第六章
着いたのは、よりによって風花のホスピスと併設している救急病院だった。ここは雨宮の系列の病院で、ある程度融通が利くらしいが、風花の近くで後始末をしないといけないのは落ち着かない。
部屋に入ると、数人の看護師と医者、それに継未がいた。
「勝ったんだ、藤俐くん」
勝利を喜ぶ顔では決してなかった。継未はただ、目を伏せる。
「一番酷いのは、紗緒さんの背中の傷だね。あと萱島先生がいろいろ擦過傷や打撲が数えきれないほど。藤俐くんは萱島先生ほどじゃないけど貧血が酷いね。うん、わかった」
スキルの性質上、どこに異常があるのか一目でわかるのだろう。継未の診断に少女は全幅の信頼を置いているようだった。藤俐も勿論そうだ。
「そっちの人たちは?」
「わたしの協力者です。こういう時の為の人たちですよ」
継未以外の大人がこちらに一礼してくる。自分も一応、頭を下げた。プレイヤーではないようだが、おそらく口止めとして何らかの対価を与えて治療を黙認してもらっているのだろう。
「じゃあ紗緒さんと萱島先生は私が治療しますから、皆さんは藤俐くんと葵ちゃんを診てくれますか?」
間が悪い時は多いが、基本的に継未は気遣いが上手い。さりげなく葵と二人きりにしてくれた。
多分、薄々は継未も気付いているのだろうと思う。
藤俐は軽く血を抜かれ、血液量を検査して点滴か輸血を決め、葵は問診で異常がないことを確認されると、看護師も医者も継未のフォローに回っていった。今話せ、ということなのだろう。
「一番うまくやったな」
開口一番出てきたのは、そんな言葉だった。
子供は責められていると感じたのか、目をぎゅっと閉じて俯く。
「愛想がないのは俺のデフォでな。別に責めてるわけじゃない。お前はうまくやったよ」
白髪頭を掻いて、言葉を探す。ただこういう場面になった途端、あまり言葉が出てこなくなる。
「質問していいですか?」
むしろ子供の方が気を遣って、逆に質問されてしまう始末だった。情けない。
「なんだ?」
「どうして、わたしと……」
言葉が詰まる。唇がギリギリと、血が出るほどに噛み締められる。
藤俐はただ、子供が言葉を紡ぐのを待った。
「……ぼくと、天使様の関係に気付いたんですか?」
ぼく。
子供の一人称が、『わたし』から『ぼく』になった。
これが本来あるべきカタチなはずで、藤俐の《願い》の筈だ。
だけど、この寒々しさは、何なんだ?
「俺は基本的に、偶然を信じない」
さっさと答えていく。
「雨宮を襲ったプレイヤーの親が都合よくプレイヤーだった。ここまでだったらあり得るかもしれない。だが、そのプレイヤーが俺のスキルに都合よく相性のいい相手となると、これは出来過ぎてる」
他人が何を《願う》かなんて、何に《絶望》しているかなんて、簡単にわかる訳がない。
調べてすぐにわかるなんて、そんな都合のいい《絶望》は、そうそうない。
「あとはまあ、子供がプレイヤーってのも疑問には思った。そこは外れたみたいだけどな」
またガシガシと頭を掻く。何本か白く脱色された毛が抜けた。
「俺の《討伐案内者》曰く、《ゲーム》で簡単に負けそうな人間の《願い》は叶えないそうだ。簡単に負けそうかどうかの基準は人間とさほどない、そう言った。
〝だったら何故子供という弱い人間の《願い》を叶えるんだ?〟
そう思ったから、俺はお前に訊いたよな?
