エピローグ―1
――サイレンの音が、聞こえる。
「どうしてこうなったのかな、藤俐」
病院着にスリッパ、ニット帽をかぶった少女が、呟くようにそう言った。
少女の声は、責めるでもなく諦念でもない、ただこうなることがわかっていたような、淡々と現実を指摘するような、感情のない声。だけど今にも消え入りそうな、そんな声だった。
藤俐は答えられない。全ては目の前の、痩身で矮躯で顔色は青白い、だけど他者に悪意を抱かない優しい少女を起因とする《願い》の為に、《ゲーム》で勝つ為に、藤俐はその手段を選んだ。
そして《ゲーム》に勝った。他者の《願い》を踏み台にして。《願い》を、壊して。
「紗緒はね、藤俐を恨みはしないよ。そもそも紗緒は、大切なものを大切にすることができないから。だから、大切なものがなんだかわからなくなって、迷子になって、どこにいるのかわからなくなっちゃうんだ」
藤俐はその言葉に、答えられない。
ただ、少女の言葉は的確だと思った。
大切なものを大切にすることができない。
だから大切なものを、簡単に見失い、傷付ける。
藤俐が決定的に傷付けたのは、そんな少女だった。
「お前が」
藤俐は救急車の赤色灯に照らされ、色を規則的に変える桜を窓越しに見る。
「お前が空を飛んだのも、この時期だっけ」
「うん」
苦い筈の過去も、少女は飲み込む。
少女は、自分の罪を誤魔化さない。
「風花は飛んだ。紗緒は飛ばなかった。だから風花は、紗緒を見つけることができなくなっちゃった」
思い出す。藤俐の根源と言える記憶。
サイレンの音。甘い花弁の香り。抱きしめた、とても軽い、目の前の少女の身体の重さ。
「だから何も言う資格はないんだって、わかってる。でもね、いいかな? 聞いても、いいかな?」
少女――舞形風花は、初めて涙を喉に詰まらせる。
「藤俐、紗緒の告白を聞いたんでしょう? 必ず応えるって言ったでしょう? なのにどうして、紗緒はこうなったの?」
藤俐は、答えない。答えられない。
答えれば、今までが全て無駄になる。傷も犠牲も、全てが。
風花は泣く。親友の為に、藤俐の為に。
「紗緒は痛かったよ。絶対痛かった。でも、紗緒は泣かない。大切なものを大切にできない紗緒は、何が壊れても泣くことはできないよ。だから……」
えっぐ、と嗚咽が喉から響いた。
「風花は泣くの。紗緒も、藤俐も大切だから。大切にしたいから、だから泣くんだ」
大切な人が傷付いて、涙を流す風花を見て。
自分は泣く資格なんてないと、思えた。
サイレンの音が、聞こえる。