おきぬけのボクとちっちゃいせるちゃん
お布団はいいものだ。暑い時期には少し辛い部分もあるけれど、季節に応じて心地良さを変化できる癒しの革命だ。
温もりがまどろみを誘い、人をたやすく堕落させる魔性のアイテム。
毛布を被って、毛皮のもふもふを堪能しながら人肌くらいの温かさにずっと包まれる。
あぁ~。気持ちいい。お布団、さいこー。
「……ぐぅ」
大切なお友達であるペン太くんを抱き締めると、ふわふわのもふもふで抱き心地もこれまた最高だ。
ペン太くんはギン太くんと違って両手を回してようやく抱き締められるくらい、大きいぬいぐるみだ。
抱き枕としてのペン太くんと、手持ち無沙汰の時のギン太くん。その他にもたくさんのペンギンのぬいぐるみがあるけれど、特に気に入っているのがこの二つだ。
ほんとはもっともっと大きいペンギンのぬいぐるみもあるらしいんだけど、ハムちゃんは中々買ってくれない。
無駄遣いは駄目だと。無駄じゃないのに。無駄じゃないのに……っ!
あふぅ。ペンギン、だーいすき。
思わずペン太くんに頬ずりしてしまう。
眠れる。このまま放っておいて貰えれば一週間どころかもっと長く眠っていられる。この安住の地から出なくて済む。
外に行かなくて済む。誰にも会わずに過ごせる。この心地良い空間に溺れていたい。お腹がすいたらハムちゃんにもってきてもらおう。
よし、寝よう。今なら五分とかからず眠れる自信がある。
「え~る~る~!」
「ひゃわっ!?」
冷たい! 冷たい!?
突然ボクのお腹辺りから冷気を感じて、飛び起きてしまう。お気に入りのペンギン柄のピンクのパジャマがお腹の部分だけせりあがっている。
ふくれあがった部分はもぞもぞと動いている。動くたびにボクのお腹から伝わった冷気が全身を冷やす。
「ぷはっ! エルルのお腹~~~~~っ!」
「せるちゃん!? ちょ、やぁっ!?」
パジャマの裾から飛び出して来てボクの頬に飛びついてきたのは、せるちゃんだった。
その身体はかなり小さい。手の平に乗せれるくらいで、デフォルメ化されてもどこか凛々しさを残している。
せるちゃんは嬉しそうに頬擦りしてくる。少しひんやりするけど、せるちゃんとのスキンシップは嫌いじゃない。
「どうしてミニマムモードに?」
「こうすればエルルのそばにいれるでしょ? 維持魔力もローコストだし」
封印した魔物たちがストレスをためないように、外を出歩いても被害が出ないようにボクが作った特殊な形態。
ボクしか使えない術式だけど、カードにそれぞれ仕込んであるから封印されている側も触れば使えるように設定してある。
「でもボクせるちゃんとハムちゃんくらいだったら魔力使ってないくらいだよ?」
ボクの魔力は人の何倍というか何十倍というか。計測できないレベルだとは聞いているが実感は無い。
ただせるちゃんを使役できるってのはそれだけで召喚士として優秀すぎる、というのはわかる。
「このサイズの方がエルルの頭の上でごろごろできるから」
「あっ、はい」
よくわからない理由だった。そんなにいいものじゃないと思うけど。せるちゃんが気に入ってるならそれでいい。
覚醒してしまった意識だが、毛布に包まれば眠くなるだろう。
ふわぁ、と生あくび。身体が覚醒を訴えてくる。
でもだーめ。ボクはまだ寝たいんだ。
幸いにも外に出なくちゃいけない用事なんてない。だからずっと眠っていても大丈夫。
全身でペン太くんに抱きついて、せるちゃんはそんなボクとペン太くんの顔の間に割り込んでくる。
……ん、ちょっとひんやり。
「じゅるり」
「ぴゃぁっ!?」
突然聞こえてきた何かをすするような音に飛び起きた。
え、何。なにがどうしたの。
起き上がってみればせるちゃんが口元をごしごししていた。どうしたんだろう。
「なんでもないわ。ちょっと色々あるのよ」
「はぁ」
