第二話
ユリアーナは少し休むと侍女のカミラに告げ、内緒で街に出かける準備をする。
幼馴染のアルノルトと、内緒で街にお忍びで出かけた時の平民の子が着る様な簡素な服を、洋服ダンスの奥から引っ張り出し袖を通す。
「こ、これでいいわよね?」
ユリアーナは鏡の前で平民の服に着替えた自分を見つめる。
いくら平民の子が着る様な服を着ても、見る人が見れば一発で分かるようなものだが、当然ユリアーナはその事に気が付いていない。
綺麗に整えられた髪に、傷やシミ一つない肌、そして、貴族然とした佇まい。
明らかにどこかの貴族のご令嬢がお忍びで出かけているという姿だ。
もしも、この子が貴族のご令嬢ではなくても、大商会のご令嬢と思ってしまうだろう。
しかし、ユリアーナはその事に最後まで気付くことなく、鏡の前で「完璧ね」と呟き満足げに頷き、こっそりと部屋を出て、街に繰り出した。
ユリアーナは貴族の令嬢である為、普段馬車に乗り通る王通りの道を自分の足で歩くという経験はあまりない。
王都の地面は馬車と行き交う通行人達によって踏み固められ、立派な道になっている。
また、道の隅には他の店の邪魔にならない程度に屋台があり、肉を焼く屋台からは良い匂いが漂い、屋台の店主が大声で客を引き、隣の屋台のおばさんが絶え間なく喋る。
そして、買いに来た人達が騒がしく……いや、賑やかなで活気のある街並みだ。
「まるでお祭り見たい」
馬車の中だけでは分からなった空気に、どこかフワフワした気分でしばらく歩くと、目的の『黄金の小麦亭』という看板が目に入った。
「確か、この路地を入るのよね?」
ユリアーナは『黄金の小麦亭』の路地を除くが、まだ夜でもないのに暗い為、少し怖いと感じてしまう。
「だ、大丈夫よ!これぐらい……それに『夢を叶える為』ですもの。これぐらい、な、なんともないわ」
自分を鼓舞する様に小さな拳を握って「ふんす」と気合を入れ、ユリアーナは子供が一人で行くべきではない、王都の裏路地へと足を踏み入れた。
「え~っと、カミラの話だと突き当りを右だったかしら?に曲がって、二番目の交差路を左だった筈だけど……」
必死に聞いていた筈だったのだが、やはり一度では完璧に覚える事が出来ず、ブツブツと呟きながら記憶を辿りに、その『夢の叶う武器屋』を探す。
しかし、王都の裏路地は入り組んでおり「少し近道をしてやろう」とここを通ると直ぐに迷う。
初めて通った人は冒険者であっても迷う者が多いと有名だ。
そんな迷宮の様な裏路地に、何の知識もない子供が一人入ると、どうなるのかは明白だ。
「……ないわね」
しかし、ユリアーナは少しズレていたおかげか、自分が迷ったという自覚がない。
「……はぁ、やっぱり噂話だったのね」
それが良い事か悪い事かどうかは置いておくとして、ユリアーナが諦めかけた、その時。
「え?あれ!?もしかしてあれかしら!?」
変わった看板を発見する。
木で出来た看板。
そして、どこの国の文字か分からないが、変わった形の文字。
そう、この店こそユリアーナが求めた店だと、彼女は確信した。
「や、やった!」
嬉しくなって、ここがどんな店か確認することなく扉を開け中に入る。
裏路地の恐ろしさを知らない箱入り娘の無謀な行動であったが、どうやらユリアーナは幸運の持ち主であったようだ。
そうとは知らずに、店内には入りキョロキョロと店内を見渡すと、刃の後ろがギザギザの変わった形のナイフや、手で握る為の取っ手の様な物が付いた二本の棒など、使い方の分からない様な『物』がガラスのケースに入っていた。
しかし、世間ずれしたユリアーナは、ここにある全てが『どれも武器である』と直感で分かった。
「何これ?武器なのよね?」
ユリアーナは『夢を叶える』為にここにやって来た筈が、好奇心が勝ってしまったのか夢中になって珍しい武器を見る。
これらの珍しい物はどのように使うのだろう、と必死に考えながら見ていると、部屋の奥から人が出てくる。
「……らっしゃい。って、ガキじゃねぇか」
それは黒髪黒目の青年だった。その後ろには、メイド服を着た犬の獣人だ。
その二人はこんな寂れた店に合っていない、場違いな空気を纏っていた。
そんなユリアーナの内心など知った事かと黒髪黒目の青年は、ユリアーナを一瞥し、とても面倒くさそうに問うてくる。
「……らっしゃい、お嬢ちゃん。何をお探しだ?」
ユリアはこれが客に対する態度かと、一瞬「むっ」とするが、それを我慢し貴族の令嬢として培った、相手に好意を抱かせるような満面の笑顔で言った。
「夢を買いに来ました」
――と。
「ほう」
その言葉を発した瞬間。
先ほどまで「面倒くさい事はごめんだ。早く帰れ」と態度から滲み出ていた黒髪黒目の青年が目を細め、興味を持ったかのようにユリアーナを見た。
「しかし、俺の店はこんな物しか売ってないが?お嬢ちゃんが欲しい夢ってもんは、こんな物なのか?それでもいいのか?」
まるでユリアーナが自分の客として相応しいか試すように、黒髪黒目の青年が問う。
ユリアーナは「こんな問答の事など聞いてない!」と、一人心の中で噂話を聞かせてくれた侍女のカミラに毒を吐くが、今はそんな思考なんてどうでもいいと隅に追いやる。
ユリアーナは顎に手を当て必死に考えるが、この黒髪黒目の青年が求めている答えが、この問の意味が分からなった。
しかし、ここで諦めることが出来ないのもまた事実だ。
(折角掴んだチャンスよ……大丈夫。きっと、上手くいく)
ユリアーナは一度深呼吸して、胸に手を当て青年を見て答えた。
「使い方は分からないですが、ここにあるのは全部武器ですよね?私に杖を作ってほしいのです!私だけの特別な杖が必要なのです!」
ユリアーナは叫ぶように胸の内を告げる。
自分の感情をそのまま出してしまうこの答えは、貴族の令嬢としては落第点の回答だが、どうやら今回はそれが正解だったようだ。
「へぇ、なかなか見所の有りそうなお嬢ちゃんじゃないか……いいだろう。お嬢ちゃんの話を聞こうじゃないか」
その言葉聞き、青年はニヤリと笑う。
ユリアリーナはそれにホッとして、事情を包み隠さず話す。
自分は人より魔力が多いがその制御が出来ず上手く魔法を使えない事、このままでは貴族として顔向けできない事、こんな自分でも魔法を使える様な杖が欲しい事、友人を見返せるほどの杖が欲しい事、期限が一週間に以内である事。
ユリアーナは自分でも無茶を言っている事は分かっているが、どうしてもそんな杖が必要であるという事。
それらの事情を全て話した。
(やっぱり無謀だったかしら?)
話を聞き終わると、黒髪黒目の青年は「……歳と言う事は……魔王の……そう、アレしかないか……」と、小さな声で何やら呟きながら考えだし「よしっ!」と頷き、胸に手を当て黒い瞳でユリアーナを見た。
「いいだろう、お嬢ちゃん。このヴェルンド=フォン=シュミットの名に懸けて、君にこの世に存在しない最高な杖を作成しよう!」
そして、黒髪黒目の青年――ヴェルンド=フォン=シュミットは、高らかにそう宣言した。