氷の鎖を捨て、(かかと)で砕いた。


「だがそれは、何秒前の話をしておる? 五秒前か? 十秒前か? このディアナは産まれしときより日進月歩。あんな石ころが付いた金細工ごときで、そんな昔のことで計れるほど小さき器ではないわ!!」

「この場で、成長を遂げたとでも言いたいのですか?」

「己が身ひとつで証を立てられてこそ一人前の、真の王女たるべし。すなわち、わらわ自身が王家の証なのじゃ!!」


 何を言っているのか分からないが、これでいいのだとラシュディは思った。


「感謝するぞ、リリアン=ソロ。貴様のおかげで、ひとつ高みに登れた」


 ここに至れば、長話は愚策である。ディアナもそれを分かっているのだろう。


「我々は、お前の踏み台ではありませんよ」

 また同じことをソロも感じたはずだ。なでついた雰囲気を払って、声が重い。


 ラシュディが戦いの邪魔にならないように横へ退くよりも早く、ディアナは突撃。

 振りかぶる一撃を、ソロは手首を掴んで止めた。

 せめぎ合いは体格差を(くつがえ)し、“姫様パワー”に満ちたディアナが膂力(りょりょく)で優位のようだ。

 やがて氷刃が額に触れるか否か、ソロは身をかわし、片腕をディアナの(わき)下にすべらせる。

 洗練された組み技だった。加えて路面には氷の針をいくつも出現させ、投げ落とした際の負傷を大きくさせようとしている。

 そこへディアナは背負い投げられる前に自ら地を蹴り、猫のような姿勢で、宙での制動を我が物とし、ソロの頭上で()を描きながら反転。

 待ち構えている氷針を足の指で挟み、串刺しを免れてさらに後方へ逃れた。

 距離を離しても、息つく暇は無い。獣捕り用の罠に似た氷の牙が足首を狙う。ディアナはそれを避けて着地点をずらしつつ、ジグザグ跳びで再びソロに間合いを詰める。


「たしかに女神の力があれば、我々に攻撃を通すことは可能です。お前たちにとって、これが唯一の希望と言ってもよいでしょう」


 聞く耳を持たない顔で、ディアナはソロの胴体めがけて横薙ぎに斬りつけた。


「ですが、それさえあれば万事解決する、などと思い上がっているのなら、実に浅はか」


 しかし攻撃はすり抜けた。

 ソロは避けようともしていない。氷刃が音も無く霧散したのだ。

 思えば当然である。魔法で氷の生成や変形が可能なら、消去が出来てもおかしくない。

 そうして無防備になったディアナの横面に、ソロは予め作り浮かせておいた氷刃を、おそらくまた奪われることを懸念(けねん)したのだろう、トゲ付き棍棒に変えて打ちつける。

 ディアナの身体は軽く、派手に吹き飛び、ソロに背を向けて路面に這いつくばった。


 姫さん!!――ラシュディは鉄針を撃つ体勢に入った。残り一本。

 どこに投げる?

 どう投げる?

