動乱のシェリッツィン
突き上げられるような激しい揺れに、ボクの意識は強引に覚醒させられた。
何が起こったかわからない。大きく目を開けて、状況を確認しようと必死に整理する。
「ひっ……」
沢山の人が、いた。皆の視線が、ボクに、そしてボクの隣に向けられる。
逃げようとして、身動きが取れないことに気付いた。両手は胸の前で手首を縄で縛られ、足首も纏めて縛られている。
見られている。知らない人たちに。怖い、怖い、怖い……っ。
恐る恐る、上を見上げる。
知らない男の人が、鋭利に光るナイフの切っ先をボクに向けた。
「何が開拓だ! 何が魔界だ! オレたちの親分を解放しろ!!!」
緑色に斜めに黒い線が走ったバンダナを巻いた男の人が、叫んでいた。
アンジェさんの言葉を思い出す。捕まった盗賊団の親分を解放させるために、何かが起きるかもしれないと。
なんとなく事態は掴めた。
そしてどうやら、ボクは人質になってしまっているようだ。
でもどうして、宿で眠っていたボクが捕まっているのだろう。
「へへ、最初に襲った宿屋で眠りこけてる女がいたとは、オレたちもついてるぜ……!」
「オラァッ! この娘を無事に助けたきゃ親分を釈放しやがれ!」
どうやらボクの熟睡は、縛られて担がれて運ばれても目覚めないほどのようだ。
状況を教えてくれた盗賊さん、ありがとうございます。
ナイフを振り回して周囲を威嚇しているリーダー格の男の人とは別に、男の人と女の人が緑色のぼろぼろな服で皆を睨んでいた。
ちょっと後ずさり。こつん、と柱のようなものにぶつかってしまった。
「いたっ」
痛みを訴える声は誰にも届かなかった。見渡せば不安そうな表情をしている町の人たち。
あ、アンジェさんだ、どうしよう。
あ、遠くにせるちゃんが見えた。凄い慌ててる。
『エルル! 大丈夫なの!?』
『大丈夫だよ。縛られてるけど、痛くはないし』
『すぐにハムとリフルと協力して無傷で助けてそのクソども氷漬けにするから!!!』
『あ……ちょ、ちょっと待ってっ』
今にも飛び出してしまいそうなせるちゃんを、念話で静止する。
確かにせるちゃんやハムちゃん、リフルちゃんが手伝ってくれればすぐに事体は解決するだろう。
でも今、ボクは衆人環視のただなかにいる。そんな中でせるちゃんたちが駆けつければ、ボクの正体は白日に晒される。
それは、怖い。脳裏に焼きついた、投げられ続ける石の雨の光景を思い出してしまう。
『え、衛兵さんに任せて。ボク……また、怖い思いしたくない』
じっとしてれば、その内衛兵さんが助けてくれるだろう。盗賊団の親分がもし釈放されれば、それでボクの人質としての価値もなくなるし。
今は待つべきなんだ。平穏に帰りたいならば。ボクの存在は隠さなければならない。
今度。
今度、また石を投げられたら。バケモノって言われたら。ボクの家を焼かれたら。
ボクは、壊れてしまう。そんな気がする。
『お願いせるちゃん……おとなしく、してて』
なんとなくだけど、せるちゃんが悔しそうに地団駄を踏んだ、気がした。
リフルちゃんやハムちゃんはどうしてるんだろう。心配だけど、心配して欲しくない。
大丈夫、待ってれば、誰かに助けてもらえるはずだから。
「あー、盗賊の諸君。私は開拓団の団長を勤めさせてもらっている者だ」
見ただけでわかる、召喚士だ。青いスーツに、右目に付けられた片眼鏡。黒髪は整髪料でオールバックに固められている。
開拓団の団長だと、召喚士の人は言った。鋭い目付きがボクを一瞥し、口の端を吊り上げた。
「この町にいるんだろ? 親分を返しやがれ!」
「それはできない相談だな。囚人には開拓に従事してもらうことでその罪を償ってもらうのだから」
「ふざけんな! 魔界は死と隣り合わせだっていうじゃねえか! そんな危険な目に、親分を遭わせられるか!」
「ほほう。では、君も志願したらどうかね? 君の敬愛する人物と共に行動できるよう手配しようではないか」
煽っている。明らかに、団長さんは盗賊さんを煽っている。
ボクのことを気にしていないのが丸わかりだ。この人は、ボクが誰だか、わかっている。
「ふざけんな。オレたちは親分と共に町を村を荒らす盗賊団だ! 開拓なんぞやってられっか!」
「では大人しく投降したまえ。時間の無駄だ」
……やめて。
「こっちには人質がいるんだぞっ!?」
「きゃっ」
力任せに抱き起こされ、身動きの出来ないボクは盗賊さんの盾となるように抱えられる。首元に向けられたナイフの切っ先。
空気が一瞬で緊張した、気がする。ボクはナイフの切っ先と、団長さんを交互に見ることしかできない。
団長さんは、また口の端を吊り上げている。ボクを、盗賊さんを品定めするように見比べて。
