クルルの謀略
ラングルスの街はいつも以上に賑わっている。しかも今日は、珍しく召喚士人も多い。街の風景によく溶け込んではいるが、どことなく違和感を覚えるほど、魔法服を纏っている召喚士がいる。
人々の興味は闘技場に向けられており、大通りに配置された巨大な鏡に闘技場の光景が魔法によって投影されている。
闘技場で挑戦者を待つのは、チャンピオンであるユーゴくんだ。
いつもの優しい感じとは少し違う、クールな佇まい。両手を胸の前で組んで、挑戦者の登場を待っている。
「あ、エルル見てみて。ユーゴだよ!」
「わ、いるかと思ったら本当にいた」
提案はしていたものの、今日召喚決闘が行われるとは思ってもいなかった。
世間的には休日である今日は、集客としての効果も狙っているのだろう。
この街でチャンピオンとなり、そして『銀の旅人』の地位に辿り着いた異国の魔法使い。
ユーゴくんは『色の位階』の中でも一際有名で、人気もあるらしい。
王国に長らく仕えていたトリスタンさんも有名だけどあくまで王国護衛軍の人だし、ローレンさんやウィルさんは表に出るタイプではないらしい。
異国の魔法使いが、魔法使いたちの頂点に迎えられた。
それは名誉なことであり、人々の話題の種にならないわけが無い。
トリスタンさんとの一騎打ちですら、引き分けに持ち込むほどの実力者と噂されるほどだ。
トリスタンさんの武勇伝は王国の中でも有名で、そんな彼と引き分ける。それがどれほど困難なことか。
この街のチャンピオンであったグリードさんを退けた実力はまぐれではない裏付けとなる。
映像の向こう側のユーゴくんは、なんだかいつもと違う別人みたいだ。
とはいえボクはユーゴくんが戦う姿なんてほとんど見たことが無い。彼がチャンピオンとなったあの日、あの戦いを映像越しに見ていたくらいだ。
ボクから見れば優しい好青年。でも、この街の人からすればユーゴくんは常勝無敗の銀の一位。
イメージがかけ離れすぎてて、彼の優しい側面を知っているのがボクたちくらいだと思うと、なんだか嬉しくなる。
『行け、ミノタウロス!』
映像の向こう側で、名前も知らない召喚士が斧を持った人型の牛の魔物に指示を与えていく。
牛頭人身の魔物は指示に従い斧を振り下ろすけど、ユーゴくんが操るデュラハンにはかすりもしない。
期待していただけに、ちょっと残念。
此処からでもわかってしまう、明確な実力の差。
ユーゴくんはデュラハンに様々な武器や防具を召喚して使わせるタイプの召喚士だ。
そんな彼が、追加で何も召喚せずにただただそのままのデュラハンで戦っている。
それはつまり、追加で召喚する必要がない、ということだ。
試合は白熱していく。その場にいる観客たちは実力の差に気付いてないのか、挑戦者を応援する声も多い。
「エルル、行ってみよ?」
「え、う、うん」
クルルに言われて闘技場に足を向けるけど、あんまり興味が出ないなぁ。
多分、あと五分もしない内に決着が着くだろう。むしろユーゴくんが今の今まで手を抜いている感じもする。
挑戦する、という心意気に敬意を表しているのか、それとも魔力の節約なのか。
らしくないな、と思ってしまう。
手を抜くなんて、ユーゴくんらしくない。いつでも彼はまっすぐで全力だから。
「にやにや」
「どうしたの、クルル」
「いや~。さっきからユーゴを見ては真面目な顔をするからねー」
「そ、そんなに見てないよ?」
「見てるって自覚はあるんだねー」
「うっ」
「やっぱりユーゴは私からエルルを奪おうとする敵なのか!」
「妾から見ればせるも大概エルルに纏わり着く不審者じゃ」
ハムちゃんが持ってきた手提げ鞄からミニマムモードのせるちゃんとリフルちゃんが顔を出す。
せるちゃんって、ほんとユーゴくんのことあんまり好きじゃないよねー。
ボクを奪うってよく言うけど、どういう意味なんだろ。
目立たないようにとリフルちゃんがせるちゃんの頭を押さえつけて二人して鞄の中に隠れる。
ミニマムモードのことも魔導書に記してもいいかなぁ。消費魔力や魔物との交流にも役に立つだろうし。
そんなことを考えていたら、一際大きな歓声が聞こえた。
気付けば闘技場の目の前にまで来ており、歓声から察するに決着が着いたのだろう。
「あれ、もう終わっちゃった?」
「まあ実力差もあったしね」
「エルル、映像越しでわかったの?」
「わかるよー。これでもボクだって召喚士だよ?」
ボクの中で生きてきたクルルと違って、ボクは召喚士としてハムちゃんやせるちゃんと接したこともある。
