第五話
バァンと大きな音を立てて『浪漫武器屋』の扉が荒々しく開けられる。
その音に『浪漫武器屋』の店主であるヴェルンドは、今やっていた作業を止め、眉を顰めながらその扉を開けた失礼な輩を見る。
「何だ……お嬢ちゃんか」
その無礼な訪問者が、先日杖を作った貴族の令嬢ユリアーナだと分かると、興味をなくし、ヴェルンドは手を止めた作業に戻る。
「ちょっと『何だ……お嬢ちゃんか』じゃないわよっ!!」
しかし、彼のそっけない態度とは裏腹に、ユリアーナは怒っていた。
それはもう『怒髪天を衝く』という言葉の通りに、体内の魔力により髪が浮き上がるほどに怒っていた。
相手が伯爵様である事など気にせず、それはもう怒っていた。
「な、何なのよ!?この馬鹿げた性能の杖はぁぁあああーー!?」
「だが、全て注文通りだぞ?お嬢ちゃんが言ったんだろ?『魔法が上手く使えなくても使える杖。期限は一週間以内。友人に『ぎゃふん』と言わせる杖。貴族令嬢に相応しい特別な杖』……ほら、全て注文通りだろ?何が問題なんだ?」
「確かにそうだけど!そう言う事じゃなくって!!限度ってもんがあるでしょうがぁぁあ、ゴラァァアア!!」
ユリアーナの咆哮――いや言葉に、ヴェルンドは本当に困った顔をしてしまう。
ヴェルンドとしては、ユリアーナの注文通りに作った筈だった。
そう、確かに注文通りではあった。
注文通りであったが、やり過ぎ――いや、注文の全てを必要以上に満たし過ぎていたのだ。
誰があんな規格外で、最終決戦兵器の様な杖を学園の授業で使おうと思うのだろうか?
確実に、人に向けて使っていい物ではないだろう。
なんなら、魔物相手でも躊躇するほどの火力だ。
それにヴェルンドが作った杖は、かの伝説の『知性を持った武器《インテリジェンスウェポン》』に分類される武器で、下手したら国宝級の代物だ。
そんな物を持ち歩いているというだけで、ユリアーナは目眩がしてきそうだった。
それになにより、あのフリフリの衣装のせいで学園でも変な噂が立ち始めているのだ。
ユリアーナはヴェルンドに、この国の常識とこの杖が如何に規格外の性能なのかを、上記のような内容を交えて、これでもかと説明&説教&愚痴を言いまくった。
すると、ヴェルンドはユリアーナの言葉を聞き笑った。
「性能が良過ぎて怒られるなんて、こんな事は初めてだ」
と、それはもう嬉しそうに笑ったのだ。
さっきまでのムッとした仏頂面ではなく、本当に嬉しそうに心の底から笑ったのだ。
その顔は世の汚さを知らない少年のように無邪気な笑顔だった。
「~~~~!?」
ユリアーナはその顔を見て、なぜだかこれ以上言葉を重ねる事が出来なかった。
「か、帰る!」
幼い少女の中で、なぜだか熱くなるものを感じ、その日彼女は踵を返して店を後にした。
~~後日談~~
ユリアーナの朝は早い。
ユリアーナは朝早く起きると愛杖を手に山に出かける。
この高性能の杖のおかげで、魔力砲撃だけではあるが、魔法は使えるようになった。
――そう、これで彼女は立派な淑女になったと言えよう。
だが、ユリアーナは魔法の特訓を続けている。
なぜなら、彼女自身も「あの威力は流石にヤバい」と思ったようだ。
まだ成長期であり、今も尚伸び続けるユリアーナの魔力は、もし制御を誤ると、街一つ……は言い過ぎだが、屋敷一つぐらいは簡単に消してしまえるほどの威力があるからだ。
森の丘に辿り着くと、彼女の最近の日課になっている魔法の訓練を始める。
それは……
「さぁ、いくわよ!シルフ!」
『Yes,my lady』
その声と共に、山から響く凄まじい轟音と一条の光が、雲を突き抜け王都の空へと延びる。
極太の魔力砲撃が放たれた空は、その場所だけ雲一つなく、とても綺麗な青空が見る事が出来る。
その光の柱は、王都の清々しい朝に彩りを添える……筈もなく、毎朝放たれる魔力砲撃が「自分や家族の身に降りかかってくるのではないか?」と王都の民は不安がっていた。
しかし、その事を全く知らないユリアーナは「今日もいい汗かいたわ」と、意気揚々と朝の訓練を終えるのであった。
あの事件……ではなく試験から、ユリアーナは学園で馬鹿にされる事はなくなった。
当然だ。
あんな学園の一部を吹き飛ばすような、頭のおかしいとんでもない魔力砲撃をお見舞いしたのだ。誰が好き好んでそんな相手をからかう事が出来ようか?
勿論、そんな度胸のある者は存在しなかった。
しかしというより、やはりと言うべきか、ユリアーナは一目置かれるどころか、彼女は皆に恐れられるようになった。
曰く――頭のおかしい奴が、頭のおかしい格好して、頭のおかしい極太の魔法砲撃を放ち、王都の学園を破壊した――と、噂された。
幼馴染の少年アルノルトは、今までの事を泣きながら「ユリアにやる気を出させる為だった」や「ユリアと遊びたかっただけだった」という言い訳と共に、ガタガタ震えながら土下座して謝った。
正直ユリアーナとしても、幼馴染のそんな姿見たくなかった。
きっと、百年の恋も冷める光景だったであろう。
だが、アルノルトを庇う様でアレだが、彼の行動は当たり前だ。
彼はあんな馬鹿げた砲撃を目の前で見せられたのだ。
勿論それは彼だけでなく、その場にいた学園生は、一生その光景を忘れることはないだろう。
もう学園には、ユリアーナを軽く見る者など誰もいない。
そして、ユリアーナの顔を、目を、真正面から見られる者も誰もいなくなった。
教師も彼女に目を合わせず、彼女の目と目の間を見ることで精一杯だった。
淑女になる筈だったユリアーナは、確実に『お嬢様・淑女コース』外れた道に出てしまった。
そして、着実に『御一人様コース』を邁進することであろう。
そして、王都では「教会の時間を知らせる『時の鐘』とは別に、夜明けを知らせる『夜明けの光柱』というものがある」と、そんな話が田舎の街で噂されるのは……また別の話。