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16 魔王の城


 ディアナは後ろに付いていた二人の神官を手振りで下がらせると、一点の曇りも無い姿勢と装いで、一歩一歩と詰めてきていた。


「これはこれは王女様。ようやく、高いところから降りてきましたね?」


 ゆるやかに(あお)るようなソロの物言いには睨み返すだけで取り合わず、しかし剣には手を添えたまま、ディアナは首をラシュディへと向けた。


「何が起きておる? 何をしておる? 勝手を通してわらわの傍を離れた割に、成果は(かんば)しくなさそうではないか」

「うるせえな。ただの詩人にそこまで期待するんじゃねえよ」

「おぬしが何者であろうと、わらわの意に反してよい理由にはならぬ。して、そこの者は……ああ、まさか、シャロム様ではないですか!!」


 従者を(とが)める(おごそ)かな女主人の様相は、それに掴まれている白銀の髪が誰かと悟るなり一転、目を輝かせ、声色も一段と高く乙女のものに。


「よかった。生きてらしたのですね」

「ディアナ、ちゃん?」

「はい、ディアナです!! なんということでしょう。こんな、月に祝福された夜に再びまみえるなんて、まさに運命!! あなたのご活躍は毎晩、詩で読み聴いておりました。お会いしとうござ――」


 ところが至近距離に迫って、シャロムと目を合わせてからその姿をより鮮明に捉えるや、口を開けて硬直。

 目線を頭の上からつま先まで三往復ほどさせてから、大きく息を吸う。


「……女ではないか!?」


 飛び出したのは、素直な仰天の叫びであった。


「ごめん。ごめんね、ディアナちゃん」

「わるいな姫さん。あとで詳しく説明する。それより今は――」

「ええい、謝るな。謝られたら、認めざるを得ぬではないか」


 ぶるぶると長い金髪を横に振るってディアナは、深く長く息を吐いた後、おもむろに腰の剣を抜く。

 そしてその切先(きっさき)は金色の粒子を集め、やるせない感情の荒ぶるまま、やや遠巻きに不敵な笑みを浮かべているソロへ狙いを定めた。


「であれば、そなたが仮面の道化師か? 此度(こたび)の祭の破壊を企てた黒幕か? そうであろ? そうだと言え。さもなくば、わらわの腹が収まらぬ!!」


 質問する前に、すでに踏み込んで斬りかかっている。相手の素性もはっきりとは知れないのに、あまりに理不尽な、八つ当たりにも程がある所業だ。

 まともな状況、あるいはまともな相手であれば、ここでラシュディは驚いたり(いさ)めたりするべきだろう。


「やれ、姫さん。そいつが魔王だっ!!」


 だが今は、むしろ進んで後押しをした。

 まさに“姫様パワー”こそが、氷を穿つ一縷(いちる)の望みだったからだ。

 そうしてラシュディは、シャロムとともに、ソロの反応に目を見張る――大きく振りかぶったディアナの初撃を、半身を退いて指一本の間合いでかわしていた。


「見たか、シャロム?」

「うん。あいつが、攻撃を避けてる……」


 一年前でも、ついさっきでも、シャロムやラシュディではソロに傷一つ与えられなかった。相手が身を守ろうとする姿勢すらとっていなかったにも関わらずだ。

 剣や弓など形のあるものは、凍気の衣とでも言うべき固い空気に阻まれて砕けた。

 また雷撃や炎など形のないものは、届いてもその表面をすべるように逸れて、服を焦がすことすら出来なかった。


 強いか弱いかという物差しでは(はか)れない、圧倒的な、格の違いを見せつけられたものだ。


「そうだ。伝説の勇者でさえ歯牙にもかけないほどの力を持つ、あの無敵の魔王様ともあろう者が、姫さんみたいな小娘の剣を、わざわざ自分から動いて避けたんだぜ」


 ラシュディは大げさに、持って回った言い方をソロ当人に聞かせた。


「つまり、届けば当たる。当たれば倒せるってことだ。これで間違いねえ。『勇者』なんていう出処の曖昧な肩書きを背負ったやつらじゃねえんだ。本当の、魔王の天敵は、てめえが恐れているのは、女神の血を引いた由緒正しい王族たちだ。だから姫さんを殺させようとした。そうだろ?」