『《討伐案内者》はどうした?』と。お前は奪われました、そう答えた。俺はそれを嘘だと思ったんだが」
基本的に、藤俐は他者の嘘を見抜くことに関してはずば抜けている。奪われたというのが嘘ならば、『葵はプレイヤーではない』という仮説を立てていたのだ。
プレイヤーでないなら、少女が襲われたという話も、全て嘘だったということになる。
「まあ、その辺、外れていたようだけどな。ただ怪しいと思った理由にはなるだろ」
「いえ」
スキルで萱島の影を焼き尽くしていた子供は、否定する。
「ぼくに《討伐案内者》はいません。今も。これは本当です」
「どういうことだ?」
「ぼくは、天使様に参加資格をもらったんです。ぼくの《願い》をジュエルに変えたのは、《討伐案内者》ではなく、天使様なんです」
思考が、数瞬止まった。
「天使様の主スキルは『全てがわたしの逝き人形-Freak-』――他者の《願い》をジュエルに変え、《ゲーム》に参加させることができるんです」
「……!」
絶句してしまう。
葵がやけに従順だった理由もわかった。
この子供にとって、あの悪意の天使が《討伐案内者》だったのだ。
そして普通の《討伐案内者》と違い、天使はその気にさえなれば、今からでも簡単に《願い》を奪える。
プレイヤーにとって絶対の命綱である《願い》を材料に、玩具のように扱い《ジュエル》に変えて配って気まぐれに他者を《ゲーム》に参加させて。
藤俐の、そして殆どのプレイヤーの主観では醜悪で悪質で最悪な、《願い》そのものを弄ぶ行為。
「奪った《討伐案内者》を別の人に再契約させることもできるようです。ぼくの場合は補助してくれる《討伐案内者》がいないから、主スキルであってもあの程度しかできなかったんですけど」
ぼくが知っているのはここまでです、と葵は話を閉めた。
「話していいのか?」
「天使様は、僕が《願い》を叶えたら、お兄さんに知っていることを全部お話しするようにと仰っていました」
《願い》を人質に取られている状態で、子供はそれでもあの天使を『様』付けで呼んでいる。
「お前は、どうしてあいつに乗ったんだ?」
藤俐には理解できない部分が、まだあった。
「天使様は」
葵の声に、抑揚は見られない。
「ぼくがお母さんの《願い》で歪められたことを、知っていました。気付いた天使様は、プレイヤーとして、お母さんの《願い》を、命を、奪おうとしていました」
それを、子供は気付いた。
「止めてほしい、そう言ったんです。でも《ゲーム》に参加してないなら何も言うことはできないと言われました」
ならどうすれば、《ゲーム》に参加できる?
「天使様は言いました。『賭けてみませんか?』と。お兄さん、あなたに」
「俺に?」
「天使様は言いました。お兄さんは、『人のカタチを正しく捉えられるように』という《願い》を持っている、と。
お母さんがプレイヤーである以上、いつかどうあっても破綻する。ならばその《願い》に賭けてみないか――そう言われました。そうするしか、なかった」
葵は真っ直ぐに、こちらを見つめていた。
「正直、信じてはなかった。でも結果は、きっとこれでいいと思えるから、お兄さんには――本当に、感謝しています」
ありがとうございました。
藤俐はその真っ直ぐな感謝の言葉に、何も応えられない。
応えることなど、できるわけがなかった。
†
「気分はいかがですか」
そう問われた。見覚えのある女性。記憶から引きずり出す。
「……舞形さん?」
「はい。舞形継未です。雨宮紗緒と伏見藤俐から、あなたのケアを頼まれました」
もう卒業した、かつての教え子だった。
とても優しく大人しいが、芯の強い一面を持っていた、そんな印象を覚えている。
「負けたのね、私」
「はい。葵くんの親権についてですが」
しばらく、言葉が区切られた。
「雨宮紗緒さん……あの子が引き取る、そう言っています。葵くんも賛成していますが、どうしますか?」
「断ったら、どうなるの?」
