ざ・ちきんはーと
「こ、これでいいよね。変じゃないよね?」
外を出歩く以上は召喚士としての正装を。
というハムちゃんの言葉に促がされるままに紫を中心とした魔法服を身に纏い、女性召喚士の特徴ともいえる魔女帽子を深めに被る。
……通りがかった人が、ボクだって気付かないように。
ゆるふわもこっとしたこの魔法服のデザインはボクの好みに合わせて作られたからお気に入りだけど、だからといってそれが外出する理由にはならないわけで。
今滅茶苦茶気分が重いです。っはぁ。毛布に包まって眠りたい。
袖口に召喚カードを忍ばせておいて。これで何か起きても閃光の魔法でボクを見てしまった人の視界を奪って逃走することが出来る。
姿見鏡に映るボクは何の変哲も無いボクだ。素肌を一切合切隠してしまう魔法服は、着ているだけで少し重い。
魔法服とはいえ、ボクは魔法使いではなく召喚士。カードに封印した魔物や事象を操る術士だ。
手繰るカードは千差万別。魔物も魔法も何でもかんでも封印しちゃう。
スカートの裾をつまんで、ひらりと一回転。何処にもおかしいところは無い、少なくとも、ボクが見た限りでは。
「……うん、これで大丈夫だよね。ギン太くん?」
ペン太くんとは違うペンギンのぬいぐるみを抱き締めて、ハムちゃんを待つ。
お待たせしました、と三回のノックから確認もせずにハムちゃんが姿を見せる。
寂しいけれどギン太くんをベッドに置いて、ボクはゆっくりと部屋から出た。
外は残酷なまでにボクを拒絶する。だから外になんか出たくなかったのに。こんな辛い思いなんか、したくなかったのに。
「暑いですね」
「暑いのやだ~……」
照りつける太陽は濃い目の色合いの魔法服に充分に熱を篭らせる。そこまで暑くならない地方のはずなのに、この服を着ていては温度など関係ない。
空は雲ひとつ無い晴天だ。青い空が何処までも続いているようにも見えて、吸い込まれてしまいそうなほど。
手を伸ばして、何も無いのに掴もうとして。何も掴めない事に少しの寂しさ。
「ハムちゃん」
「はい」
「……歩きたくない」
「浮かべばいいと思うのですが」
「浮かべるけど! 目立っちゃうでしょ!?」
外に出たくない理由なのにあっさりと言ってくるハムちゃんは時々酷いと思うの。
でもボクのことを理解してくれてたのか、家を出て森を抜けたところで街道を行き交う馬車へ声をかけてくれた。
馬車の中に備えられた座席はふわっふわで心地良い。身体が程よく沈んで、思わず意識を手放しそうになる。
眠いなぁ。昨日の夜、つい面白いからって伝承本なんて読み耽るんじゃなかった。
夜更かしはいけないってよくわかるね。四六時中家から出たくないから生活スタイルは気にしてないけど。
揺れる馬車。ハムちゃんは御者と他愛のない会話に花を咲かせながら、会話の節々に的確な相槌を入れて御者の気分を良くしている。
あれだ。絶対に運賃を値切るつもりだ。そんなことしなくてもいいくらいにお金は稼いでるんだけど。
十二分に稼いだお金は今回のギャンブルで爆発的に増えて、ハムちゃんが余計に家計を気にしなくていいようになったのになぁ。
手持ち無沙汰のボクは椅子の上に膝立ちして、窓から外を覗き込む。
すでに街道を抜けて、馬車は目的地であるラングルスへ向かって一直線の道を進んでいる。
空を優雅に飛んでいる鳥たちは何処へ行くのだろう。
そんなことに思いを更けていると、やがて巨大な建造物が見えてきた。
先ほどまで映像で見ていた闘技場だ。この都市の象徴ともいえる巨大な闘技場が。
闘技場を中心に円形に広がるこの石造りの都市はラングルス。召喚士による召喚決闘を見世物とした大会を開くことによって、交易の発展を目論見成功した都市。
西側の門の前で馬車が止まり、丁寧な口調で値切りに成功したハムちゃんは心なしか嬉しそうだった。