主に物取りさんに襲われた時とか。実は一度だけじゃない。ボクがせるちゃんを使役しているって有名なのは、物取りさんたちを迎撃する時にはよくせるちゃんに手伝ってもらっていたからだ。
ハムちゃんのほうが有名なのは、一重に十年前のことが原因だろう。
皇帝竜バハムートと神であるセルシウス。二体を使役してもなおあまりある魔力を持った召喚士。
そりゃ魔法が使えない人から見たらもう得体の知れない存在だよねー。
普通の召喚士ってのはレッドゴブリンを三体も使役したらそれでもう魔力が限界なんだから。
「……ふふっ」
なんだかクルルが嫌な笑顔を浮かべている。一緒に過ごしてきてわかったけど、こういう時のクルルの笑顔はボクにとってあまり有益ではないことを考えている顔だ。
クルルが愉しめる、と判断した時の表情だ。愉悦というべきなのか。悪寒がする。早く闘技場から離れた方がいいと長年の勘が告げてくる。
『挑戦者は残念なことに敗北してしまいました……。さあ、会場内でチャンピオンに挑戦する勇気ある召喚士はいないか!?』
あ、これだ。
口元にあてた杖から闘技場中に拡散される審判であり実況さんの声。
飛び入りを、待っている。
だからユーゴくんも手を抜いていたのだろう。今日の本番は、こっちなんだ。
挑戦者を簡単に下したユーゴくんに挑戦する猛者を、待っている。
嫌な予感が確信に変わる瞬間であった。背を向けて走り出す。
しかしクルルにしっかりと掴まれてしまった。む、無駄に力が強いっ!
『さあ、さあ、さあ! いないのか! チャンピオンであり銀の一位であるユーゴ・マトウに挑戦しようとする勢いのある召喚士はぁ!』
「はいはーい! ここにいまーす!」
ぐい、とクルルに掴まれた腕を持ち上げられてしまう。あたかもボクが手を上げたかのように。
「ちょ、ちょっとクルル!?」
「エルルのちょっといいとこ、見てみたい!」
「そんな問題じゃないよね!?」
『おおっと。これは可愛らしい挑戦者かぁー!?』
ああ、闘技場中の視線がボクに向けられる。
一気に身体が緊張する。見られている。注目を浴びている。
悲鳴が上がるのが先か、それとも罵声が飛んでくるのが先か。
「……?」
けどそれは今までボクが感じていた恐怖や嫌悪の感情というより、好奇心が勝る視線だった。
誰もが、ボクがエルル=ヌル=ナナクスロイだということには気付いている。
それもそうだ。今闘技場には召喚士や魔法使いたちが集まっているのだから。
だというのに、誰からも悲鳴も罵声も飛んでこなかった。
「おお。銀の一位とエルルの召喚決闘か!?」
「こりゃいいもんが見れそうだ!」
「そりゃ挑戦者なんて前座にもならねえな!!」
……悲鳴も、罵声も、飛んでこない。
ただただ、ボクとユーゴくんの召喚決闘に興味がある、といった声ばかり聞こえてくる。
「エルルはね、知らないんだけどねー。魔法に関わってる人の間じゃ、エルルのことは怖れられてるのは半分程度。もう半分は魔法使いとして憧れの存在なんだよ?」
「え、なにそれ知らない」
「森の中でずっと暮らしてましたし学院も休んでましたしね」
「シェリッツィンの町でミリアが宣言した、エルルが魔界を一人で調査してるってのが広まったのも大きいよねー」
……知らなかった。ボクがずっと目を背けてきた、拒絶していた世界。
そこは少しだけでも、ボクを受け入れてくれていた。全部を信用していいとは思っていないけど、でも、嬉しい。
小さい頃、石を投げられ罵声を浴びたあの頃。あの時の恐怖は今も身体に染み付いている。
でも、少しだけお母さんが言ってくれたことが本当だって思える。
「エルル」
観客の視線が集まる。観客席の通路で見下ろすボクを、ユーゴくんが見上げている。
手を伸ばしている。ボクに向かって、手を差し伸べてくれている。
「俺と、戦ってくれ」
彼はかつて、ボクのことを好きだといってくれた。
ボクという存在を、認めてくれた人。異国の優しい、魔法使い。
そんな彼が、ボクの存在だけじゃない。魔法使いとしてのボクも、見てくれている。
ボクの全部を知りたいって言ってくれた彼が、こうして機会をくれた。
クルルとハムちゃんに視線を向ける。優しく微笑んでくれる。
「―――はい」
だったら、もっと踏み出してみよう。
これが召喚士としての、ボクの最初の一歩かもしれない。
今まで公式の召喚決闘なんてしたことがないから、上手くできないかもしれないけど。
それでも、心に沸きあがった感情は。
彼に、ボクを見てほしい。
よく考えてみてほしい。エルルはコロッセオの観客席の中腹付近の通路からユーゴを見下ろしていたんだ。
つまり
ユーゴに下着を見られている可能性が微妙に……!