 この問いかけの間にも、ディアナの二撃目をソロは最小限の足さばきで回避し、続く三撃目は剣の(つば)に氷の竪琴を当てて受けている。


「ね、ねえ、そうだとしたら、ボクは、あの伝説は、いったい何だったの?」


 シャロムの手が弱々しくラシュディの腕に添う。


「疑問に思ってたことが、やっと腑に落ちたぜ。勇者が魔王を退治するって話がよ、誰が何のために作って伝えたものなのかってな」

「ラシュディ、それは、どういう……?」

「いいか? 物語ってのは、きれいな真実を正しく伝えるためのものじゃねえ。本質はむしろまったく逆で、耳当たりのいい嘘を信じ込ませたり、都合の悪い事実から目を逸らさせたりするためのものだ。人間が手間暇かけて、知恵を絞って作るものだからな」


 かく言うラシュディも『白銀の勇者の冒険記』を(あらわ)した理由は、シャロムの性を隠すためだ。いつか戦いが終わった日には、普通の村娘に戻れるように。


「そう考えるとよ、あの伝説が広まって一番に得をする奴は、ソロ、てめえだろ?」


 ソロは飛び足で後退。ディアナは深追いせずに立ち止まる――顔はソロを睨みながらも耳はラシュディの仮説に傾けているようだ。


「よく出来た話だよな。あの伝説があれば、王族は国境を越えてまで攻めてはこない。無駄に『勇者』の仕事を奪う意味は無いし、極北領域なんて氷ばかりの土地を手に入れても旨味はねえからな。それで自称『勇者』が辿りついたら返り討ちにして、存在するはずのない本物の『勇者』が現れるまで伝説を続ける。俺みたいなやつに『勇者』撃退の実績を語らせれば、ますます不気味な恐怖の存在として(はく)が付いて、触らぬ魔王に祟りなしって寸法だ。違うか?」


「……だそうじゃが、何ぞ申し開きはあるか?」

「ところで王女様は、随分と合点が早いようですね。一つ訂正をして差し上げましょう」


 ソロからラシュディへの回答は無く、完全に無視されて話が進む。もっとも、何らか答えられたところで、おいそれと信用も出来ないのだが。


「いいですか? 我々はお前の命を狙った道化師なんかではありませんよ。あれの正体は、お前がずっと会いたがっていた彼、いや彼女、シャロム=レハンその人なのですからね」


 途端にディアナが、ぐるりと首を回した。魔王と対峙している状況でなければ、すぐにも斬ってかかりそうな勢いだ。


「それは違っ……わない。ボクが……ボクだよ」


 目を伏せて申し訳なさそうに、シャロムが宙に黒い雷球を浮かせてみせる。


「だが姫さん、これには事情が――」

「嘘吐き詩人は黙っておれ」


 射貫くような険しい王女の視線が、罪人たちの口をつぐませる。


「どうですディアナ王女。いま、どんな気分です? 命の恩人に殺されそうになったという事実を、どう感じておいでですか?」


 煽られてディアナはソロに向き直り、剣を上段に構え直した。


「言いたいことは、それだけか?」

「おや?」

「墓穴を掘ったな。あの勇者シャロム様がわらわの首を狙うなど、裏で魔王が操っているとしか考えられぬ。貴様への疑いが深まるのは当然ではないか」

「……なるほど。あくまでも我々には悪徳を背負わせて、自分たちは輝かしい正義だけを担うおつもりですか。都合の悪いことはすべて醜い魔物のせいだと。そうですか」


 ソロの眉が跳ねる。


「まあ、よいでしょう。そちらがその気であれば、こちらも心置きなく、お前と戦えるというものです」

「心にもないことを。元より遠慮も容赦もするつもりなかろうに。互いに何の情けがあろう」


 このディアナの発言に、ラシュディはふと、妙な引っかかりを感じた。

 ひょっとして彼女は最初から気付いていたのではないか?

 ソロの素性も“姫様パワー”の有効性も、さらにはもっと重要な魔王の秘密を何か知っているのではないか?

