いざ、頂上へ
一つ目の広場の攻略を終えて、通路を歩いている最中に唐突にリフルちゃんが言い出した。
「そういえばさっきからゴブリンやゴーレムをカードに閉じ込めてるようじゃが、どうするんじゃ?」
「ボクのお金になります」
「のじゃ!?」
「正確にはゴブリンや熱石人形を解析研究して、どう使役するか、かなぁ。その後は希望する召喚士に配られたりすると思うよ?」
ボクの予想は概ね間違っていないだろう。封印された魔物は一部は研究に、残りはそのまま召喚士の手に渡り使役される。
それが召喚決闘に使われるか、建築や土木作業といった魔物の人より優れた膂力を期待して使われるかまではわからない。
少しだけ、リフルちゃんが寂しそうな顔をした。そうだよね、皆このエリアに住む友達みたいなものなんだし。
事実を言わないほうがよかったのかな。でも嘘は吐きたくない。
「むむむ……」
「やっぱり友達がいなくなるのは、寂しい?」
「む? 友達じゃないぞ。手下じゃ! 妾の言う事を聞く手足のようなものじゃ!」
「あ、じゃあ解放したほうがいい?」
「ゴブリンは不器用じゃしゴーレムは鈍間で役に立たないから構わないのじゃ!」
思ったより酷い扱いなんだね。けらけらと笑うリフルちゃんは先ほどの表情とは打って変わって楽しそうだった。
リフルちゃんは確かに魔物なんだけど、口ぶりから察するに偉い立場の魔物のようだ。
ゴブリンやゴーレムを手下と即答する辺り、このエリアにも神様を信仰する文化でもあるのかな。
そんでもって、序列階級もある。一番上がイフリートだとしても、それに次ぐ地位か、少なくともその付近の立場なのだろう。
リフルちゃん。そんな立場なのにボクたちを神様のところに案内して大丈夫なのだろうか。
二つ目の広場には待ち構えている魔物は存在せず、リフルちゃんと話しながらのんびりと通り過ぎた。
三つ目の広場に入った。溶岩の海と曲がりくねった細い道をリフルちゃんは軽やかに片足でぴょんぴょん跳ねながら進む。
「ったく熱いわね……」
「せるちゃん、大丈夫?」
「大丈夫よ。それよりも段々と感じるの、わかってるでしょ?」
「……うん」
もう少しで頂上だというのが如実にわかる。天井を越えた向こうから感じる、圧倒的な魔力と存在感。
リードン火山を、この大地を統べる灼熱の王にして神、イフリート。
侵入者を排除するための呪いをこの地に仕掛け、そしてハムちゃんを今苦しめている存在。
何としてでも、呪いを解いてもらわないと。
「……お?」
「なにか、来るね」
「おぉー。炎龍じゃ。強いぞ?」
「うん、大丈夫です」
溶岩の海から顔を出す龍。長い首を伸ばしてボクを睨んでくる。
残念だけどボクはカエルじゃないからひるんだりはしないけど。
というか、龍というかヘビにしか見えないや。手も足もないみたいだし。
「炎を吐くぞ?」
「大丈夫、です!」
炎龍はボクを見るとすぐさま炎を吐いてきた。でも対策はしてある。
袖の下に仕込んでおいたカードの封を解く。ボクの前に瞬時に円形状の透明なバリアが現れて、炎を防ぎ、反射させる。
ちょっと強力な、魔法攻撃を反射する特殊なバリア。物理攻撃も一回なら防いでくれる優秀なバリアだ。
そして消費魔力は先ほどの攻撃用の魔法の半分以下。りーずなぶる!