「人質? どこにそんな者がいる?」
その言葉に、人々がざわめきだした。
ボクのことを知らない人たちが、一斉にボクを奇異の目で見つめてくる。
ドクン、と心臓が跳ねる。
やめて。やめて。やめて。
『エルル! いますぐ助けに行く!』
声が聞こえたような、気がする。
「そこにいるのは、エルル=ヌル=ナナクスロイ。十年前からずっとずっと怖れられている、黒の魔女だが?」
何かが割れる音がした。
困惑した盗賊さんや、ボクを見つめる、色んな人の好奇の目。
「だから彼女は我々にとって人質にならないことを告げておこう。殺せるならばむしろ大歓迎だ」
「だ、誰だかしらねえが、それでもこいつは人質に―――」
石が、投げられた。
悲鳴が、聞こえた。
逃げ出す人が、見えた。
石が、投げられた。
頭に当たった。痛い。
ゴミが、投げられた。
顔に当たった。……くさい。
「お願いだアンタ! その魔女を早く殺してくれ!」
「へ、へ?」
「はやく、早くしてくれ! 出ないと全部殺されちまう!」
「『黒の狂背者』がなんでこの町にいるんだよ!?」
「逃げろ、早く逃げろぉ!」
恐れ慄き、逃げ惑う人。
怨嗟の目で睨む人。
ポケットに手を仕舞って、愉快気に口の端を吊り上げる団長さん。
戸惑って、どうすればいいかわからず混乱している盗賊さん。
投げ捨てられる。手も足も動かせないボクは地面に叩きつけられる。
「バケモノ!」
「魔女!」
「殺せ!」
「魔女を殺せ!」
「森へ捨てろ!」
「十年前の惨劇を忘れるな!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
「どうだね盗賊の諸君。これでも人質としての価値はあると?」
石が飛んでくる。痛い。投げられるものが全部投げられてくる。
椅子とか、植木鉢とか、もう、痛いって言葉じゃすまないほどに。
げほ……っ。
痛いのは、嫌だ。辛いのは、嫌だ。
悲鳴を上げて逃げだす盗賊さん。
微笑みながらボクを見下す団長さん。
冷たい眼差しだ。心の底から、恐怖を感じる。
「エルル=ヌル=ナナクスロイ」
「げほ……な、なんです、か……」
「私の恋人はな、十年前の戦で死んだんだ。お前がもっと早くにくれば、助かってた命だ。そんなお前がどうしてのうのうと生きている? 王も一位の方々も何を考えているんだ理解できん。こんな魔女、早く殺してしまえばいいのに」
お腹を蹴られる。上手く呼吸が出来ない。くるしい。
何度も頭を踏まれる。地面に押し付けられる。くるしイ。
イタイノ、ヤダな。
「エルルを、いじめるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「むっ……セルシウスか!?」
「大丈夫ですか、エルル様」
「遅くなったのじゃ!」
せるちゃんが、来てくれた。ハムちゃんとリフルちゃんが、駆けつけて縄を解いてくれる。
皆ヒトの姿となって、助けに来てくれた。
「ごめ、みんな……きてもらえれば、よかったの、に……」
「いい。エルルは悪くない。悪いのは全部そいつだからっ!」
せるちゃんが敵意を、殺意を団長さんに向けている。対する団長さんはどこか余裕のある表情をしている。
ハムちゃんもリフルちゃんも、ボクを庇うように前に出る。戦わなくていいから、早く逃げようよ。
団長さんとは、言葉を交わせない。だって、ボクのせいで好きな人が死んじゃったのなら、それはボクの所為だから。
今にも飛び掛りそうなせるちゃんを、止める。でもせるちゃんは止まってくれそうにない。
ハムちゃんやリフルちゃんもかすかだが殺気だっている。やめて。止まって。
「なにをしているの。『青の二位』ジェレミア・ワンスロート」
「っ……これはこれは、国王様。それに、ユーゴ殿、トリスタン殿まで」
急に、静かになった。
逃げようとしていた人も、石を投げていた人も、逃げ出した盗賊さんも、誰も彼もが足を止めていた。
まるで時間が止まったかのように。
せるちゃんもハムちゃんも、言葉を忘れて呆然としている。
ユーゴくんと、赤の一位の人。少し前に見かけたことがある。
そして、二人が守るように立っている、ボクと同じくらいの女の子。煌びやかな衣装を身に纏い、その仕草だけで優雅さを感じ取れる。
流れるように綺麗な金色の髪。透き通るようなコバルトブルーの瞳。同性のボクですら見惚れてしまいそうな、端正な顔立ち。
一目見て、誰だかわかった。会いたくない。会いたくなかった、昔の友達。
「……ミリア、ちゃん」
「なにをしているの、と聞いたのよワンスロート。今の私は酷く気が短いから要点を踏まえて答えなさい。返答次第では、貴方の首を飛ばすわ」
あれ、この展開ユーゴがいらな(ry




