幕間 とある鍛冶師の作業現場
ここは王都の裏道を少し行った場所にある、とある鍛冶師の工房だ。
そこには黒髪黒目の青年――ヴェルンドがワクワクした顔で、工房の中で作業を始めようとしている。
「さて、始めるか……まずは設計図だな」
ヴェルンドは大きめの羊皮紙を取り出し、作業机に広げる。
「あの嬢ちゃんの依頼では、確か『魔法が上手く使えなくても使える杖。期限は一週間以内。友人に「ぎゃふん」と言わせる杖。貴族令嬢に相応しい特別な杖』って内容だったよな。だとすると、一撃に全てをかける『浪漫砲』が最適だろうな」
ブツブツと呟き考えをまとめながら、羊皮紙の隅に何やら書き込む。
「まぁ、俺が作る杖なんだから、最高の杖になるのは勿論なんだが、やはりただの杖ではなく、その杖には『浪漫』が必要になるだろうな」
ヴェルンドは腕を組み椅子に座り、杖の構成を頭に思い浮かべる。
「まず、依頼者であるあの嬢ちゃんに合わせた大きさにしなければならないよな」
そこでヴェルンドは、はたと考える。
そう、ユリアーナはまだ10歳だ。
現代で言えば、小学4年生か5年生の少女だ。
「これからまだ大きくなる事を考えると、それに合わせたほうが良いのだろうか?……いや、そこは問題ないだろう。ならば今のお嬢ちゃんに合う、長さや握りのサイズで作るべきだろう」
そう結論を出すと、それから一気に羊皮紙に図面を引いていく。
頭の中にある大体の完成像を羊皮紙に描くと、次に素材について考える。
「次に素材か……エルダートレントは魔力の伝導率を高める為に必須として……核となる魔石を何にするかだな」
ヴェルンドはそう呟き、工房の魔石置場の魔石を漁る。
「メタルスライムじゃ、少し強度に不安が残るな……ワイバーンも同様だな……」
一つ一つ確かめながら、この杖に合う魔石を探す。
すると、中からグラトニースライムや、風竜の魔石が現れる。
「よしっ!まだ時間もあるし、こいつらを使って一番良い組み合わせを考えるか!」
ヴェルンドは、一人気合を入れて作業に取り掛かった。
この工房の主ヴェルンドのメイドであるフランツィスカは、生活能力皆無で事務的能力皆無のヴェルンドの世話を一手に担っている。
今日も「最高の杖を作る!」と工房に籠ってしまった、困った主に夕食を届ける為に工房へ向かう。
作業の邪魔になるといけないので、犬耳メイドのフランツィスカは工房の扉をそっと開け、その隙間から扉の中を確認する。
すると工房の中からは、叫び声にも似た……いや、狂気を感じる声を耳にした。
「ふはは!ふははは!堪らん!堪らなく面白い!杖の支柱部分は、やはりエルダートレントの枝で正解だな!魔力伝導率が桁違いだ!フハハハハ!これで威力が跳ね上がるぞ!嗚呼、駄目だ!ワクワクしてきたぞ!一度、試しにぶっ放してくるか!?いや、いやいや、まだだ!こんなもんじゃないだろ?まだまだ威力は上がる筈だろ!?こんなんじゃ『ロマン砲』なんて名乗れないだろ!?それにこの際だから、杖の石突部分は殺傷能力を高める為にワイバーンの尻尾に変えるか?うわ、俺天才か!?アレ使っちゃうか!?使っちゃうかぁぁあああーーーー!?」
ランナーズハイではなくコウボウズハイなのか、工房に入ってずっと杖の製作をしていた、工房の主であるヴェルンドは「危ない薬でもヤッてんのか?」と疑いたくなる程、ハイになっていた。
そんなハイになったヴェルンドは、考えている事も口から垂れ流しである。
――きっと彼は疲れているのだろう。
「次は杖の先端部分か!?先端部分は特に気を使わないといけないな!杖と言えば変形機能は必須だし、やはりグラトニーメタルスライムの魔石が良いか?いやだが、AIの代わりとなる妖精シルフとの相性を考えると、属性竜である風竜の魔石の方か?くそっ、どっちも捨てがたい!いっそ錬金して、混合魔石にするか?おお!おお!!それもまた素晴らしいな!冴えてるぞ!冴えているぞ!俺!!神が降りてきているかもしれない!!嗚呼、楽しい!楽し過ぎて、どうにかなってしまいそうだぁぁ!!!ああ、くっそ!魔法少女の武器なんて夢が詰まっているに決まってんだろ!常識的に考えてさぁああ!!『カード集める子』や『白き魔王』や『ロリブルマ』や『マミっちゃう人』や『キュアキュアな子達』の武器を再現できるなんて!俺はなんて幸せ者なんだ!神に感謝だ!嗚呼、神様!ありがとう!!フハハ!フハハハハ!!フハハハハハ!!!」
