リードン火山の洗礼-猛る炎神イフリート
「ふっふっふ。ニンゲンよ。今日は楽しかったのじゃ」
「リフルちゃん……?」
「彼奴の呪いは解いてやろう。じゃが、その前に妾と戯れてもらおうかっ」
「え、え?」
リフルちゃんは、石の上に立っていた。大きな大きな石の上に。
とう、と掛け声と共にリフルちゃんが石の中に潜り込んでいく。実体を持っている筈なのに、するりと溶け込んでいく。
何が起きたかわからないままに、石に罅が入った。
「エルル!」
せるちゃんがボクを庇うように前に出て、冷気のバリアを一気に展開した。
間一髪とはまさにこの事か。
石が中心から爆発し、熱を帯びた破片がボクたちを襲う。せるちゃんのバリアのおかげで傷は無いんだけど、ちょっとだけ予想外の出来事が起きて戸惑ってしまう。
『ぬわーーーーはっはっはぁ! 隠していてすまぬのう。妾こそがこの山の、この大地の神イフリートなのじゃ!!!』
石の中から、三メートルくらいはある巨大な蜥蜴のような二足歩行の魔物が姿を現した。
その頭部にはリフルちゃんと同じような角が天を貫くように伸びており、呼吸のたびに熱を帯びた息が零れている。
細身に見えるけど、感じる。本当に、神様だ。
「……せるちゃん」
リフルちゃんは言った。ハムちゃんの呪いは解くと。その前に戦ってくれと。
せるちゃんがボクの前に立ち、髪をかきなげながら、リフルちゃん―――炎神イフリートを睨む。
「手加減はできないわよ?」
『わっはっはぁ! 雪女なぞすぐに妾が炎で溶かしつくしてくれるわっ!』
神様同士の、戦いが始まる。
+
『ぬぁーっはっはっは!』
「こ、の……!」
わかっては、いたことだ。せるちゃんはイフリート相手に苦戦している。
暑さに弱いせるちゃんにとって悪条件のステージと、属性的に最悪の相性は如何にボクからの魔力供給によって力を増しているせるちゃんでも覆せない。
対するイフリートは余裕の高笑い。そのたびにせるちゃんが悔しそうに舌打ちをしている。
ボクも援護は出来る。でも、黒の力は使ってはいけない。
あれを使えばイフリートの命を奪うことが出来る。でもそれはダメだ。イフリートにはハムちゃんの呪いを解いてもらわないといけないのだから。
だからボクは、せるちゃんを信じてサポートを続ける。
「『完全治癒』、『魔反鏡』、『龍水』っ!」
「『氷塊弾』!」
せるちゃんの火傷を治癒して、迫る炎を全て反射させる。同時に水の魔法をイフリートに向けて放つ。
傷を癒したせるちゃんが氷の塊をいくつも生成して、発射する。
『ブラストブレスッ!』
「っ……あぁ、もう!」
いくら氷弾を連射しても、属性的に有利な水の魔法で攻撃しても、全てイフリートの炎によって解けて蒸発してしまう。
加えていつ噴火するかわからないステージだ。煙はボクの体力を削り、熱気はせるちゃんを余計に消耗させる。
『どうした。つまらぬぞ、退屈ぞエルル!』
「もう、早くハムちゃんを解放して!」
『嫌じゃ! 何しろ久々の戯れじゃ。もっと妾を楽しませろっ!』
繰り出される炎のブレスをかろうじてかわすけど、その度にせるちゃんは必要以上のダメージを負ってしまう。
ダメだ。このままじゃジリ貧だ。どうにかして対策を練らないと。
「『永久の鎖』っ!」
鎖を伸ばす。複雑な軌道を描きながらイフリートを真上から襲う。
一部を拘束できれば。せめて気をそらせれば……!
