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ブリーフの国

作者: こじぽん

「あははは!! おーい、ブリーフ佐藤のブリーフだぞ!」

「ちょ、やめろよー!」

20分休み。3-2の教室で、僕は、ぴちぴちのブリーフを手で隠し、へらへらしながらも、ズボンを履こうと必死になっていた。

「相変わらず、きつそうだな、お前のブリーフ。てか、お前これ、うんすじついてね? うわ、うんすじついてやがるよ! きったね~」

「あ、ほんとだ! うんすじだ! うんすじブリーフの佐藤だ!」

「おい、やめろ、ズボンから手を離せよ!」

複数の男子生徒たちに囲まれながら、僕は、なおのことへらへらと笑う。

さっきよりも本気でズボンに力を入れて、やっとの思いで、ズボンを履きなおす。クラスには、女子もいた。

「なに、履きなおしてんだよ、もっかい脱げよ!」

力ずくでもう一度、僕のズボンを下ろそうと、男子三人は、協力し合って、僕のズボンを脱がそうとしてくる。

一人は、僕のズボンを下ろそうとし続けて、一人は、僕のズボンを抑える手を殴り、一人は、手が離れて、抵抗の出来ない僕の鼻をつまんだ。

そして、3:1の圧倒的な力にあらがえるはずもない僕は、再びブリーフ佐藤になった。今度はもう、両手を抑えられているため、ズボンを履こうとすることさえ許されない。

「おいおい、見ろって、佐藤のブリーフにうんすじついてるんだぜ?」

3時間目が、始まる前に校庭から戻ってきた他の生徒たちに向けて、男子生徒の一人が、大きな声で、叫んだ。

教室中で笑いが起きる。僕も笑う。

そして、先生が来るより先に、両手を解放された僕は、慌ててズボンを履きなおし、自分の席に座った。

始業のチャイムと共に、三時間目の授業が始まり、僕は、手で枕を作り、机に突っ伏して、眠るふりをしながら、泣いた。

ほんの1週間前のことだ。

当時、男子生徒たちの間で、ズボン下ろしあいの戦争が流行っている中、その争いを僕のブリーフが終わらせた。

ズボンを下ろされるほかの人たちが、みんなトランクスやボクサーパンツだったせいで、ブリーフを履いていた僕は、多くの注目を浴びることになった。

そして、僕の圧倒的すぎるブリーフのせいで、他の奴のズボンを下ろしても、つまらないという風潮になり、僕だけがズボン下ろしの対象となっていった。

すごく、すごく、嫌だった。

女子生徒もいる中で、あんな辱めを受けることも、それを笑われることも、そして、それを笑ってしまう自分自身も。何もかも嫌いだった。

もっと嫌だということを伝えられれば、彼らはやめてくれるのだろうか、仮にそうであったとしても、ノリが悪い奴だとして、今度は笑っても貰えないようなひどいことをされるんじゃないか。そんな恐怖が育っていって、結局、僕は、何も言うことができないでいた。

きっと、いつかは飽きが来る。そう自分に言い聞かせて、今を乗り切ろう。そう思うことで精一杯だった。精一杯だから、今みたいに泣いてしまうこともあるけれど、隠せているうちは、大丈夫、大丈夫だ。


「なあ、一緒にトイレに来ないか?」

給食を食べ終えて、昼休みになってすぐ、同じクラスの金子君に、僕は突然話しかけられた。

金子君は、いつも机の上で本ばかり読んでいるような奴で別に友達というような関係でもない。

「どうして、急に?」

「話したいことがあるんだ。でも、ここじゃあまずい、だから来てくれ」

「……わかった。いいよ」

もしも金子君の見た目が、スキンヘッドにピアスを開けているような人だったら、こんな誘いに乗ったら最後、この世に戻ってこれなくなるのだろうな、と思う。でも、油まみれの髪の毛に、サイズが大きい眼鏡。上下ともに真黒な服装をしている、いかにも害のなさそうな金子君なら、本当に話したいことがあるのだろうな、と素直に信頼することができた。

2時間目終わりの20分休みであれば、さっきの男子たちに絡まれるのだが、昼の奴らは、いつも校庭でドッジボールをしていたこともあって、僕と金子君は特に、厄介な奴らには見つからずに、そのまま男子トイレに入ることができた。

