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21 希望、あるいは絶望


「そう、か……」

 ディアナは目をぱちくりさせた。


「そうか。つまり、だからあのとき……」

 そして呟きながら、今ようやく心得たのだろう。


 すなわち崖道での戦いのとき、兵士らが全滅していたにも関わらず、元勇者を圧倒するほどの“姫様パワー”が発揮できていた事実。

 それこそがラシュディの言葉を裏付けている。


「いいですねえ、お二人とも。吐き気がするほど美しい寄せ合いだ」


 するとソロは鎖を足で抑えつつ、皮肉混じりに拍手をしてきた。


「しかし()せませんね。お前はいつから、そんなに血の熱い男になったのですか?」

「なんだ、分からねえのか?」


 睨みつけながら、ラシュディは辛うじて腰を上げる。


「だったら大魔王様も大したことねえな。(やみ)はてめえの領分じゃなかったのかよ」

「ええ。ですからね、大したことのない我々でも、お前がこの鎖を奪おうとか、壊そうとか、そんな小賢(こざか)しいことを考えているのだということくらいは、とっくに知れていますよ」


 視界の端だけで窺っていたのがバレていたようだ。ソロが薄ら笑いを浮かべると、ラシュディの足元からも氷の鎖が生えてうごめく。

 そして瞬く間に、足首が根を張ったように動かせなくなった。

 さらに両手首がまとめて後ろ手に縛られた。


「けっ、痛いところを突かれて焦ったかよ。ソロ。てめえ、何をビビってやがる?」


 それでもラシュディは挑発を続けた。わずかでも隙を作りたい。わずかでも時間が欲しい。


「我々が何を恐れると?」

「姫さんを……っていうか、女神の力をよ。これだけ有利になって、まだ姫さんを殺さねえのは何故だ? 首飾りを割ったときにだって、簡単にやれたはずだろう。土壇場(どたんば)で反撃があるかもしれねえか? それとも、(とむら)い合戦でも起こされたらまずいからか?」


 ここまでの話から察するに、ディアナよりも優れた“姫様パワー”の使い手は多くいるはずだ。それが総力を挙げて攻め入れば、魔王を倒すのは難しくない。


「お前は何か勘違いをしているようですが……」


 対するソロが腕を掲げると、合わせて鎖も伸び上がり、ディアナをつま先立ちにさせた。


「今この場で、彼女の首と胴体をさよならさせるのは容易い。それ以前に、あの女神の力があったとしても、真正面から戦って、どうということもありません。お前だって、赤子が剣を持っていても怖くはないでしょう?」


 ディアナは苦しげだが、やはりまだ即座に命を奪われるような気配ではない。


「しかし、それをしたところでどうなりますか。魔物の侵攻に際し、街と人を守るためにお姫様が単身で敵の親玉と戦って、(はかな)くも若い命を散らした……そんな美談が仕立てられるだけではないですか。死してなお名誉を求めるなど、実に卑劣で浅ましい。奴らは自分たちの威光が保てるならば、数ある王女がひとり失せたところで傷付きはしません。どうして我々が、わざわざ手を尽くして、そんな薄汚い誤魔化しを助長しなければならないのですか。冗談ではない。我々に辛酸(しんさん)を舐めさせた者たちの末路は、無残で醜悪な、名誉などとは無縁のものでなければいけません。奴らは愛すべき人間の手にかかってこそ意味がある!!」


 また徐々に声を荒げていくソロを冷ややかに見つめて、ラシュディは勝利条件の違いを悟った。


「弔い合戦も、たしかにそれはあり得る話です。我々も戦争は避けたい。女神の力の残りカスに過ぎない末裔らがどれだけ集まろうと構いませんが、お互いに消耗は免れませんからね。我らの同胞が無駄に血を流すのも忍びない」