『無駄じゃ。何度も見たわ』
簡単に払いのけられてしまう。踏み潰され大地に埋め込まれ、鎖が身動きできない。
リフルちゃんのときにずっと見て学習したからか、イフリートには通じない。
どうしよう。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
高笑いするイフリートに、ただただ立ち尽くしてしまう。
「っ……エルル、諦めるわけないでしょうね!?」
「う、うん……でも……!」
「ハムを助けて帰るんでしょう!」
「わかってる。わかってるけど……!」
ハムちゃんを人質に取られているようなものだ。全力が出せれば、この程度ならなんともないのに。
神であるせるちゃんに、ゼロ・ブラックとしてのボクの魔力。二つが重なっている現状、防御に回ればせるちゃんの氷の防御を越えることは容易くない。
後手に回って機会を伺うべきか。だが約束したとはいえイフリートの機嫌を損ねればハムちゃんを解放して貰えない。
約束はした。だが、すぐとは約束されていない。
考えるんだ。思考を止めてはいけない。
「……せるちゃん、右を!」
「右? ……わかったわ!」
ボクの視線に気付いたせるちゃんが頷いて、氷塊弾を生成して撃ち出す。
その数は先ほどより増えて計十八。イフリートの正面に九、イフリートの移動を封じるために右に七つ飛ばす。
残り二つは、足元へ。
『ぬっ!』
鎖を押さえ込んでいる足へ狙いを定めて、氷が直撃する。
温度差によるダメージは微々たるものだが、その衝撃にイフリートが足をズラす。
「せるちゃん、大技!」
「オーケー。大氷石!」
「チェーンよ、砕け!」
気を逸らした一瞬の隙を突いて、せるちゃんがイフリートの真上に巨大な氷塊を作り出す。
重力に従って落下するそれを迎撃しようとブレスを構えたイフリートの目の前で、氷塊をチェーンで砕く。
「ツララ・スコール!」
『ぬ、ぬ、ぬ……!』
息を止めて、イフリートが頭を庇うように両手でガードした。
その仕草に、違和感。頭というより、角を庇うようにも見て取れた。
手に入れた情報を整理する。すぐに思考する。頭ではなく、角を庇ったと仮定する。
何故か。そこが弱点ないし重要な部位だから。
狙うなら、角!
「せるちゃん!!!」
活路が見えた。
せるちゃんがイフリートに向けて大地を蹴る。両手に氷を生成して、せるちゃんの両腕が氷の剣となる。
振り下ろされた爪を片方の剣で受け止める。振り上げられた足をボクがバリアを張って防御する。
距離を詰めたせるちゃんが、剣を振り上げた。
『ガッ……アァァァァァァァァァ!!!!?』
「っ、っ、つぁ……!」
「せるちゃん!?」
せるちゃんの一撃は、イフリートの右角を切り落とした。
だけどそれと同時にイフリートの鋭い爪が、せるちゃんのお腹を貫いて。
苦しみ悶えるイフリートの、魔力が高まる。あらぶる魔力全てが、その口に集中している。
『業火神の裁き』
「―――ッ」
炎がまるでレーザーのように、せるちゃんの左半身を焼失させた。それだけでは物足りぬと、レーザーは地面を壁を貫いて空を裂いた。
せるちゃんの、失われた部位がさらに溶け出していく。
「さ、再生! 早く、早く、早くっ!」
「は、ぁ……っ、える、る……」
せるちゃんに駆け寄って治療を始める。傷が酷すぎて手持ちの完全治癒を使っても治ったところから溶け出していく。
逃げて、とせるちゃんが目で訴えてくる。
ダメだ。せるちゃんを失いたくない。イフリートは激昂している。このままじゃハムちゃんだって助からない。
『我が角をよくも、よくも。手を抜いておれば調子に乗りおって……ニンゲン風情がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
まただ。
また、あれが放たれる。
どうすれば、いい。
生き残るために。
皆で帰るために。
答えは、決まっている。
『業火神の裁き』
せるちゃんを抱き寄せて。
極太のレーザーが、迫る。
ギャグを……ギャグをいれさせてくれ……ウッ