竜たちの集落へ
グリード・レギンダットさんはボクの『黒の狂背者』という二つ名しか知らない。
ならば彼にとってボクは脅威以外の何者でもないはずなのに、それなのに彼はすんなりとボクたちを信頼し招いてくれた。
いや、信頼しているわけではないのかもしれない。ミリアちゃんからの依頼状はそれだけ証明としての価値があるということだ。
ラグナロクに乗って先行して峡谷を進むグリードさんを、ボクたちを威嚇していた竜に乗って後を追う。
かなり警戒されているし睨まれたけど、ハムちゃんが強引に納得させていた。
さすが皇帝竜のハムちゃんだ。格が違うって豪語してた。
ハムちゃんは人間の姿となって同乗している。せるちゃんとリフルちゃんはミニマムモードのままだがボクとクルルの肩に乗って警戒を怠らない。
変わることのない景色を眺めながら、未だ見えぬ竜の集落を思い浮かべる。
きっと山の中腹とかに山を切り開いて寝床を作ってるんだろうなぁ。
文明と言うよりは本当に種族を守るための文化があるくらいで、グリードさんはラグナロクとの繋がりがあるから歓迎されている。
大まかなイメージは物語世界の竜のイメージそのものだ。
「こっちはあんまり被害がないみたいだね」
「そうだね。ちょっと不思議だけど」
地上に出来た無数のクレーター。あれが冥界との戦いの跡だというのなら、どうしてこの峡谷は無傷なのだろう。
竜たちが懸命に防衛した、と結論付ければそれで終わりだけど、どうにも腑に落ちない。
竜たちがあれほど警戒し、威嚇する存在だ。あれだけで終わっているのが、納得できない。
「エルルエルル、あれ見て!」
「え?」
せるちゃんが指差した方へ視線を向けると、峡谷に牙のような岩が突き刺さっている。
とても巨大な岩だ。皇帝竜状態のハムちゃんの牙くらい大きい。足場に出来そうなほどだ。
よく見れば、そんな牙が左右に点在している。数はそれほど多くはないし、戦闘の跡かと聞かれたら一概にそうだとは答えられない。
流れる景色の中で見ているから錯覚なのかもしれないけど、どことなく規則性があるように思える。
目を閉じて感覚を研ぎ澄ませば、牙のあたりに魔力が満ちている。大気に満ちる魔力より、もっと鋭い感覚で。
「……なんだろうね、あれ」
ボクたちが乗っている竜はラグナロクの後をしっかり追ってくれる。ラグナロクが牙を飛び越せば同じように飛び越して。潜ってかわせば潜って後を追う。
びっくりするくらい綺麗に後を追っている。ラグナロクの軌跡が見えているかのように。
じわりと、魔力を感じた。
でも敵意も何も感じない。先ほど牙を見て感じた魔力とそっくりな魔力だ。
正面を向くと、かすかに世界が曲がっている。正面の空間が湾曲し、波紋が広がっている。
転移の魔法とは違う。どちらかと言えばこれは―――。
「空間を誤魔化してる? いや違う、これは……空間を繋げてるの!?」
なにそれ! だってそんなの空間転移より凄いことだよ!?