「先生に他の親類がいないとのことですので、施設に預かりになるかと」
「どうして、雨宮さんが引き取るなんて話になるの?」
不思議と心は穏やかだった。実の息子を見て、あれほど狂乱した直後なのに。
「葵くんを《ゲーム》に巻き込んだのは、雨宮紗緒なんです。だから、アフターケアをするのが筋だと、紗緒さんはそう言っています」
「信用できるの?」
「葵くんにはもう利用する価値がない、という意味で、信用できるかと」
「…………」
愛嬌のある顔立ちなのに、今は厳しい目をしている。
「あなたも、《願い》を叶えているの?」
「はい。妹が、少しでも楽になるように」
「そう」
涙が、零れる。
「どうして私は、葵の為に願えなかったのかしらね」
「先生は」
かつての生徒は、やはり優しく、世間の厳しさを知らない甘さが残ったままで。
「先生は、頑張ったと思います。今は、休んでいいんです。いつか、迎えに行ける時が、きっと来ます」
そんな未来が来るなんて、信じられるわけがなかった。
葵が迎えに来ることを期待しているとも思えなかった。
「伏見君の《願い》って、残酷だね」
「そう、かもしれません」
継未は否定しなかった。
「でも藤俐くんの《願い》がなければ、次を考えることも、できなかったんですよ」
次。
未来。
確定された《願い》より、曖昧な現実の方が、よほど残酷だと思う。
だけど伏見藤俐は、その曖昧な現実の方を望むのだろうか。
そんな現実を信じられるかどうかは別にしても、その可能性が少しでも残ったことは、奇跡なのかもしれない。
「葵くんのことは、ゆっくり考えましょう。今は休んでください」
萱島響子は一人になった。
「ひっぐ、えぐ、ぐ、えっぐ」
勝手に涙が流れ、嗚咽が漏れる。
何もかも、全てのカタチが崩れていく。
この欠片を拾い上げられる日が来るなんて、
やっぱり、信じることはできなかった。
今は、まだ。
†
葵が別室に呼ばれ、藤俐は点滴を受けることになった。
少女が当たり前のようにベッドの横に座る。
「どうでしたか? 葵ちゃんが全部話してくれたと思うんですけど」
「最悪だな、お前」
「…………」
予想とは違って少女の笑みが消えた。
まるで人形のような無表情になる。
沈黙は、藤俐の主観では長く続いた。
それでも、少女は口を開いた。
「わたし、ダメなんです」
声は僅かに震えていた。
主語が抜けた、意図的に抜いた言葉。
その怯えは、決して藤俐に向けられたものではなかった。
「《ゲーム》になると、ダメなんです」
それは初めて出会った時と同じく、真剣な告白だった。
ただ、内容は一八〇度違う。
「《願い》が潰えるのを、絶望に戻るのを、それを悟ったプレイヤーの顔を見ると」
気配が変わる。
蠱惑的で妖艶な、残虐で陰惨な微笑。
「すごく、昂ぶるんです」
少女は藤俐を見ているようで、何処も見ていなかった。
「《討伐案内者》を砕いた時の、プレイヤーの心が絶望に軋む音を聞くと」
声が甘く熱を帯びていく。少女は無意識か、唇を舐める。口の中で舌を蠢かす。昨日のキスの時と同じ様で、だけどもっと恐ろしい何かを味わっている。
「これ以上は知ってはいけないことなんだと、《ゲーム》に関わっていない日常ではそう思えるのに、《ゲーム》になるともう隠せなくなる」
少女の陰惨な告白は続いていく。
「それでもわたしは、《願い》を維持しないといけない。投げ出せない。……それは事実ですけど、でも言い訳でしかないのかも知れなくて、自分でも分からなくなる」
過去の絶望に囚われた少女は、ようやく現在の藤俐に意識を向ける。
同時に、蠱惑的で妖艶で残虐で陰惨な微笑に、血のような死そのもののような、あのおぞましい気配が加わり、その全てが藤俐一人に向けられる。
――冗談じゃない。
藤俐はこの目の前の《プレイヤー》に、心を許すことはできない。
同じプレイヤーに対して、あれほど圧倒的な蹂躙の出来る《プレイヤー》には、藤俐は心を許せない。
