もう暑くない!!
「リフルちゃん、もう出れるの?」
「出よう出ようともがいておったら出れたのじゃ!」
「えらいえらい」
「あふぅ……って違うわ! なんじゃこの姿は!」
「そのまま出ると危ないから魔力制限モード?」
「節約モードのが正しいかしら」
ぴょん、とみにまむモードになったせるちゃんがボクの頭の上に乗っかってくる。
いつも通りの重さを実感して、ちょっと安心。せるちゃんに異常がなくて、本当によかった。
リフルちゃんはボクを見上げる形で氷の上で指を差している。とってもちっちゃくて、人形のようで可愛い。
動けないボクはひょい、と片手でリフルちゃんを抱き上げる。
膝の上に持ってきて、ぷにぷにとほっぺを突く。
……やーらかい。柔らないよっ。極上の弾力だよ!
「はーなーせー!」
「いーやーだー。動けないから回復するまでリフルちゃんで遊ぶー」
少し肌寒いけど、動けないから仕方が無い。しかたないんだ。
はー。リフルちゃん、火の神様だけあってあったかいなー。両手で優しく持ってるだけで、じんわりと熱が身体中に伝わってくる。
これはあれだね。湯たんぽだ。それも自動調節できそうな。
せるちゃんとリフルちゃんを抱き締めて寝たら、凄い快適に眠れそう。今度試そう。
「とういか! というか! この現状どうするのじゃ!?」
「え……あぁ」
「環境壊しちゃったわね」
「気軽に言うけど! ここは妾の楽園じゃったのに! 寒い、寒いではないかっ!」
暗雲が晴れ空から暖かい日差しは差し込んできているものの、すでにこのあたりはリードン火山のエリアとは呼べなくなっていた。
覚醒深化のせるちゃんの影響で降り注いだ雪によって、山も大地も至るところにあった溶岩も凍りついてしまった。
大地の熱を全て奪った。灼熱の大地は極寒の凍土と化してしまっている。
うわー。ここら辺の魔物、生きていけるのかなぁ。
「妾の楽園がぁ……」
「えーと……ごめんね?」
ミニマムリフルちゃんの頭を撫でながら、王様からの任務のことも考える。
人、住めないよねこれじゃ。
結局王様からの依頼は二つしかこなせてない。魔物の捕獲と、リフルちゃんの封印。
充分だとは思うけど、ボクとしてはやっぱりついでにこなせるんだから全部達成してその分だけ稼ぎたかった。
でも、凍土かぁ。
「もういっかい、リフルちゃんの炎で解かしてみる?」
「出来るのか?」
「んー……リフルちゃんが、ボクと契約してくれたら」
神様は、普通の魔物の使役と違い、召喚士と契約をすることによって必要以上の力の行使が出来る。
魔物の大半は封印されれば本能で召喚士の魔力に魅せられ、そのために使役されることを承諾する。
でも神様は封印した程度じゃ意思までは拘束できない。
だから、協力してもらう代わりに普通の魔物よりももっと魔力を与える。神様たちが必要とする以上の魔力を。
そうすると神様は普段以上の力を行使できる。多少の自由は奪われることと引き換えに、召喚士の援護が受けられる。
……まあ、神様からしたら理不尽だと思うけどね。一方的に封印しておいて手伝うなら力をやるとか、ボクだったら絶対に受けない。
「いいぞ」
「やっぱりダメだよね……え、いいの?」
少しも悩まずに、リフルちゃんは答えた。
「この大地を支配する者として、この大地を守ることが一番じゃ。それにエルルは妾に酷いことはしないと、信用できるしのう」
凍らせちゃったけどね。
話してる間に確認したけど、封印されているイフリートの身体は氷漬けのままだ。よくリフルちゃんだけでも出てこれたと思う。
きっと、リフルちゃんが特別なのだろう。イフリートは身体だけで、あの身体を使うのはリフルちゃん。そんな神様もあるだなんて、知らなかった。
伝承とかでイフリートだけが唯一ずっと生き残ってるって伝えられたことがよくわかった。