ヴェルンドは半狂乱になりながら、手は正確に動きミスリルと鋼の合金を作っている。
普通に考えると頭がおかしくなったと思うだろうが、これでも彼は正常……の筈だ。
なぜなら、ヴェルンドは今『浪漫武器を作る』という好きな事をやっているのだから、嬉しくて仕方がないのだろう。
そんなヴェルンドはいい笑顔をする。
本当に気持ち悪いほどにいい笑顔だ。
吐き気を催しそうなほどにいい笑顔だ。
――そう、きっと彼は何かにとり憑かれているのだろう。
「やっぱり、杖は変形可能なものだよな?変形は浪漫だしな。とすると、変形機能で使用するのはミスリルと鋼の合金にするとして、やはり『圧縮魔力弾』は必要だよな!どうする?俺が使っている武器の『魔弾』から比率を変えるか?いやいや、威力を求めるとしたら、ミスリルを粉末状にして火属性の魔石と混ぜた『ミスリルパウダー』は火薬の代わりで必須として、『オリハルコンパウダー』も使った方が良いのか?だがそうすると、先端の発動部位が、ミスリルと鋼の合金で耐えられるか不安だな。ここは思い切って、アダマンタイトにするか?いや、やはり『ミスリルパウダー』にして周りをアダマンタイトの方が安定するだろうな。それと、やっぱり必要なくても、蒸気排出のギミックは入れたいよな。なんてたって、打ち終わった後の蒸気排出はロマンだからな。その動作に特に意味がなくても入れるべきだよな!だがそうなると、やはり名ゼリフは確実に言わせたいよな。となると、AI……じゃなくて、シルフとの連動がネックになるのか?……うーむ、ここは悩みどこだな!音声入力を試してみるか?嗚呼!くそっぉぉぉおお!!!!難題だ!!難題だぁぁああ!!!」
狂ったように叫ぶヴェルンドを見て、犬耳メイドのフランツィスカは何も言わずにドアをそっと閉めた。
そして、その場を離れる際、一言だけ「ヴェル様は今、最高に輝いています!!」と呟くのだった。
――彼女もまた疲れているのだろう。
それからしばらく時間が経った後に、フランツィスカはヴェルンドのご飯を持って、再び工房を訪れる。
夕食なのか夜食なのか朝食なのか分からないが、ヴェルンドのご飯を持ってだ。
「ヴェル様?」
「うん」
「ヴェル様、ご飯ですよ?」
「うん」
「ヴェル様、私の事を好きですか?」
「うん」
「愛していますか?」
「うん」
「ふふ、そうですか」
ヴェルンドはフランツィスカに生返事をしながら、またひとり呟く。
それをいつもの事だと知っている為、フランツィスカは笑いながら、工房の空いたスペースにご飯を並べる。
「杖はこれでいいだろう。だが、そうなるとやはりフリフリの衣装が必要だな……って、しまった!?」
「どうなさいました?ヴェル様?」
作業に没頭していたヴェルンドは、フランツィスカがもう一度話しかけられる事で、やっとフランツィスカの姿を目に収めた。
作業に没頭しているヴェルンドは、その事に夢中になり過ぎて、周りを見ることが出来なくなってしまう変人でもあるのだ。
「あ、ああ……フラン。俺とした事が、あのお嬢ちゃんの体のサイズを測るのを忘れていたんだ!……このままじゃ、このままじゃ!『俺の考える最高の魔法少女』をこの世界に顕現させる事が出来ないんだ!!畜生!!ちくしょぉぉぅぅううう!!!俺の馬鹿野郎ぅぅぅううう!!!!」
ヴェルンドはとても悔しそうに、それでいて苦しそうに思いの丈を叫んだ。
それは悲鳴にも似た、魂から湧き上がる咆哮だった。
「ふふっ、そういうと思いまして、ここに用意してありますよ?ヴェル様」
その声を聞き、自分の迂闊さに涙し、世の過酷さに絶望し、この世の全てを呪っていたヴェルンドは、地獄の中で天から垂れてきた蜘蛛の糸を見つけたカンダタの様に、希望に溢れた顔でフランツィスカを見つめた。
「なん……だと!?痒いとこに手が届くその配慮、流石は俺のフランだ!まったく、フランは最高だな!!ありがとう!!愛しているぜ!!!くくくっ、これで最高の魔法少女が誕生するぜ!!ああそういえば、フラン的には、魔法少女はフリフリ派か?それとも、セクシー派か?やはり魔法少女と言えば、俺はあのフリフリの服だと思うんだが!?まずは王道から攻めるべきだよな?もし、次があるなら、今度はセクシー系で攻めようと思うんだ!なぁ、フランもそう思うだろ?」
「ふふふっ。ええ、そうですね。ヴェル様」
その後、ヴェルンドとフランツィスカはニコニコと笑いながら、二人でユリアーナが着るであろうフリフリの魔法少女の服を作ったのだった。