「『永久の鎖』」
再び炎を吐こうと大口を開けた隙を、見逃さない。
伸びた鎖が全身に、口が開けられないように絡みつく。
うわー、すっごい暴れてる。熱石人形と違って、凄く新鮮……じゃなくて、活きがいい。
大暴れしているが、鎖は余計に絡みつくだけだ。カードから伸びているから、ボクの身体が引っ張られるわけでもない。
「お、こっちに来るぞ?」
「そうだよねボクたちを潰しちゃえばいいとか考えるよねー!?」
「エルル!」
せるちゃんがボクを荷物のように持ち上げて飛んでくれたおかげで、炎龍から離れることが出来た。
炎龍の頭はボクが先ほどまで立っていた場所に直撃し、道を崩してしまう。
「あ、帰り道……」
「大丈夫じゃぞ? ちょっと細かくなるがここ以外にも道はある!」
能天気に笑うリフルちゃんがちょっと羨ましい。
帰り道に違う道を使うということは、それだけ迷う可能性があるのだ。リフルちゃんが案内してくれるならまだしも。
……あれ、今リフルちゃんを封印しておけば解決するんじゃないかなぁ。
「……っ!」
「なんでもないよ?」
「エルル、お前の目つきがいやらしかったぞ!」
「私も向けられたことないのに!?」
「うん、せるちゃんは黙ってて?」
「しょぼん」
「妾は封印なんぞされぬぞ。妾は自由でいたいんじゃー!」
フシャー、と猫のように威嚇してくるリフルちゃんに必死に謝罪を繰り返しながら封印しないことを約束する。
でもなー。リフルちゃん楽しそうだし見てて飽きないんだよねー。小動物みたいで。
意識を失ったのか炎龍の身体から力が抜けている。ちょうどいいから封印しておこう。
四つ目の広場は、溶岩の海の上に架けられた一本の石橋。少し細くて、ちょっと怖い。
歩くペースもさすがに緩まる。焦って落ちてしまっては意味が無い。
待っててね、ハムちゃん。
四つ目の広場を通り抜けようとした時、またも溶岩の海の中から魔物が現れた。
巨大な翼を広げる鳥だ。どうやって溶岩の中にいたんだろう。生物の不思議である。
「焼き鳥、食べたいね」
「なんじゃそれは?」
「酒に合う肴よっ。ハムの快気祝いにちょうどいいわね!」
ボクは飲めないんだけどね。匂いも無理。
でもいいよねー。焼き鳥。ボクはレバー以外の内臓系なら食べれるから、せるちゃんにはレバー中心に食べてもらおう。
油が滴り落ちる焼き鳥を、塩で食べる。お酒が飲めないから、キンキンに冷やした水で流し込む。
うん、考えるだけで涎が出てきそうだ。ハムちゃんの呪いをなんとかして作ってもらおう。ハムちゃんの料理は絶品なのだ。
リフルちゃんが言うには、この巨大な鳥は皮膚に通った特殊な魔力によって炎から身を守り溶岩の中で卵を産む溶岩鳥という種族らしい。
大きいなぁ。卵もリフルちゃんの背丈くらいあるらしい。そしてとても美味しいらしい。リフルちゃんにとってもご馳走のようだ。
そう聞くと、お腹がすいてくる。とりあえず、溶岩鳥も鎖で拘束して封印しておいた。
鎖ちゃんまじ便利ーっ。
ちょっと拍子抜けというか、魔物にそれほどの脅威は感じなかった。
……でもなんだろう。ちょっと違和感はあった。
どれもが、なんだかボクたちを頂上に招くように、少し手加減をされているような。
まあ手加減をされなくても、全部吹き飛ばせるからいいんだけど……。
最後の斜面を登る。出口から光が差し込み、眩しさに思わず手で遮る。
「頂上じゃ!」
リフルちゃんが駆け出す。追いかけるように駆け上り、そして頂上に辿り付く。
とても、とても凄い光景だ。円形の頂上は中心にぽっかり大穴が空いており、覗けば溶岩が音を立てて今にも飛び出してきそうなほど、煮えたぎっている。
噴煙が凄い。洞窟や広場の熱気が子供のように感じるほど、熱い。ここにいるだけで火傷してしまいそうなほどの、熱気だ。
「あれ、リフルちゃんは? あとイフリートは―――」
「エルル、あれ」
せるちゃんが表情を引き締めた。冷や汗をかいてる?
視線の先に、リフルちゃんがいた。不敵な笑みを浮かべながら。