よくわからない。まあ精霊と人間なんてこうして一緒に寝ようとするだけでもおかしいんだから、何か不都合が起きても仕方ないか。
何か重大な異変が起きれば繋がった魔力が教えてくれる。魔力で繋がっているからこそ、ボクは封印し契約した相手のことは信頼できる。
せるちゃんもハムちゃんも、ボクのことを思ってくれる。そのことに一切の嘘が無い。
だからボクは、せるちゃんやハムちゃんが大好き。
「もっかいねよ……ふわぁ」
一度眠ろうとした身体は覚醒よりも睡眠を訴えてくる。あくびをして出てきた涙を拭いながら、今度こそ夢の中へと行こうと毛布を被る。
ぴこん、と枕元に置いていたカードが音と共に光る。寝ぼけ眼でカードに触れると、中空に文字が浮かびだした。
連絡用の通信魔法だ。通話ではない、長いテキストを送るのに便利な魔法だ。通信魔法、誰からだろう。
うげ。うげげ。
「エルル?」
ぴょこん、とせるちゃんが頭の上に乗ってくる。たいした重さじゃない。
それよりも大変だ。大変すぎることだ。せるちゃんを降ろしてボクはすぐさま魔法服に袖を通すためにパジャマを脱ぐ。
「え、なに誘われてるひゃっほういただきま―――」
「エルル様、そろそろ起きられた方が―――」
「ぴゃぁっ!?」
飛びつこうとしてきたせるちゃんを軽く叩き落とすと同時にいつものように扉を開けたハムちゃん。
今のボクはパジャマを脱いで魔法服を手に持ったまま、つまりボクを守っているのは布切れ一枚なだけで。
「み、見ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「見るほど肉がついてないのにですか?」
「お、女の子の裸だよっ!?」
「大丈夫です。セルはともかく私はエルル様をそういう目で見てませんので」
「あぁんっ」
……せるちゃんがハムちゃんに踏まれていた。ぐりぐりってされてた。ボクに必死に手を伸ばすせるちゃんだけど、明らかにボクに抱きついてきそうなので放置する。
とりあえず毛布を手繰り寄せる。いくらハムちゃんが気にしなくても、下の下着一枚だけではボクが恥ずかしくて死ぬ。
うぅー。顔が熱いよー。
五分貰った。着替えたボクは少し気まずいけどリビングに出ることにした。そういえばせるちゃんは連れて行かれたけど、大丈夫なのかなぁ。
「ちょっとちょっとちょっとこれはまずいというか本当にあばばばばばばばば」
「大丈夫じゃない!?」
「大丈夫です。セルが耐えられる温度にしっかり調整してますので」
テーブルの上に置かれた小さな桶にはせるちゃんが収められていた。
その上から溢れるくらいのお湯をかけられていた。かなり熱いのか、真っ白な湯気が視界を奪いそうなくらいだ。
ま、まあハムちゃんも手加減はしてるみたいだし、せるちゃんが解けるとか、ないよね?
雪と氷の精霊なだけあってせるちゃんは熱さに弱い。お仕置きには最適なんだろうけど。
「あぁエルル様もう大丈夫ですか? 今この発情雪女に制裁を加えているので朝食はもう少々お待ちください」
「え、と。ほどほどにね?」
「大丈夫です。任せてください」
いい笑顔だった。
「……先生が来る」
ボクの言葉に、ハムちゃんの手の動きが止まり、その一瞬の隙を突いてせるちゃんが桶から飛び出した。
びしょびしょなせるちゃんをタオルで拭く。ミニマムモードのせるちゃんは基本的には大人しいから、お風呂も簡単である。
「いつ来るのですか?」
「あと一時間……かからないと思う」
通信魔法に記載されていた時間まで、あと一時間あるかないか。
気分が重い。胃が痛みを訴えてくる。自分の顔が青ざめていくのがなんとなくわかる。
嫌いな人ではない。むしろこんなボクを気にかけてくれる優しい人だ。
でも、苦手な人だ。
……うぅ、ボクのことなんて忘れて帰ってくれないかなぁ。




