海の下。
「や、やるじゃねえか……。音姫様に会わしてやるよ」
「態度は改めたほうがいいですよ?」
「ウッス」
負けず嫌いなんだろう。トロ吉さんはどこか遠くを見ながら負けを認めていた。
ハムちゃんに凄まれて素直に居住まいを正してるけど、負けてないとか呟いてるくらいだし。
「兄貴、いいんですかい?」
「いいんだナカ落ち……もともと音姫様に頼まれていたことだし、な」
「そういえばそうでしたね」
……マグロ三匹が顔を寄せて内緒話をしている。いや、聞こえてるんだけどね。
やっぱりもう見た目がシュールすぎる。込み上げてくる笑いを隠しきれる自信が無いや。
うーん、どこからどう見ても、不気味な外見でキモイんだけど、面白い。
「そういえば音姫様って誰なんですか?」
「何ぃ!? 音姫様を知らないっていうのかぁ!?」
トロ吉さんがわざとらしく声高らかに叫んだ。
うわ、なんかむかつく。
「知らないならば教えてやろうではないかっ!」
ナカ落ちさんが器用に槍で砂浜に絵を描き始めた。
やだすっごく上手い。砂浜に描かれた絵だっていうのに音姫様がどんな人なのかわかりやすい。
美人だ。とにかく、美人だ。何処かの物語で読んだ事のある、竜宮の城に住む乙姫みたいな。
羽衣と冠、何十にも重ねられた和服を着た、小柄な女性だ。
砂浜に描かれた絵ではここまでが限界だが、彼らが慕い敬愛している人物なのだろう。
「音姫様ならこの森の奥です!」
「いいの、アカヅケくん?」
「元々音姫様の未来予知で客人が来るのは知ってたんです。ただ人間だったので……」
「あ、そうなんだ……ごめんなさい」
なんだろう、初めて会ったというのに彼らとは普通に話せる。
不思議だ。彼らにボクを見られている感覚がない。なくはないんだけど……薄い、というか。
「エルルが話せてるわ……」
「そりゃあマグロですからね」
「目が真正面向いてないしのう」
単純な理由だった。どうやらボクのコミュ障も思ったよりレベルが低いみたいだ。
ふふ。ボクがいつまでもコミュ障だと思ったら大間違い……だよね。トロ吉さんたちが特別なだけで、ぱっと頭に浮かんだユーゴくんを思い出して言葉を失った。
言葉が出てこない。どうやらボクのコミュ障は想像の相手にも効果が出てしまうようだ。
ううー……。
せるちゃんたちに悟られないように、手を振って誤魔化す。消えろ、消えろー。
「さ、さあ行ってみようか!」
「俺たちが案内するぞ」
「ありがとうございます」
脅威ではないと判断したのだろう。せるちゃんとリフルちゃんがミニマムモードになり、ボクの肩に飛び乗ってくる。
これなら万が一襲われてもすぐさま飛んで行ってくれる。正面はハムちゃんが見てくれるし。
砂浜を抜ければすぐに森だ。踏み鳴らされた獣道を歩く。
先頭をトロ吉さん、後方をナカ落ちさんとアカヅケくんが歩く。ボクたちを挟むように。
彼らからもう敵意は感じないし、害はないと判断していいだろう。
歩いてみてわかった。森というよりここは木々が重なった場所だ。
とてもじゃないが進む道が存在しない。目の前を木の枝が遮り、足元を木の根に掬われそうになる。
「本当にこんなところに貴方たちの主がいるのですか?」
「ああ、正確にはいない」
「……どういうこと?」
「もうすぐです!」
元気よく答えてくれるアカヅケくんだけど、答えになってない。
でもすぐに視界が開けた。森を抜けた先には蔦に覆われ所々苔が生えている教会のような建物。
ボクたちが乗り込む意気込みをするよりも早く、トロ吉さんが扉を開ける。
え、大丈夫なの?
教会の中は静寂に包まれていた。此処だけ妙に気温が低い。涼しさを感じてしまうほどだ。
トロ吉さんはまだ進む。協会の壇上の奥に構えられた十字架に触れる。
「準備は出来てるか? 聞いていないが」
「だったら聞かないでくださひゃあ!?」
トロ吉さんが十字架に触れた瞬間、ボクたちの視界を奪うまばゆい光。
一瞬の出来事だった。一瞬で光は収まった。
でも、変わっていた。ボクたちの目の前から、十字架が消えた。
上を見上げる。天井が無い。むしろ天井どころじゃない。
「……え、み、水が!?」
空に広がる水面。水が天井となっている。周囲には瓦礫と砕けた柱が点在している。
まさか、海の底?
