幕間 ルーマー王の憂鬱
ルーマー王国の王都ザクセンにある王が住まう城に、品のある二人の男が顔を突き合わせていた。
そこには王冠を頭にのせ、金の刺繍など煌びやかな服やマントに身を包んだ壮年の男と、眼鏡をかけ昔はさぞモテたであろう知的な美中年の男が、疲れた顔で佇んでいた。
回りくどい言い方をせずにそのまま言うと、王城の王の執務室に、この国の王と宰相がとある報告書を片手に、沈んだ顔で頭を抱えていた。
「今回の『学園破壊事件』は、王都に住む領土を持たぬ貴族の……確か男爵であったか?その娘の魔法砲撃で相違ないか?」
「はい、そのようにございます」
「しかし、なぜいきなりそのような事が起こったのだ?不思議な事も起こるものだな?」
「はっ、それが……以前までのその少女は『周りより魔力の多いが、魔法を上手く扱えない少女』であったそうです」
「なるほど。魔力量が多いと魔力のコントロールが難しいからな、余も苦労したものよ。それが成人前の少女なら尚更そうであろう。だが、その娘は何かをきっかけに、魔力をコントロールする術を手に入れた、もしくは、その様な力を誰かから与えられた、と考えるべきだろう……」
「そう考えるのがよろしいかと思います」
「まったく、困ったことに何が原因か予想が出来んな……困ったなぁ……仕方がない、この件は迷宮入りにするか。うむ、それが良いように思えてきたぞ!」
王と宰相はどこか白々しい会話を続ける。それはもう白々しい会話だ。
本当は何もかも知っていながら、何か話の核心を避ける様に話している。
「畏れ多い事でございますが、私的な意見を申してもよろしいでしょうか?」
「…………構わん。話せ」
宰相がその意見を言おうとした瞬間、王は少し言葉を詰まらせた。
その時の王の顔は苦虫を嚙み潰したような表情だった。
それはこの事件の真犯人を初めから予測が付いているのだが、その人物についての会話を避けているかのようだった。
その為、宰相は本当に仕方がなく話を切り出したようでもあった。
「十中八九、シュミット卿の仕業でしょう」
「はぁ………………また、奴の仕業か」
それは重い重い溜息だった。
王がその様な溜息を吐くと言う程、その男の話題はしたくなかったのだろう。
その『シュミット卿』とは誰の事か全くもって謎だ。謎であってほしいのだ。
ルーマー王と宰相はあんなトラブルメイカーの名前など二度と聞きたくないし、謎のままであってほしかったのだ。
「なぁ宰相?余が何をしたというのだ?何か悪い事をしたのか?余はここ最近の王の中でも話が分かり、民の事を考えた出来た王だと自負しておるぞ?」
「王よ、逆に考えるのです。敵国にシュミット卿が居なくて良かったと」
「まぁ、その通りなのだがな……アヤツは余の依頼を受けないではないか?ほれ『王は浪漫が分かってない!』などと言って、拒否するし……余はルーマー王なのだがな……この国で一番偉くて権力を持っている筈なのだがな……アヤツは頭がおかしいのではないのか?それとも余がおかしいのか?」
「王よ、気を確かに!強い心を持つ事が最大の対抗策にございます!」
「はぁ……だがな、宰相。余はアヤツの言っていることがよく分からんのだ」
「……確か『浪漫』でしたか?」
「そう、アヤツが言う、その『浪漫』だ」
王は、それはもうウンザリした顔で宰相に語りかける。
「確かにシュミット卿は武器を作る事に関しては天才だ。どんな発想をしたらあんな武器を考え付くのか想像もできん。まるで別の理を知っているかのような奴だ。それに今回、奴の作った『浪漫武器』とやらは、余の聞き間違いでなければ、かの『知能ある武器』であったそうではないか?」
「はっ、シュミット卿本人が言うには、そのようであります!誠に遺憾ながら、シュミット卿はとても良い笑顔でそう告げました」
宰相からの報告に王の眉に更に深い皺が刻まれる。
「しかし、そのような武器は本来『国宝』や『伝説の武器』や『古代世界の遺物』と呼ばれる類だと思うのだが、余の勘違いであったか?」
「いえ、その通りでございます。更に言うのなら、シュミット卿が作成した『知能ある武器』は、我が国にも存在しておりません」
「で、あろう?そうであるのに奴は、成人していない下級貴族の娘にそんなとんでもない武器を持たせて、何がやりたかったのだ?クーデターでも起こさせるつもりか?控えめに考えても、奴は頭がおかしいのではないか?」
「はっ、シュミット卿が言うには『魔法少女は10歳前後と相場が決まっている。それに魔法少女って、萌えると思わないか?』だそうです」
「ふぅ~~~~~。これは余の理解力が足りぬせいなのか?それとも余の様な凡人には分からぬ事なのか?」
「いえ、今回は事が事だけに私自らその武器の詳細を聞きに行ったのですが、あまりにもシュミット卿の言葉が理解出来ずに、温厚であると自負していた私も思わず拳が出てしまいました」
「で、あるか。さもあらんな……」
その言葉を最後に、王と宰相は口を閉ざしてしまった。
重い沈黙が王の執務室を支配した。
「もうアヤツの事は考えても仕方があるまい。これ以上大きな問題が起こらぬよう警戒だけは怠るなよ?」
「はっ、仰せのままに」
「次の案件を」
「では、次の報告ですが、北の山脈に今年は多くのワイバーンがいるようでして、これは『竜の谷』で――」
そして、国のトップの二人は何とも言えない気持ちで、他の問題について考えだした。
二度とシュミット卿の名前を聞く事がないようにと祈りながら、憂鬱な日々は続くのだった。