 王族という特別な立場なら、あり得る話だ。


「訂正が一つと言ったな? では、貴様が魔王であること、一連の黒幕であることは否定せぬのじゃな?」

「我々はリリアン=ソロ。《孤独》の名を頂くもの。《闇の泉》より産まれて偽りの花を咲かせる、裏切りの種子にして果実」

「相変わらず、訊かれたことに答えねえ野郎だぜ」

「いま一度、問う。貴様が魔王か?」


 ソロは返事をしない。

 代わりに微笑むだけ。

 だがそれは今までのように相手を小馬鹿にしたような見下すものではない。にたりと歪んだ、明確な敵意を込めた挑戦状である。


「その沈黙をもって永遠の肯定とみなす」


 掲げる剣に金色の光が集まって、柱状の塊を成した。


「壊剣・荒熊(オルソ)!!」


 ディアナも容赦する気が無い。避けることも受けることも許さない重圧と速さで、巨大な光を振るう。

 対してソロは不敵に指ひとつ、水の弦をつまびいた。


 甲高い破裂音。


 光の粒子が霧散(むさん)する。

 必殺の剣が振り下ろされたにも関わらず、なおもソロは余裕で(たたず)んでいた。痛手を負った様子がまるで無い。


「な、何が起こった? なんであの“姫様パワー”が通じねえ?」


 ディアナの手元に注目してみれば、剣の刀身が砕け散っている。落ちた破片がきらめいているのは、氷が付着しているからか。


「おい、姫さん。どうした? 何があった?」


 肝心のディアナ自身は、柄だけになった剣を力無く取り落とすと、恐るおそる、首飾りの金鎖を手繰り上げた。

 すると胸元から抜き出された王家の証は、すでに装飾の金属部にヒビが入っている。

 まるで殻を破るように内側から、氷がギシギシと音を立ててヒビを押し広げる。


 そうしてついには氷の花が咲き、青玉石がディアナの目の前で割り砕かれた。


 粉々になった石の欠片を受け止めようとするが、無情にも指の隙間をこぼれ落ちる。


「な、え……?」


 ディアナは放心したように呟くと、さぁっと血の気が引いて青ざめ、同時に光も失って焦げ茶色に染まった。

 誰もが状況を理解できずに固まっているなか、ソロだけが、堪えきれないといった様子で嘲笑(あざわら)っている。


「ようやく王女様、無様な死に(たい)を晒してくれましたね」


 ぺたんと膝と尻もちをつくディアナ。


「姫さんっ!!」

「知っていますよ。落ちこぼれ王女のお前は、その王家の証とやらが無ければ、女神の力を行使することが出来ない」


 誘い込まれていたのだ。

 自信満々のディアナが一転して無防備になるように。


「さあ、決着と致しましょうか」


 ソロが腕を掲げると頭上に、氷の刃が無数に生成される。

 ディアナに向けられた刃先を見て、ラシュディはとっさに駆け出そうとした。

 だが、すぐには動けなかった。

 冷たい手にわずか腕を引かれて、それを振り払うのは容易いことだったが、一瞬でも迷ってしまったのだ。

 振り向いてシャロムと目が合うと、彼女はハッとして手を離した。


「……ご、ごめん」


 今ここでラシュディを引き留めることが、ディアナに対してどういう意味なのか、おそらく悟ったのだろう。

 そんなシャロムを責める気は無い。ともかくラシュディは改めて地を蹴り、ディアナの前に転がり出る。


「姫さん、無事か? しっかりしろ」


 ラシュディはソロの動きに注意しつつ、後ろ手でディアナの腕を掴む。

 完全に無抵抗の感触だった。それほど王家の証が頼りだったのか。


「ふむ、そういえば大事なことを忘れていました。お前たちは、魔王の城を目指して旅をしている途中だったのでしょう?」

「だからどうした?」

「たしかに物語や伝説には、その佳境(かきょう)と結末に相応しい場所というものがある」

「急に何を言ってんだ、てめえは?」

「白銀の勇者と、黄金の王女の、それぞれ冒険の終局……やはり語り継がれるべき決着の場は、魔王の城でなければいけません。せめて最後に、お前たちに敬意を表しましょう」


 もっともらしく格好付けた理由を並べ立て、ソロは弦を掻き鳴らした。鳥肌の立つような旋律に従って、空中の氷刃は半数が天に昇り、半数が地に刺さる。

 氷は天を覆った。刃は散って雪雲となり、厚く星明かりを隠した。やがて(きし)むほど凝縮された雲は、根のように曲がりくねった氷柱(つらら)を降ろす。

 氷は地を走った。刃は溶けて白波となり、壁や路面を触れる端から霜で塗りつぶした。やがて家屋の天辺や街の城壁から、枝分かれした氷柱(ひょうちゅう)が伸びる。

 こうして瞬く間に都市全体が囲われた。

 天から地から互いに結び、絡み合って作られた形は、籠目(かごめ)状の、さながら牢獄の(おり)であった。


「さあ、今からここが、魔王の城です」


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