「驚きました。空間転移の魔法ですか」
「そうとも。我ら水の民に伝えられし伝説の魔法……地上とこの都市を行き来する、唯一の方法よ」
見渡す限りの廃墟をトロ吉さんは寂しそうに眺めている。誰の手も入れられていないのがよくわかる。
水の底に残っているからか、風化はそこまで酷くはない。
「ここはかつて栄えた水の都ですよ。我々水の民はこの歴史を守るために生きています」
「ごめん。真面目な話なんだけど笑いそうになっちゃいます」
「あのねぇ!」
「俺っちたちだって!」
「生きているんだよ!?」
三匹に詰め寄られた。やめてそんな目で迫ってこないで。体を震わせながら迫ってこないで!?
「ごめんなさい」
「うむ。まあ音姫様は我々と違って美しいお方だから、そのような態度は有り得ないと思うが」
「くれぐれも粗相のないようにな?」
「でないとオイラたちが刺身にされちゃうんですっ!」
音姫様怖いなぁ。
都市のほとんどは廃墟となっているものの、所々から視線を感じる。
あたりを見渡せば、マグロじゃないお魚さんたちが物陰からボクたち覗いている。
待って待ってヒラメとか魚だったらわかるけど頭が蟹で首から下がムキムキマッチョな人がいるよなにあれ?!
「あれは音姫様親衛隊の中でも一番の膂力を誇る、マスクド・エビ」
「蟹じゃないの!?」
「必殺技はコブラツイスト」
どうしよう。どこから突っ込めばいいんだろう。うわあエビさんが親指立ててる。なんのアピールだろう。
エビ(蟹)さんだけじゃない。頭だけ海洋生物みたいな人もいれば、トロ吉さんたちみたいな魚よりの人もいる。
凄いのは、ボクが想像していた人魚とか魚人なんて一人もいなかったこと。
でも彼らを人としてカウントするべきなのか。匹とカウントするべきなのか。
うーん、悩ましい。
「見えてきたぞ」
「あ、はい」
ナカ落ちさんが顎をあげて、つられて視線を向けた先には唯一空の水面に届きそうなほどの巨大な建造物。
おっきいなぁ。あ、教会で見かけた十字架が掲げられてる。なにか光ってるけど。
トロ吉さんが先行して扉を開けてくれた。
これも神殿って言えばいいのかな。階段を昇ると、そこでその人は待っていた。
「お待ちしてましたわ。ヒトの子よ」
「わぁ……きれい……」
ナカ落ちさんが描いてくれた絵そっくりの美女が、柔和な微笑を向けて迎えてくれた。
この海底都市と水の民を導く音姫。物語の乙姫ではなく、その身の力を音にして音姫、とトロ吉さんに聞いていた。
艶やかに流れる黒髪と、深蒼の瞳。真珠のネックレスやアクセサリーをふんだんに身に着けている。
ミリアちゃんとはまた違った美しさだ。同性のボクですら見惚れて言葉を失ってしまう。
「トロ吉」
「へい!」
「こんな可愛い女の子じゃ無理難題頼めないでしょチェンジ!!!」
「あべしっ!?」
……え、え?
えーと、音姫様がどこからか出した鞭でトロ吉くんを叩き始めた。
「あ、そういう趣味なんだね」
ボクはまったく興味がなくて詳しくないけど、そういったことが好きな人もいるらしく、王都にはそういうお店も存在してるってアンジェさんに聞いたことがある。ハムちゃんに聞いたら怒られたけど。
うーん。理解できない趣味だ。ボクはノーマルってことだね。
あれ、せるちゃんもそう言えば……?
「エルル、ナンデモナイノヨキニシナイデ」
「あれせるちゃんが死んだ魚のような目に!?」
「死んだ魚の目はオイラたちの仕事ですよ!?」
渇いた笑いのせるちゃんと、そんなせるちゃんに迫ってくるアカヅケくん。
近いから、近いからっ!
音姫様もトロ吉さん叩いてないで助けてください!
「あひぃ……お、音姫様ぁ~!」
だからどうしてそうなっt(ry
出会い頭に依頼するちょっと傍若無人なキャラにしようとしてたら、なぜかただの女王様に……!?