「《孤独(てめえ)》に仲間なんかいねえだろ。おためごかしをほざきやがって」

「本当は我々も、暴力は嫌いなんです」


 とても信じられない言葉に、思わず眉間にしわが寄る。


「目に見える圧倒的な力で肉体を傷付け、心にもないことを強制させるなんて、おぞましい行為だと思いませんか?」

「……だから、目に見えない力で、人を操るってのか」

「言葉で心を動かすんですよ」


 詩人であるお前なら分かるでしょう、とソロは続けた。


「我々は二度と神々の戦争を起こしたくありません。あんなものを繰り返すよりは……神々の子孫と、それに従う者たち同士が仲間割れをして、グチャグチャのドロドロに潰し合ってくれるのを遠目に眺めていたいんです」

「力説することかよ」


 話しながらラシュディはこっそり指の関節を外し、鎖との間に隙を作っていた。


「あるいは、例えば、気高い王女様ともあろうものが式典の舞台なんかで、言い訳のしようもないほど華々しく、衆目の前で自らの命を絶ってみせる……なんてことになれば傑作じゃありませんか。まさに劇的、歴史的だ」

「つくづく、てめえとは趣味が合わねえぜっ!!」


 そして手を抜くなり、腰のナイフを投げ打つ。


「狙いはいいですね。導き出した答えも、限りなく正解に近い」


 渾身の一撃だった。指が折れていようが腰が抜けていようが、指の太さ程度の氷などいつでも割れるような訓練を積んでいた。暗殺者としての実績を支えた投擲術。


「ですが、お前では、断然、力が足りません」


 ところが、刃がしっかり的中したにも関わらず、小さなヒビを入れるだけに留まった。


 これは絶望か? いや、希望だ。


 同じところに集中して当てれば、次は壊せる――

「――などと、まだ生意気なことを企んでいますね?」


 今度は両手で二本の鉄針を放ったが、まとめてソロに掴まれた。

 ただちに鉄針は氷と化して、芯まで粉々に割り砕かれた。


「ほら、やっぱり足りない」


 ソロは片手を握ったまま詰め寄り、もう一方の手指をラシュディの口に添える。ソロの足はディアナの鎖から離れはしたが、鎖の根元は地面に貼り付いているようだ。


「とはいえ、これ以上、見過ごすにするのは得策ではありませんね。お前のその妙なしつこさが煩わしい。お喋りも終いです」


 何か言い返そうにも、唇を凍らされて声が出せない。


「ですからそろそろ、優先順位を変えました。ほら王女様、見えますか?」


 数歩下がってソロが握っていた手を開くと、鉄と氷の煌めきが凍気をまとって宙の一点へと集約され、程なく身のたけ大の刃を形成した。


「彼を先に排除して、お前は後でゆっくり口説き落とすことにしましょう」


 排除という言葉の意味は、ラシュディの胸に的を絞る、鋭い氷の刃先が物語っていた。


「……恨みますよ、ラシュディ。我々に、こんな手荒な真似をさせるなんて」


 氷刃が(にぶ)い輝きを放つ。


 ラシュディは心臓を守ろうとするが、腕が重くて上がらない。

 空気が硬くて動かない。

 息が出来ないのに不思議と苦しくない。

 そして何故だか、とても静かだ。

 ふと見れば、跳ねるように撃ち出されたはずの氷刃までもがゆっくり進んでいる。まるで時間が遅く流れているかのようだ。

 あるいは、自分の時感覚だけがおかしくなっているのか。


 いずれにしても、だからこそ分かる。

 もうこの速さでは、避けるも防ぐも間に合わない。おそらく胸を貫かれるだろう。

 徐々に迫り来る刃先を見つめながら、くそ溜まりのウジ虫みたいにして始まった人生の幕引きにしては、意外と穏やかな気分だ。

 いよいよ最期だと悟った。

 幼い頃に、人間は死の直前に何らかの奇妙な体験をするものだと聞いたことがある。死人とは口が利けないのにそんなこと分かるわけないと信じていなかったが、今なら納得できる。


 ……ただ、それでもここで納得というより、単純に、よく分からないことがあった。


 目の前で、焦げ茶色の髪がふわりと揺れている。


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