 だが……撃てない。


 ディアナは肩を丸め、どうにか片膝を立てるが、それ以上は起き上がれる気配が無い。

 それにも関わらず、こっそり向けてくる目線は睨めしく語っているのだ――余計なことをするな、と。


「所詮は落ちこぼれでしたね。とはいえ、だけど安心してください。お前があいつらの血を引いているというだけでも、我々には生かして利用する価値があります」


 すぐには反撃が来ないと察してか、ソロはぐるりとラシュディに首を回してきた。

 獲物を逃がさないようにと、足元から生えた氷の牙が噛みつく。

 続いて無数のギザついた氷刃がラシュディを取り囲む。


「さて、言いましたよねラシュディ? 優先はお前だと」


 ソロの身体と意識がこちらに向かう。


 その瞬間、ディアナが動いた。


 握っているのは、先ほどラシュディが鎖を壊そうとしていた両刃のナイフ。それを逆手に持ち、低い姿勢で背中からソロめがけて跳ぶ。

 正面きっての構えを省略した奇襲戦法は、これまでのディアナとは違い、どちらかといえばラシュディに馴染み深い邪流の剣筋で、刃先をソロの脇腹に突き入れた。


「スパーダ王室流剣術が奥義……隠剣・忍狐(ヴォルペ)!!」


 攻撃してから技名を叫ぶ。そういうのもあるのか――感心するも束の間、ラシュディは再び危機を感じた。

 振り抜いたディアナの手にナイフは無い。肝心の刃はソロの腹に刺さったまま、半分も埋まっておらず、明らかに浅い。

 直後、ソロの拳がディアナの腹を打つ。これまた今までの魔王らしからぬ直殴り。


「ぐ、ぅ」

「だから暴力は嫌いだと言ったでしょう!!」


 浮いた彼女の身体を、ソロは回し蹴って飛ばした。


「……ラ、シュ、ディ……」

 凍った北門に叩きつけられたディアナは、(かす)れた声を絞り出す。


「もし、おぬしが……まことに、ノックスであるならば、いずれ人の法に則り裁かねばならぬ。だが……わらわは未だに、この目では、その裏付けを見てはおらぬ。ならば――」

「黙りなさい」


 追ってソロの手がディアナの喉を掴んだ。

 足も着けない体勢にされてなお彼女は、少しも諦めた様子ではなかった。眼力一杯でラシュディに目配せをし、二度三度と指を折ったり開けたりしてから目をつむった。


「ふむ。ところでラシュディ。お前、本当はもう動けますね?」


 この無言のやり取りを()で察したのか、ソロが振り向く。

 指摘されたように、氷の牙はラシュディを捕えてはいなかった。ソロの手の内を予想し、クロスボウを噛ませるように備えておいたからだ。


「そして、めざといお前ならば、こう考えるはずです……女神の力が無ければ、我々を外から傷付けることは出来ない。ならば内側からはどうか」


 この瀬戸際で敢えてディアナが目をつむるということは、すなわち暗殺者ノックスとしての『手品』を使えということだ。

 ねずみのように素早く地を這い、殺意を限界までひそめて。


「すでにこの肌を貫いている刃を利用できないか。それなら自分でも深手を負わせられるのではないか……違いますか?」


 事実、その通りにラシュディは動いていた。右目が髪で隠れているソロに、視界の陰から努めて接近し、跳び蹴ってナイフの柄を押し込もうとする。

 ソロは紙一重でかわし、腕を伸ばす。


「逃げてしまえばよかったものを……では、お望み通りに」


 口元を掴まれたラシュディは宙吊りになると間もなく、猛烈な息苦しさを覚えた。

 鼻の奥から喉元、さらには胸にかけて、冷たい圧迫感。

 かつて恐怖した、こうはなりたくないと震えた死に様そのものである。

 今度こそ自分は助からないだろうと思う。

 ソロもまた今回ばかりは手を抜かずに、事切れるのを待って確かめるつもりらしい。


「……お前は、こんなときに、何がおかしいのです?」


 それでも笑えるのは、勝利を確信したからだ。


 ここまで予想して、自分に注目してくれると思っていた。

 拾ったナイフでの奇襲は、初めてソロに命中していた。

 ひょっとしたらソロは、落ちている物には気を配らないのかもしれない。


 だから走りながら密かに拾い、高く山なりに放り投げておいた切り札が、もうじき落ちてくる。

 その風切り音が耳に届くと、ただちにディアナは開眼し、腕を横に突き出した。

 そして吸い込むように、さも当然ここに収まることが運命であるかのような淀みなさで、ラシュディからの扶助(ふじょ)を受け取った。


 先の曲がった灰かき棒。


 卑しい廃棄物が、気高い金色に彩られ、必殺の聖剣へと役目を変える。

 即座にソロの腕を払い上げ、離させて着地。


「……壊剣・荒熊(オルソ)!!」


 続けざま、掲げた得物にありったけの光を溜めて、宿敵の困惑している隙に打ち下ろした。


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