第二話
父と子の熱い精神論を語り合った翌日。
アルノルト少年は、朝自宅の庭で剣の訓練をした後、再び頭を抱えていた。
ここ最近頭を抱え過ぎて、常識的な考えを持つアルノルトは、少しグロッキーだ。
「強くなるって、なんなのさ?」
昨日は何故だか分からないが、アルノルトは父であるスヴェンと共に意味の分からない全能感で支配されていた。
しかし、朝起きて体を動かした後の冷静な頭で考えると、現在自分の置かれている状況を正確に再確認する事が出来た。
「というか、父上はああ言っていたけど、何一つ状況が好転していないじゃん」
そう、その通りだ。
この時点で気付く事が出来たのは僥倖だが、言葉に出した通り何一つ状況が良くなった訳ではないのだ。
「はぁ」
アルノルトは溜息を吐いて空を見上げると、凄まじい轟音と共に空に伸びる光の柱が目に入る。
「…………あれがユリアか」
その光の柱をボンヤリと見ながら、ポツリと呟く。
「……僕はアレを守るのか……そうか……という事は……僕も人間を辞める覚悟を持たないと……いけないのか……」
光の柱を見て自分の好きな人を思い浮かべるのはおかしな事なのだが、今回ばかりはそのおかしな事が正しいという、頭の痛くなる意味の分からない状況だ。
「……どうしてこんな事になったんだろうな」
「……そうですね」
「っ!?誰だ!?」
再び頭を抱えたくなるアルノルトの言葉に答えたのは、イッテンバッハ家の使用人で、ユリアーナ付きの侍女であるカミラだった。
「おはようございます。アルノルト様」
「あ、ああ、おはよう。カミラだったか……それでどうしたんだ?こんな朝早くに家に用があるのか?」
「……はい。その、アルノルト様には申し上げた方がよろしいかと思いまして、ただ……」
何か伝えたいことがありそうなカミラだが、どうも歯切れが悪い。
しかし、藁にもすがりたいアルノルトは、迷わなかった。
いや、話を聞く以外に選択肢がなかったと言った方が正しいだろう。
「ん?どうした?はっきり言うといい」
「……と言いましても、どこから話せばよろしいのか……」
「……何か言いづらい事なのか?」
「はい……おかしな話なのですが、それでもよろしいですか?」
「……ああ、頼む」
「あれは十日ほど前の事です――」
それから侍女のカミラは、ユリアーナの事を話し始めた。
十日ほど前、アルノルトとユリアーナは約束をした。
そう、それは忘れもしない「試験でユリアーナの本気を見せる」という約束だ。
その次の日、ユリアーナは学園を休んだ。
その時、侍女のカミラは馬車の中でユリアーナに元気を出してもらおうと、友人から聞いた『夢が叶う武器屋』の事を話したそうだ。
その日、ユリアーナが家の者に内緒で家から抜け出し、夕方に帰ってきた。
そして、試験の日の朝に『黄金の小麦亭』に訪れ、出てくると見知らぬ指輪を付けていたそうだ。
それからはアルノルトの知っている通りに、あの惨状だ。
更にその日からユリアーナは訓練と言って、何度怒られようと屋敷を抜け出し、嬉しそうに帰ってくるようだ。
「――という事があったのです。そして、最近もよくどこかに出かけているのですが、護衛を巻いてどこに行ったか分からないのです。心配になりまして、アルノルト様に相談させていただきました」
「……そうか」
侍女のカミラが深々と頭を下げて、アルノルトはなんとか返事を返した。
そして、顎に手を当て考える。
アルノルトは決して馬鹿ではない。
ユリアーナの前では年相応に振る舞ってしまうし、父親と変なテンションで通じ合って「ひゃっほー」してしまうが、次期当主となるべく教育を受けているし、頭の回転も速い方だ。
そして、今カミラの話を聞いてある結論を導き出した。
(もしかして、本当にその噂のような武器屋が存在するのか?もしカミラの話が正しいのであれば、その『夢を叶える武器屋』があると仮定したら、辻褄が合うのではないか?……ならば、その『夢を叶える武器屋』に行ってみる価値はあるのか?)
