第1話 奴隷の逃走
「働け、働け、働け! 貴様らレヴィトの民に安息の日など訪れはせぬ!」
なぜ、こうなってしまったのか。灼熱の炎天下、岩を運びながら彼は考えた。昨夜までクーラーの効いた涼しい部屋で、ベッドに寝転がり漫画を読んでいたはずだ。まさか夢でも見ているのだろうか。
いや、と彼は即座に首を振る。さっき現場監督に背中を鞭で打たれた痛み、噴き出した汗が肌を伝う気持ち悪い感触、そしてこのうだるような暑さ。夢の中とは到底思えない。
「小僧、手を休ませるな!」
再び鞭がピシャリと地を打つ。彼は濡れた子犬のように肩を震わせると、急いで落ちた岩を両腕で抱え込んだ。岩をひたすら作業場の右端から左端まで移動させるだけの作業。
単純な肉体労働だが、昨晩まで普通の高校生だった少年にとって、それは生まれて初めての重労働であった。少しでも遅れを見せれば、監督の鞭が背を打ち据える。痛みのあまり膝をつくと、今度は鳩尾に爪先蹴りが加えられる。
「ったく……ここはどこなんだよ。人を散々痛めつけやがって。いつかは終わるだろうと茶番に付き合ってきたが、もう我慢できねぇ」
少年はふらつきながら立ち上がると、拳を握りしめ、思い切り監督の左頬を殴りつけた。
「こんな場所、さっさとオサラバさせてもらうぜ!」
相手がよろめいた隙を突き、今度は足払いをしかける。尻餅をついた監督の顔面に、強烈な膝蹴りを喰らわせた。すぐに異変を聞きつけた他の現場監督が応援に駆け付けるだろう。
少年は踵を返すと、全速力で走り出した。掴まってはいけない。まずはここを抜け出して、状況を把握するんだ。
「奴隷が一人逃げたぞ! 殺せ、殺せーッ!」
背後で監督の慌てふためく声が聞こえたが、決して振り返りはしなかった。木の柵を飛び越え、泥濘を駆け抜け、捕まえようと迫る監督達を叩き伏せ。卓越した身体能力を存分に発揮し、彼は作業場から姿を消した。
身体の軽さに少年は驚いていた。徒競走でいつも最下位だった自分が、追手をぐんぐん引き離していく。顔に当たる風が激しさを増す。
彼は裸足のまま走り続けた。建物が見えなくなるまで、人や動物や木々が全て見えなくなるまで。夢ならば覚めないでほしい。奴隷の身分から解き放たれた今、どこへだって行くことができる。
そして黄金色の草原に辿り着いた時、彼は運命を大きく変える『それ』と出会った。