思わず立ち上がってしまう。ハムちゃんの上とは違い体勢を崩してしまい、転びそうになるのをクルルに支えてもらう。
でもボクの頭の中は空間を繋げる魔法のことで一杯だ。
「あああああなるほどそういうこと!」
「エルル。私にわかるように簡単に教えて?」
「途中の牙をかわす動き、ラグナロクの後をぴったりと追ったこと。峡谷を進んで、牙をかわして、かつ峡谷の空から突入しない――それらが、この空間を繋げる魔法の術式なんだよ! 凄いよこれ。牙とルートを触媒とか魔法陣の代用にしてるんだよ」
「ふうん。それって凄いことなの?」
「まあ少なくとも、リードン火山にもユーイレル大海峡にも、セルの凍土やハムの城塞都市にもない魔法じゃな」
これがどれほど凄いか理解しきれてないクルルにリフルちゃんが補足してくれる。
ボクはもう感動で言葉が出ない。こんな魔法があるなんて。武器などへの魔法付与とか、魔法を自動で発動させるための魔法とか、そういうレベルじゃない。
大自然そのものに少しだけ手を加えて、指定された順序をこなして魔法が発動する。
まさに原初の魔法と呼ぶに相応しいものだ。
魔法陣も触媒も詠唱も関係ない。
必要なのは、手順をキチンとこなすだけ。それだけでこの大掛かりな魔法は発動する。
恐らくはルートを通る種族にも制限がかけられているだろう。
この峡谷を通れて、かつ空を飛べる存在。サイズはどうなんだろう。小さな鳥でも大丈夫なのかな。
「もー。エルルはすぐ思考がそっちに飛んじゃうんだから」
「あいたっ」
こつん、と大して痛くはないがクルルに頭を叩かれて正気に戻る。
目の前に迫っていた波紋はボクたちを待ってはくれない。もっと外から観測したいのに!
この場所じゃなければ発動しないのかとか、あの牙はどのように配置されているのかもっと調べたいのに!
ボクたちが乗る竜が待ってくれるわけがない。一足先に波紋の中へ飛び込んでいったラグナロクを追っていく。
波紋に飛び込んでいく。世界が変わる。転移魔法のようで、少し違う。
転移魔法は、身体に少しだけど『飛ぶ』感覚がある。身体に少しだけ、気にならない程度だけど負荷がかかる。
空間を繋げる魔法は、そういうのは一切ない。そもそも転移とは用途が違う。
視界に広がった光景は、圧巻の一言だった。
地平線の先まで続く草原。吹いた風に草が流れ、小さく咲いた花が踊る。
翼をはためかせながら、竜がゆっくりと草原に降りる。すでに降りていたラグナロクは頭を下げており、グリードさんはそんなラグナロクの鼻先を撫でていた。
竜から降りて、小さく深呼吸。すぐに肺に新鮮な空気が入り込んできて、身体が満たされる。
凄く空気が美味しい。繋がった場所だから山の中ではないってわかってるんだけど、圧倒されてしまう。
草原を少し進むと、そこには集落が存在していた。予想していたのとは全然違った、集落が。
ボクたちが使ってたものより少し大きいサイズのテントがある。造りがしっかりとしているのか、風が吹いてもびくともしない。
レンガで囲まれた中で火が焚かれている。集落の中心に立った棒から、集落の端まで幾つかの糸が伸びている。
確かな人の営みが、その集落には存在していた。
「グリードだ。戦士長はいるか?」
「おう」
テントに向かってグリードさんが声をかける。凄く低い声が響いてくる。
ドアを捲って、テントの中から人が出てきた。でも普通の人ではない。
ボクらより一回りは大きい体躯。半袖の服から伸びた腕は鱗に覆われている。
まずそもそも顔が違う。人の顔ではない。人間サイズの爬虫類のような、竜の顔だ。
突っ張った鼻先も、大きな口も、そのどれもが彼らをヒトのようでヒトじゃないと証明している。
竜人、と言えばいいのだろうか。
そんな人たちの集落に、ボクたちは招かれた。
「……おいグリードよ。おれぁお前のことは信頼しているが、なんだこの胸も出てねえつるぺったんは。こいつらをファフニール様に会わせるのか?」
「わかったエルル待っててこいつ凍らせてくる!!!」
「せるちゃん落ち着いて!?」
「うがー! エルルのちっちゃい胸はだからこそいいんじゃないのクルルのちょっと出た感じも大好きだけど私はエルルのぺったんこも大好きなのよ!!!」
「落ち着けアホセル」
「おおうなんだこの気迫……っ!?」
戦士長と呼ばれた竜人さんは、頬をぽりぽりと掻きながら困惑していた。
いや、展開についていけてないのはボクもです。とりあえず飛び出しそうになったせるちゃんはリフルちゃんが押さえ込んでくれました。
不穏な空気を全開にしたいですね。多分そんな風になるの次々話くらいからだろうけど。多分。