《願い》をジュエルに変え、《ゲーム》に引きずり込んで、一度希望を与えておいて奪って、他者の《絶望》を愉しんで嗤う。
藤俐は同じ土俵に立つプレイヤーとして、一切の敬意無く、虫の手足をもぎ取るような残酷なやり方をできて、それを愉しめてしまうこの少女には、絶対に心を許してはいけない。
「…………」
微笑が深まっていく。
全ての気配が混沌と混ざり合った、《絶望》。
おそらく《ゲーム》に参加してから、もしくは――生まれてから一度も、誰にも見せたことがない微笑。
それを藤俐だけが見ていた。
「わたしは一体、何を願ったんでしょうか?」
不意に。
少女の表情に、声に、切実さが混じった。
混沌とした愉悦は消え、パートナーになってほしいと告白してきた時と同じ、切実な真剣さだけがある。
「わからないんです、本当に」
声に嘘はなかった。今まで見えていた台風のような威圧感は消え、枯れた花弁が落ちるように静かで今にも消え入りそうな、心細そうな声。
「今現在、わたしの《願い》は叶っていて、結果も出ています。でも」
何を願って、そうなったのか、わからないんです。
少女はそう、告白する。
「藤俐先輩」
少女は縋るように、自嘲の微笑を浮かべたままで。
「わたしの《願い》は、どんなカタチをしていますか?」
本気で、藤俐にそう訊いてきた。
本気だということを、藤俐にはわかった。わかってしまった。
「俺はお前が嫌いだ」
負け惜しみのように、だけど本音を返す。
「俺はお前を信用することはできない。絶対に」
嘘と欺瞞でこの場を誤魔化して逃げるのが、正解なのだろう。
だけどそれは、得意不得意の問題ではなく、何が正解で不正解かでもなく、ましてや保身の問題では決してない。
それは藤俐の《願い》に反する、藤俐にとって唾棄すべき行為だった。
「いつかお前と俺は、敵対するよ」
紗緒はあくまでも微笑を崩さない。
それが風花の助けを呼ばずに一人で抱え込んで、笑う貌と重なった。
性質は全然異なっているのに、二人は似ているのかもしれない。
何故か、そう思った。
「お前は俺らのように、自分の《願い》を叶える為に仕方なく他者の《願い》を潰す《ゲーム》に参加していない」
あるがままのカタチを、正しく捉えられる世界へ。
それが藤俐の《願い》だから。
「いつかお前は、俺も含めた全てのプレイヤーを敵に回す。《願い》の維持も、俺への想いとか、そんなの関係なく」
――《願い》を踏み躙る快感の為だけに。
少女は拒絶の筈の言葉でも、嬉しそうに頷いた。
「それでも藤俐先輩は、自分の《願い》の為に、わたしをパートナーにしてくれるんですね」
藤俐は否定しなかった。
藤俐は、決して否定しない。したりはしない。
誰もが人のカタチを正しく捉える世界にするためには、自分だけはどんなカタチも否定してはいけないのだから。
少女の救いを求める声は本物で。
本物だからこそ、藤俐はもう切り捨てられない。
切り捨てたら、藤俐は自分の《願い》を自分で踏み躙ることになる。
それを少女がわかっていて利用しているとわかっていても、それでももう、少女を見捨てることは、できなかった。
藤俐は完全に、少女に敗北したのだ。
そして恋が叶った少女は、とびっきりの笑顔で笑ってみせる。
その笑顔は本当に生き生きとしていて、たった今嫌いだと言った藤俐も、思わず惹き込まれてしまう魅力があった。
「藤俐先輩」
藤俐は少女を否定できない。してはならない。自身の感情と《願い》との矛盾。残虐で陰惨な行為を平然とできる少女。か細く救いを求める少女の声。少女の輪郭は曖昧で、カタチを捉えられない。
その曖昧な輪郭が、《願い》の根源――雨で冷たくなっていく少女と重なっていく。
外から救急車のサイレンの音が、音の少ないこの部屋に響いた。
「わたしをパートナーにしてくれるのなら」
少女は不定形の羽と同じく、透明な微笑を浮かべながら。
「これからわたしのこと、下の名前で呼んでください」
それは、誓いの言葉だった。