「こっち」

誰もいないことを確認した金子君は、すかさず、男子トイレの個室に入り込み、おいでおいでのサインをする。不審に思いながらも、とりあえず、僕は金子君の指示に従った。

「狭っ」

「まあまあ、しょうがないさ、それよりもっと声を潜めて」

「あ、うん」

僕が入ると同時に、すかさず、鍵をかける金子君。

そして、明らかに、無理があると思いながら、僕と、金子君はそれでもお互いに楽になれる位置を探した。すると、確かに狭くはあるが、思ったよりも、普通に話が出来そうなまでには、空間を作ることができた。それにしても、金子君は、こんなところにまで連れてきて、一体どんな話がしたいのだろうか。

わざわざトイレに誘い込むということは、みんなには聞かれたくないということなのだろうけれど、まったく見当がつかない。

金子君もある程度、自分が落ち着いたところを確保したようで、今は、外の様子に耳を注意深く傾けていた。誰もいないことを確認しているのだろう。妙に念入りである。そして、一度、うなずいてから、金子君は、ようやく口を開いた。

「佐藤、お前、ブリーフは好きか?」

「バカにしてるのか……?」

こんなところにまで連れてきて、人目を気にして、一体どんな話をするのかと思ったら、なんだよ、これは。結局こいつもあいつらと同じか。

「いや、違う、そういう意味で言ったんじゃない。普通に聞きたかったんだ、お前はブリーフが好きなのかを」

「いや、別にどうだっていいだろ!」

イライラして、ひそひそと話す金子の声を打ち消すほどの声で怒鳴った。ふざんけんな。なんなんだよ、こいつは。どうせ、こいつもあいつらの仲間なら、僕に、ブリーフを好きと言わせて、そのことを、あいつらに広めて、面白がりたいだけに違いないないんだ。そして、そんなバカげたことをするために、こんなところに、僕はわざわざ呼び出されたんだ。

ばかばかしくなった、僕は、大きなため息をひとつ吐いて、そのままトレイのドアを開けて、個室をでた。

「待てよ、佐藤。別に俺は、お前を陥れようって思ってるんじゃない。その逆だよ。俺はお前を助けたいんだ」

「知らん顔して、ずっと本読んでたくせにか?」

「……」

心底こいつには腹が立つ。もう、あいつの仲間でもそうでなくてもどっちでもいい。僕はただ、こいつが嫌いだ。今になって、助けたいとか言うなんて、そんなの絶対に認めない。仮に、こいつに何かされて、一般的に見て僕が救われたとして、それで、いままでのことがなかったことにされる方が、僕にとっては問題だ。ずっと、ここまで耐えてきたのに、それをなしにして、救いの手柄をこいつのものになんてさせるもんか。

しばらく、言葉を待っても、黙りこくったままの金子に余計に腹が立って、教室に戻ろうと背を向けた時、金子は、ようやく口を開いた。

「じゃあ、お前はずっとそのままでいいのか?」

「いいわけない」

シカトしてやろうと思っていたのに、こいつの言葉に我慢ならなくなって、思わず振り返り、反論をする。

「なら、自分の心をきちんとあらわさないと、だめだ。じゃないとやつらにやられっぱなしだぞ。それに、ヘラヘラして本当の気持ちを隠していてつらくはないのか?」

「ああ、もう、うるさいな。お前に何がわかるんだよ!」

「わかるよ、俺もブリーフが大好きだから」

「は?」

あっさりと、ブリーフが好きだという金子に、思わず拍子抜けをする。こいつはいったい何を言い出したんだ。

「とにかく、次にもしも同じように、奴らにブリーフを弄られたら『俺はブリーフが大好きだ!』って叫ぶんだ。そうしたら、ブリーフの国がつくられる」

「ブリーフの……国?」

「ああ、そしたら国がお前を守ってくれる。だから、俺を信じて、思う存分、ブリーフへの愛を叫べ」

金子はそういって、僕の返事も待たずに、そそくさと教室へ戻っていった。

ブリーフの国? 金子はいきなり何を言い出したんだ? それに、それが僕を守るって?

