てらふぉーみんぐ成功。
「帰ろっか。ハムちゃんも待ってるし」
火山が活動を再開してから小一時間の休憩を取って、ようやく歩くくらいの体力にまで回復した。
その間はずーっとミニマムのせるちゃんとリフルちゃんを人形のように抱き締めてぬくぬくしてた。二人を抱き締めてると冷たいのとあったかいのが両方混ざってちょうどいいことに気付いたの。
せるちゃんとリフルちゃんはお互いにちょっと辛そうだったけど。
立ち上がったボクの帽子の上にリフルちゃんが、肩の上にせるちゃんが乗って下山の準備を進める。
来た道は崩れてしまったから、来た時とは違う道を行かなくてはならない。そこにはまだ魔物がいるだろう。
……うぅ。疲れたから相手したくない。
「リフルちゃーん。リフルちゃんが命令すれば戦わなくていいとか、ない?」
「うーむ。なんだかんだ戦いたがる奴らばかりじゃから、難しいと思うぞ?」
「ううぅ。せるちゃんもリフルちゃんも覚醒深化で疲れてるし、無理はさせたくないし……」
ボクもせるちゃんに血を吸われてから少し貧血気味だし。できれば戦闘は避けたい。
魔物がいない道はないのかと尋ねたら、虫のように雑魚が沢山いる道か固くて大きい中ボスが待っている道のどちらかしかないと逃げ道を潰されてしまう。
どうしよう。ううーん、どうしよう。
回復魔法のストックが、少し心許ない。攻撃系統の魔法は沢山あるんだけど、ボクが使うとどうしても黒の力に昇華させて突っ走ってしまう。
そうするとまた火山が形を変えてしまうだろう。それは流石に不味い。
ダメだ。いくら考えても答えは出てこない。熱気が戻った火山の熱に思考が乱される。
「ぺろ」
「うひゃあ!?」
「美味しい! エルルの汗おいしい!!!」
「汚いからダメだって!?」
「私のエルルが汚いわけないだろー!?」
「だってお風呂入ってないんだよー!?」
「むしろそれがいい」
「えぇ……」
「のうエルル。こやつは封印しておいたほうがいいのではないか?」
リフルちゃんが凄く冷静に状況を判断してくれた。
「せるちゃんも勝手に出てこれるようにしてるから……」
「優しいのう」
優しいんじゃなくて、最低限の礼儀だ。
せるちゃんだってこんなにボクに優しく尽くしてくれるんだけど、神様だ。
ボクの事情で縛っているんだ。最低でも自由は保障しないと。
「せるちゃん。っめ!」
「ご馳走様でした」
「なにがー!?」
「うむ。少なくともこの雪女をどうにかせねばならんな」
肩に降りてきたリフルちゃんが凄く綺麗にせるちゃんの頭を脇でロックしていた。
なんていうんだっけあれ。なんかの格闘技だっけ。
あ、せるちゃんが悶えてる。苦手な属性のリフルちゃんに接触されつつ極められてるから大変なんだろうなぁ。
「あはは。ほどほどにねー?」
二人を放っておいて、どっちの道で帰るかを決めないと。
リフルちゃんが言うにはイフリートの肉体を封印した時点でハムちゃんへの呪いは効力が切れたらしい。
つまり今ハムちゃんはあの水源地で寂しく待ってるってことだよね。
よし、早く戻らないと!
「リフルちゃん、早く帰れる道は?」
「雑魚が多いにも関わらず中ボスも待ち構えているぞ」
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇハムちゃん迎えに来てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
『呼びましたか?』
「え?」
「あら」
「おろー?」
思わず叫んだら、空から声が聞こえた。見上げてみれば火口を中心に旋回している巨大な竜がいた。ハムちゃんだ。
呪われていた翼は癒えて、その存在を主張するかのように羽ばたいている。ミニマムの二人が吹き飛びそうになりながら、ボクの肩にしがみついて堪える。
ハムちゃんがゆっくり着地したにも関わらず地面は大きく揺れる。思わず尻餅をついてしまい、ハムちゃんが鼻先を近づける。
『大丈夫ですか?』
「ハムちゃんは大丈夫なの?」
『ええ。ご心配をお掛けしました』
「……よかったぁ~~~~~っ」
両手を大きく広げて、がば、っと鼻先に抱きつく。傷が癒えて万全となったハムちゃん。本当に、よかった。
そのままハムちゃんが頭を勢いよく振り上げる。投げ飛ばされるボクたち。えぇ!?