少女は左手を上げる。その掌には、藤俐がつけた傷が赤い線となっている。
治療の際、これだけはと少女が治療を拒んだ、傷痕。
「紗緒」
藤俐は、覚悟を決めた。
あくまでも自分の《願い》の為に、少女の手を握る。
少女は傷の痛みと共に、微笑と同じく柔らかく握り返す。
少女の手は冷たい熱を帯びていて、それは少女の矛盾した気配とよく似ていた。
「藤俐?」
そして。
そして、藤俐の《願い》の根源である少女が、姿を現した。
†
告白が上手くいったところに、親友が現れた。多分姉の姿を見て何かがあったと察したのだろう。
紗緒が経緯を説明すると、風花は頷いた。
「そっか。藤俐は告白を受けたんだね」
藤俐は黙っている。会話しているのは、主に紗緒と風花だった。
「ならどうして、藤俐はそんなに傷付いているのかな?」
「傷付いている?」
意味が分からない。身体の傷は治っている。藤俐も点滴は受けているが、それだけだ。
だけど風花が言ったのは、そんなことじゃなかった。
「すごく傷付いた顔をしてる」
「……うーん」
どうしようか。
他者の《願い》を壊した。藤俐のダメージを、風花は感じ取っている。
「紗緒が藤俐を傷付けたの?」
どう、しようか。
風花は確信を持っている。敵意も悪意もない、純粋な怒気。
どうしよう。
紗緒の為に怒ってくれているのが、たまらなく嬉しい。
紗緒の表面しか知らない人間はただ群がってくる。本質の一端を知った人間は、恐れる。
純粋に紗緒の事で、紗緒の為に怒るような人間は、風花ぐらいしかいないのだ。
正直、浮かれている。藤俐が告白を受けたこと。紗緒が藤俐を傷付けたことに気付いて、風花が自分に怒っていること。
どちらも、たまらなく嬉しい。
ただ、流石に説明するわけにはいかない。
「傷付いているとかじゃないよ」
藤俐が代わりに言うが、藤俐は嘘が壊滅的に下手だ。
「面倒な女を相手にしたなと思ってるだけ」
「嘘だよ」
案の定、風花は藤俐の誤魔化しを看破する。
「紗緒、すごく怖い貌してるもの。紗緒が怖い貌をしてる時は、誰かをとても酷く傷付けた時なんだよ。そして、藤俐は傷付いている」
「…………」
やっぱり。
やっぱり、親友だなと思った。
どうしよう。
嬉しくて嬉しくてたまらない。
だから、とびっきりの悪意で返そう。
「あなたはみんなをおいて空を飛んでおいて、そんなこと言えるんですか?」
シン、と。
空気が凍てつく。
藤俐が怒気を孕むのがわかるが、それすらも愉しい。
風花は目を伏せた。致命的な罪を、思い出して。
「だからこそ、だよ」
だけど風花は気丈にも言葉を返す。
「紗緒には同じことをしてほしくない。風花の我儘なんだってわかってる」
まずい。これはまずい。
「でも、幸せになってほしいの。怖い貌をした紗緒が、藤俐と幸せになれるとは思えないよ」
我慢できなくなって来た。
「今、幸せですよ? とても」
本心で返す。それが親友の怒りに対する礼儀だと思った。
「それは違う。風花じゃうまく言えないけど、違う」
親友は愛しい人に顔を向けた。
「藤俐なら、わかるでしょう? わかるから、告白に応えたんでしょう?」
「ああ」
藤俐も誤魔化すということはもうしない。
「傷付くのがわかっても、一緒にいるの?」
「そう、決めた。紗緒を見つけるまで」
一番。
一番、嬉しい言葉。
「なら、紗緒。大好きな人を、もっと大切にしてよ」
風花みたいに、ならないで。
大好きな親友の切ない《願い》に、自分は――
「お腹空いているみたいですね。継未さん」
二人が扉を振り向いた。
ばつの悪そうな顔で、継未は扉の隙間からこちらを覗いていた。
「う、うん。あ、それだけじゃなくてね? いろいろお話しないといけないことがあって、紗緒さんに」
「わかりました」
「紗緒!」
親友が叫ぶが、今は答えない。
答えればきっと、我慢できなくなることがわかっているから。
我慢できなくなった時、自分がどうするのか。どうなるのか。
自分のカタチがわからない紗緒には、わからないから。