まるで意味が分からない。

さっきまでの金子への怒りはふっ、と消えて、僕は、金子に言われたことが気になって仕方がなくなった。

どっちにしろ、いえるわけがない。ブリーフが大好きだなんて。そんなの、

「あいつらに餌を与えるようなものじゃないか」

一人でぼそりとつぶやいてから、金子が教室に入るであろうタイミングを待って、誰もいないトイレを立ち去った。


「おーはーよーうっ!」

後ろから、聞こえた嫌な声を聞くと同時に、慌ててズボンを抑えた。

しかし、僕の軟弱な握力では到底及ばず、するりとズボンは落ちていく。

昨日金子にいろいろ言われた日の、翌日の20分休み。僕は、再び、奴らのおもちゃになった。

「お! 今日も白ブリーフ? お前、昨日と同じの履いてんじゃねーの?」

「うわ、まじかよ。 あっ、よくみりゃここにも、うんすじあんじゃん。絶対こいつ履き回してやがるよ」

「ちげーし、ちゃんと履き替えてるから!」

僕も彼らの笑いに合わせて笑った。昨日が、うんすじ、今日は、同じのを履いているというネタか。一週間も続ければ、少しは慣れたものだ。とりあえず、なんか否定しとけば、彼らは満足してくれる。

「いや絶対嘘だろ。だってすごい臭いもん。な?」

「ああ、すっげー臭い。え、てか、もしかして漏らしてる?」

「いや、漏らしてねーから! てか、手、離せよ!」

笑う。ズボンを履きなおそう、と一応抵抗はしてみるが、彼らにかなわないことは目に見えていた。それでも、嫌がる気持ちはいつだって、僕を本気で抵抗させる。

「やだねーだ」

「てか、それ以上抵抗すると、ブリーフも脱がすぞ?」

「ふざけんなよ!」

笑う。けれども本気でズボンを履きたい。僕は抵抗をやめなかった。

「あ、もう、こいつ」

「よし、それじゃあブリーフも脱がしてやろうぜ」

「あいよ」

ふざけんなよ。それだけは、それだけはやめてくれ。抵抗する力がより一層強まる。それでも勝てない。そして、こいつらに、僕が本気で抵抗しているということを伝えられるだけの力も出すことも、僕にはできない。本気で、ブリーフを脱がしにかかる男子三人。

いつものように、一人が僕のブリーフを脱がそうとし、一人が僕の手を殴り、一人が、僕の鼻をつまむ。

極限状態の抵抗の中、ちらりと、金子の顔が見えた。

本を持って、こちらの様子を静かに眺めている。

何が助けたいだよ。くそ野郎が。すました顔で、知らん顔で、お前はそうやってずっと見ていたんだな。

もう、なにもかも、くそくらえと思っていた時、小さいながらも彼なりの一生懸命で

「言え!」

と、金子が叫ぶ声が聞こえた。

やつらに一瞬のスキが生まれる。

僕はそのすきを見逃さず、半分脱げかけていたブリーフを何とか、元の位置に戻した。

しかし、奴らはすぐにまた元の連係プレイを再開し、再び僕を苦しめる。

言え。金子のその言葉は、昨日言っていた、あのセリフを言えということだろう。

でも、言ったところで何が変わるというんだ。

ブリーフの国ってなんだ。

昨日の疑問がもう一度僕の頭を駆け巡る。

けれども、少しでも気を抜いたら、ブリーフを脱がされかねないこの状況で、その答えを考えている余裕はない。

ああ、くそ、なにもかもくそくらえだ。

そんなに言うなら、言ってやる。どうしたって、もうそんなものにしか、すがることができないんだ。

それに、あの言葉は嘘じゃない。

これだけ、ブリーフをバカにされて、ブリーフでいじめられてきてもなお、ブリーフを履き続けた理由。

それは、他にパンツがなかったからというわけでも、別のを履くことで、逆にひどいことされることが怖かったからでもない。

答えは一つ、僕は、僕は、

「僕はブリーフが大好きなんだああああああ!!!!!」

力一杯に叫んだ、その声は、クラスの中だけで納まらず、同じ階のクラス、いや、学校中に響き渡ったと思われる。生涯これより大きい声は出さないだろう、という程のでかい声で叫んだ。