そう結論を出したアルノルトは、目の前にいるカミラを見つめ、あるお願いをする。
「カミラ。話は分かった。他家の使用人に命令は出来ないが、それでも協力してほしい」
「はい。お嬢様の為です。覚悟はできています。お嬢様をよろしくお願いいたします」
「ありがとう」
彼らは互いに頷き合い「ユリアーナを守る」という使命感で燃え上がった。
学園の授業を終え、アルノルトはすぐさま自宅に帰り、ユリアーナの帰宅を待った。
しばらくすると、隣の屋敷に馬車が止まり、ユリアーナが馬車から降りてきた。
彼女もまた帰ってきたようだ。
アルノルトはそれを確認して、いつでも外出が出来るように準備し、侍女のカミラの連絡を待った。
彼の行動はストーカーのそれと変わらない気もするが、今は緊急事態でユリアーナの安全の為なので彼の行動はきっと合法なのだろう。きっと。
それからしばらく隠れて待っていると、カミラがアルノルトの元に訪れた。
「アルノルト様!お嬢様が外出致しました!」
「よくやった!僕も出る!」
「お気を付けて」
「ああ!」
アルノルトは最近どこかに行くユリアーナを追って自宅を飛び出した。
王都の道を進んでいくと、カミラが言ったように確かに護衛を伴って少し不機嫌そうなユリアーナを発見した。
「いた!」
しかし、すぐには近づかない。ここで警戒されると、全てがパァだ。
アルノルトは少し離れた場所からユリアーナを見つめる。
すると、目を離していなかった筈なのに、急にユリアーナの姿が見えなくなった。
「何!?」
驚いたのはアルノルトだけでなく、両隣を歩いていた護衛もそうだった。
彼らもキョロキョロと周りを見渡すが、ユリアーナを見つけることが出来ない。
しかし、ここでアルノルトは取り乱さない。
何故なら、カミラの話が本当なら、ユリアーナが行こうとしている場所は見当がつくからだ。
「確か『黄金の小麦亭』だったな」
未だにユリアーナを探している護衛の脇を抜け、アルノルトは『黄金の小麦亭』に向けて歩を進める。
そして――
「いた!」
ユリアーナはアルノルトの読み通りに『黄金の小麦亭』にいたのだ。
少し遠くで後をつけていたので、少しだけ距離がある。
アルノルトは走って『黄金の小麦亭』に入ると、ユリアーナは酒場の奥にある扉を開けて入るところだった。
「ユリア!」
アルノルトは手を伸ばし叫んだが、その必死な声は虚しくユリアーナに届くことなく彼女は扉の中に消えていった。
ならばと、アルノルトはその扉の中に入ろうと近づくと、大きな影がそれを遮った。
「なっ!?」
「おっと、坊主。そこは従業員用の扉だぞ」
アルノルトに声をかけたのは、強面の筋骨隆々の大男だった。
アルノルトはその迫力に震え慄きながらも、キッと強面の大男を見上げ、ユリアーナの為に両足に力を入れて向き直る。
「す、すまないが、そこを通して頂けないだろうか?」
「おいおい。さっきも言ったが、ここは通せないぞ」
「しかし、先程あの扉を通ったのは、僕の幼馴染なんだ!僕は彼女に危険がないか確認しなければならない!」
「ほう?」
頑なにその扉を通そうとしなかった強面の大男が、アルノルトの震える声で、それでもしっかりと顔を見つめて訴える言葉に、興味を示したかのように唸る。
「なるほどねぇ……ふっ、いいだろう坊主。そこで少し待ちな」
強面の大男はニヒルに笑い、近くの椅子を指差し、丸太の様な大きな腕でアルノルトの背中を押す。
アルノルトは身震いしながらも、言われたように椅子に座る。
その行動に満足したのか強面の大男は、扉の中に消えていった。
「こ、怖かった~」
今回はユリアーナを見つける為の行動であったから言い返せたが、普段の状態なら声をかけられた瞬間に絶対に逃げ出していただろう。
自分が貴族の子弟である事など関係なく、本当に怖かったのだ。
「父上のあの言葉は……正しかったのかもしれない」
時にはあの意味の分からない根性論が役に立つと、一人納得していると、強面の大男が扉を開けてこちらを見た。
「おい、坊主!」
「は、はい!」
「入っていいぞ!」
「ありがとうございます!」
強面の大男の言葉に従い、椅子から立ち上がりその扉を潜り抜ける。
すると、そこにはショーケースの様な物に入ったよく分からない物が並んでいた。
しかし、そんな物よりも、大事な事がある。
そう、そこにはアルノルトの大切な幼馴染であり、好きな女の子であるユリアーナの姿があった。
「ユリア!」
「げぇ!?アルノ!?」
悠久の旅の果てに再会した様な雰囲気で叫んだアルノルトのだが、返ってきたのは「女の子としてそれはどうなのか?」と思うような驚き方をするユリアーナに、何とも言えない気持ちになったのは、彼だけの秘密だ。
「あーとりあえず……らっしゃい『浪漫武器屋』へ」
とても歓迎してはいないだろうダルそうな声で、声をかけられる。
そして、アルノルトは幼馴染少女のケツを追いかけて、王都で都市伝説の様な存在の『浪漫武器屋』を見つけるのだった。