一方ボクは、眼前に聳え立つ巨大な門を前に完全に尻込みしていた。
ここを抜ければ、人が沢山いるんだよね……。
人通りが少ない西の門を選んだとはいえ、それでもボクの予想を遥かに超える人たちで賑わっているだろう。
事実、西の門の向こう側には幾つかの露店が見えている。人が沢山いる。凄い賑わいだ。活気に溢れている。
それとは裏腹に、震えるボクの両足。石の様に、重く感じる。
「エルル様?」
誰にも気付かれないように、小声でボクの名前を呼んでくれる。
配当金を受け取れる場所は非公式だけあって中央通りにはなく、裏路地を進んでいった先に店を構えている。
だから路地裏に逃げ込んでしまえれば、人々の喧騒から逃れることが出来るはず。
店まで行くルートは、頭の中でしっかりと構築されている。
心がざわつく。不安、という感情より恐怖がボクの全身を支配する。
「胃がきりきりするよぉ……」
「では行きましょう」
「心配してよ!?」
「心配はしてますよ。ですがこれも貴女のコミュ障を直すいい機会です。大勝してくださいありがとうございました」
うわすっごくいい笑顔だよ! 満面の笑みだよ!
逃げたいけれどお金は大事。そのためにはこの痛みを訴える胃をどうにかこうにか抑えなければならない。
静まれー。静まれー……。
静まるわけが無い。いつまでも門の前で固まっているボクたちに衛兵の視線が向けられる。
胃が痛い……。余計に胃が痛くなる。
いつまでも立ち止まって入られない。その分だけ怪しまれる。元々違法賭博の勝ち分を受け取りに来たのだから、怪しまれるのも、まずい。
意を決して、顔を上げて一歩を踏み出すことにした。ハムちゃんのほうを見てみればボクを見て微笑んでいる。
顔は上げても帽子はより深く被る。目立ちたくない。目立ちたくない。
「や、やってやろうじゃん!」
近づいてきた衛兵に目もくれず、ボクは走り出す。逃げるように、駆け抜ける。
やれやれ、とハムちゃんの声が聞こえた。うぅ、ちょっとだけ後悔。
「ちょっとお嬢ちゃん、待ちなさい!」
「ぴゃぁ!?」
門を抜けた瞬間に衛兵の大きな声に呼び止められ、変な声が出てしまう。
「ふ、閃光!!」
「うわっ!?」
「……はぁ」
……あ。
つい反射でカードを取り出して魔法を使ってしまった。やばい。やばいよこれは。衛兵に向かって目晦ましとはいえ魔法を使ってしまっては、間違いなく危害を加える不審者でしかない!
とにかく走ることにした。とにかく逃げることにした。
ごめんなさいハムちゃん。ボクのチキンハートを許してください。
「エルル様はいい加減相手の行動を予測してください。走り出したら声をかけられるに決まってるでしょう?」
「ぴゃあ!?」
「五月蝿いですそこ右に曲がってください」
置いていったはずなのにボクより前にハムちゃんがいた。スピードを落としてボクに合わしてくれる。
でも後ろからすっごい怒鳴り声が聞こえてくる。これは不味いし怖いよ!
「やれやれ」
「ぴゃ―――」
ため息と共に、ハムちゃんにお腹に手を回し抱えられて。
視界が、急上昇した。ハムちゃんがボクを抱えたまま大きくジャンプしたんだ。
迷路のように入り組んだ路地裏の壁を簡単に飛び越えた。
「ショートカットついでに撒きました」
「こわこわこわこわこわこわ………」
心臓が飛び出そうになった。追われても寿命が縮まりそうだけど、ハムちゃんに急ジャンプあーんど着地をやられて余計に寿命が縮んだ気がする。
壁の向こうからは衛兵さんたちの怒声が聞こえてくる。ここはさっさと用事を済ませてしまうべきだろう。
さすがハムちゃん。着地した路地裏の突き当たりに、ボクの求めるお店が構えていた。
第一話、コメディージャンル日間28位に食い込めました。ありがとうございます!