慌てながらも、落下を始める前にハムちゃんが頭を上げて受け止めてくれた。いつもの定位置にぶつかる形で着地しちゃったけど、どうやらハムちゃんの照れ隠しみたいだ。
いつもならここでちょっとからかうんだけど、竜状態のハムちゃんを怒らせると流石に怖いから黙っておく。
今は、ハムちゃんの完治をとにかく祝おう。
『目的は済みましたか?』
「うん。魔物の確保と、イフリートの封印は。ちょっと移住が出来る環境じゃないってのがボクの見解」
リフルちゃんを膝の上に乗せて、ほっぺをぷにぷに。落下の衝撃で目を回しているリフルちゃんはボクにされるがままだ。
わー。やっぱり気持ちいい。もっかいぷにぷに。ぷにぷに。
『エルル様?』
「あ、うん。なんでもない!」
『その幼女がイフリートですか?』
「うん。イフリートって外殻を纏って戦う神様。リフルちゃん」
『危険性はないんですね?』
「リフルちゃんは優しい子だよ」
『そうですか。エルル様がそう仰られるのでしたら、私から特に言うことはありません』
「ありがとっ。帰ろ?」
『わかりました』
ハムちゃんが羽を広げる。傷の癒えた翼膜が存在を主張する。隅々にまで血管が浮き出て、力強さをボクに見せ付ける。
緩やかな上昇と落下を繰り返しながら、空へと昇っていく。来た時と同じように、ある程度の高度まで上昇してから、移動を開始する。
「エルルー。見て、見てっ」
「え? ……わっ」
驚いているせるちゃんに言われるがままに地上を見下ろしてみて、驚いた。
せるちゃんの力で凍てついた大地。そして、リフルちゃんの力で蘇った大地で、新たな命が芽吹こうとしている。
それも尋常じゃない速度で、だ。渇いた大地にいくつかの湖のような水溜りが出来て、さらに緑が地面を覆い始めている。
「大地が活性化しとるようじゃの。凍てつかされたとはいえ、そも雨など降らん土地に水が来たのじゃ。地面の下で眠っている植物たちが喜ぶのも無理はない」
わかっていたかのように、リフルちゃんが教えてくれる。
そうか、何もこの土地は乾いていただけで全ての生物が死んでいたわけではない。死の大地であったわけじゃない。
そこにせるちゃんの雪と雪を解かすリフルちゃんの炎。二つの力によって強制的に大地の生命力が呼び起こされた。そういう理屈らしい。
確かに来た時より気温が下がっている気がするし。これならかなり過ごし易いだろう。
懸念していた水源も豊富になった。これなら、少し時間はかかるだろうけど移住も可能かもしれない。
「リフルちゃん」
「なんじゃ?」
蘇った大地に嬉しそうな表情を見せるリフルちゃんに、向き合う。
「ここに、人が住むことを許してくれますか?」
「きちんと火山に供物を捧げるのであればよいぞ?」
「ぜ、善処します……」
でもこれで、王様からの三つの依頼は全部こなせたことになる。
移住できるかの調査だったけど、何一つ問題はない。毒が無いことは火山へ移動している間に調べておいたし、問題だった水源と気温の高さについても解消された。
恐らくだが人が住むにあたってかなり好条件の土地となったはず。これなら王様も喜んで追加の報酬をくれるかもしれない。
「……王様、かぁ」
「エルルー。依頼の報告とかは私とハムでやるわよー?」
「……いいの?」
「あんな奴にエルルが会う必要ないからっ!」
キッ、とせるちゃんが王国の方角を向いて睨む。昔の事件から、せるちゃんは王国のことを、今の王様のことを嫌っている。
ボクのために。
そんなせるちゃんを抱き締めて、海を越え始めたボクは遠い昔のことをゆっくりと思い出す。
まだボクが黒の色すら与えられていなかった、お母さんと暮らしていた頃。
魔法学院に通い始めて、隣の席でボクの話にずっと付き合ってくれた友達。
今の王様、ミリアリア・ハイゲイン・ウォルスタン。
「……ミリアちゃんの、ばーか」
あの時からずっと、会ったことも話したことも無い。
だって、ミリアちゃんはボクをこんな危ない旅に行かせて、死ねばいいと思ってるんだから。
あれから一度も、ボクに会ってくれなかった。お手紙だって、返してくれなかった。
一度だけ、最初の一度だけ、返ってきた。ただ一言、殴りつけたような字でバケモノ、って書かれてて。
あれからだよねー。ボクがヒト嫌いになったの。どんなに優しい人でも、心の底は何を考えてるかわからないってわかったから。
「あー。早く帰ってゆっくり寝たーい」
この稼ぎがあれば、この前のギャンブルで得た資産も含めて結構な間ずっと外に出なくてもいい。
ゆっくり寝よう。辛いことも悲しいことも思い出す必要は無い。新しい家族のリフルちゃんと遊んで、せるちゃんと遊んでハムちゃんと遊んで森の中でゆっくり過ごそう。
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