あいつらの動きも、他のクラスメイトのおしゃべりも、校庭で遊んでいた人たちも、すべてが一瞬止まったようにみえた。

ああ、もう怖いものなんてない。僕はこの先、一生、ブリーフ佐藤と呼ばれ続けるのだ。

一瞬の沈黙は終わりを迎え、徐々に笑い声が聞こえ始める。

やがて、笑い声は全体に広がり、まるで学校全てに笑われているように感じた。

そして、あいつらの口が、きっとまた汚い言葉吐くために開かれる。

そして、何かを言いかけようとしたその瞬間だった。

「俺もブリーフが大好きだぜえええええ!!!!!」

その声の主は、誰に脱がされるでもなく、自分でズボンを下ろし、ブリーフをみんなに見せつけた。

「金子!」

ブリーフ姿で僕の目の前に躍り出てきた金子は、僕のブリーフを脱がそうとして来ていたあいつらの前に立ちはだかるかのように、立った。

しかし、それだけでは終わらない。

「俺もブリーフが大好きなんだあああ!!!!」

「俺だってブリーフが大好きだぜえええ!!!」

「ブリーフ愛してるううう!!!」

「あの、キュッとなって、涼しい感じが大好きだぜえええ!!!」

と、次々に、自らズボンを下ろし、ブリーフ姿になっていく人たちが表れ始める。

彼らも、あいつらに立ち向かうように、僕たちの隣に、立った。

やがて、あいつらを、ブリーフ軍団で取り囲み、ブリーフの壁が出来上がった。

「なんだ、いったい、何が起こっているんだ……!?」

「言ったろ、ブリーフの国がお前を守るって」

そういって、ブリーフ姿の金子は、気持ち悪いスマイルで親指を立てた。

「なんなんだよ、お前ら! キモいんだよ!!」

「ハッハッハッハッハッハッ!!!!!!!!」

「急に、どうしたんだよ! お前らみんな変態野郎だな!!」

「ハッハッハッハッハッハッ!!!!!!!!」

ブリーフの軍団は、あいつらの罵倒にものともせず、笑った。笑って笑って笑いまくっていた。

僕も、その光景があまりにも気持ち悪すぎて、笑った。

こんなに馬鹿にされているのに、こんなに自分たちは気持ち悪いのに、心から笑えるものなんだ。

「おい、お前ら何やってるんだ!!」

様子を見た誰かが職員室に駆け込んだのか、先生が教室にやってきた。

何やってるもなにも、ブリーフが円になって、笑っているんですよ。

慌てて、ブリーフ達をかき分けて、今にも泣きそうな、男子三人組を救出し終えると、その場はいよいよ終息した。

ブリーフ達は全員別室に隔離され、三時間目の授業時間はずっと先生の事情聴取につきあうことになった。

そして、放課後にもまた1時間30分ほどの事情聴取の続きをして、僕たちはようやく、解放された。

また、今回の事情聴取のおかげで、あいつらのしてきた僕への行いは先生たちの明るみに出ることになった。今後、親御さんも含めて、この件に関して、じっくりと聞き出す、ということを先生は言ってくれた。ざまあみろだ。


「そういえばさ、結局、あのブリーフ国の国民たちは何だったの? どうして、僕の声に続いて、あんな恥ずかしいことをしたんだ?」

「そりゃあ、みんなブリーフが大好きだったからさ」

長い、長い事情聴取を終えた帰り道、すっかり仲良くなった僕と金子は、改めて、あの時のことを話していた。

「仮にそうだとしても、僕にはあんなことできないよ」

「そりゃあ、純粋にブリーフが好きって気持ちだけじゃ難しかっただろうな。だから、たぶん、もう一つの理由があったんだよ」

「もう一つの理由?」

「俺があいつらに、ブリーフの国を一緒に作ってくれ、って言った時、あいつらみんな同じこと言ってたんだ。佐藤のためならってね」

「なんだ、結局、そういうことか」

「まあ、別にいいじゃねえか。何はともあれ、国が出来たんだ。ブリーフの国が。これで俺達は、他のトランクスの国や、ボクサーパンツの国とも対等にやりあえるってもんよ」

いたって真面目に語る金子に僕は思わず笑いがこぼれた。ブリーフのことで、いろいろと悩んでいたのは、僕だけじゃなかったんだ。

「ありがとう、金子。ほんと助かったよ」

「謝るなよ、今の今まで知らん顔してたんだ。謝るのはこっちの方だよ」

「そうだね。じゃあ、これからは同じブリーフの国の一国民として、対等にやっていこう」

「ああ。あ、そうだ、それじゃあ、対等になったついでに、一言だけ言いたいことがあるんだけどいいか?」

「いいよ。なに?」

「うんすじは、さすがにないわ」

「うるせえわ、ブリーフ金子」

僕と、金子はブリーフが好き。

そんな簡単なことで、これだけ仲良くなれて、こんなにも嬉しい気持ちになれる。

簡単だけど、美しい、そしてこの、相性が合うというフィット感。

僕たちの関係性は、まるでブリーフのようだった。


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