イフリートは、鎧みたいなものなんだ。そして多分、その力は操るものの力量に応じる。
どう解かそうかなぁ。
「で、どうすればいいのじゃ?」
「あ、手を出して」
「おう」
ミニマムモードとの契約は初めてだけど、やることはハムちゃんやせるちゃんと交わした時と同じ要領だ。
リフルちゃんと、魔力のラインを形成し、繋げる。言うことは容易いが、これが存外難しい。
相手との魔力のラインを形成すること自体は、簡単だ。
でも、繋げるってのはかなり難しい。
何しろ口約束ではない、心と心と繋げる契約なのだ。相手の気持ちすべてを理解できるわけではないが、嘘を付いているとかくらいはわかるようになる。
だから、相手に受け入れてもらえなければ、失敗する。
ボクが魔力を大量に失うだけだから構わないけど。
出された手を、優しく握る。柔らかくて小さすぎる手を壊してしまわないように、優しく、優しく。触れるだけのように、握る。
「ボクは黒の召喚士にして、ヌルへと辿り着いた者なり。炎の神リフルよ、汝我に従い、我が力を得ることを享受するか?」
「受けよう。妾が望みは大地の復興にして楽園の再生。それが果たせれば、妾はそなたに従おう」
リフルちゃんと見つめ合って、少しだけ手に力を込める。
感情が、流れ込んでくる。ボクを受け入れてくれる感情が伝わってくる。せるちゃんに一方的に負けたことを悔しがっている。大地を憂う優しき心を理解できる。
「今此処に契約は成された。汝は我が剣となり、盾となり、我が命運を汝に託す」
「誓おう。妾の爪は主の敵を裂き、妾の体躯は主の手足となろう」
リフルちゃんと、形成されたラインを通って魔力が繋がる。
ボクにもリフルちゃんの熱い魔力が流れ込んでくる。その恩恵からか、せるちゃんに噛み付かれ冷えていた首筋が癒えていく。
……あったかい。
「これでいいのか?」
「うん。でも問題は―――」
「覚醒深化による大地の汚染よ。同じ方法がベタよ」
「……だよね」
「ん?」
「リフルちゃん。ボクの血を、一滴だけ、飲んで」
念を押す。犬歯で親指を少しだけ裂き、精一杯口を空けたリフルちゃんの口元に持っていく。
一滴だけならば、せるちゃんの時ほど破壊の意思に支配されることは無い。
その代わり覚醒深化の時間は十秒も無いだろう。
「……ん」
ちゅう、と小さく吸い付いてくる。すぐに手を離して、リフルちゃんの様子を見る。
魔力が充実していくのがわかる。ボクは咄嗟に、イフリートの肉体の封印を解いた。
「感謝するぞエルル。これなら、可能じゃ」
力強く、リフルちゃんが答える。
氷漬けの肉体へリフルちゃんが消える。すると氷に次々に罅が入り、イフリートは咆哮をあげながら氷から解放された。
大地を踏みしめるその様は力強く、頼もしい。角が再生していく。少しだけ黒く染まっている。
あと、五秒。
イフリートの口腔に魔力が集う。先ほどまでとは段違いの、桁違いの魔力。
思わずせるちゃんが帽子の中に逃げるほどだ。ボクも念のためにバリアを張る。
イフリート・リフルが、笑って。
『業神の侵略』
火山の中心に向けて、ブレスを放つ。
その余波だけでバリアは砕け熱風がボクたちを襲う。でも確信した。
リフルちゃんの覚醒深化が解除される。火山が地響きと共に活動を再開する。
成功だ。これならきっと、凍てついた凍土も解けていく。
ぽん、とイフリートの肉体からリフルちゃんが落ちてきて、受け止めた。
「……やばいのう。これは」
「エルルの血、凄いでしょー。汗とか唾液でも結構魔力とれるのよ」
「ほほう」
「だから私はエルルの汗が欲しい! 私に続きなさい!」
「それは嫌じゃ」
リフルちゃんのほうが常識持ってて今ボク本当に嬉しい!
暑くないんだよ。暑くないんですよ!