ボク、実は凄いんですよ?
とん、と軽やかに着地したボクに、一斉に敵意が向けられたのを感じた。
ボクを包囲するレッドゴブリンたちの動きは、ボクたちの世界では見られないほど綺麗に統率が取れている。
きっと他のより優秀なレッドゴブリンがいるのだろう。ボクを囲み、プレッシャーでも与えようというのか。
でも残念。レッドゴブリンくらいに怯むボクじゃないですー。
「『天より飛来する雷』と、『闇より現れし棘』」
両手のカードからそれぞれの魔法の封を解く。
左手から放たれた雷が空へと飛び、爆発するかのように落雷が雨のように降り注ぐ。
落雷から逃げ惑うレッドゴブリンたちを、右手から放たれた黒い靄が包み込む。
両手に両足に輪っかのように靄が纏わりつく。何が起きたと必死に外そうとするが靄を力技で剥がせるわけが無い。レッドゴブリンたちの抵抗は靄をかき消すことも出来ず空を切る。
魔力を込める。靄の内側から鋭い棘が飛び出し、レッドゴブリンたちの両手と両足を貫いて転倒させる。
ギィギィと苦しむような感情が声から感じられる。動くための足と襲うための手が使い物にならなければ当然だろう。
「封印術……『大円陣』」
手足の自由を奪われてのたうち回るレッドゴブリンたちの地面に、魔法陣が広がる。正方形を貫くように三角形が浮かび上がる封印のための魔法陣だ。
普段使われている封印術とは違う、ボクが作った、一つのカードに大量の魔物を封印するための封印術。
ボクが扱うわけではないし、王様からの依頼のために昔作ったのを引っ張り出してきた。
発生した魔法陣にレッドゴブリンたちが沈んでいく。叫ぶ固体もいれば諦めて大人しくなる固体もいる。
上から拍手が聞こえてくる。リフルちゃんだ。まだレッドゴブリンたちは残っているけど、今の光景を見てかすぐには襲ってこない。
リフルちゃんに手を振る。ボク、すごいでしょー。
一匹のレッドゴブリンが棍棒を振り上げながら駆け寄ってくる。無茶なのか無謀なのか。
「『永久の鎖』」
後ろへ飛んで、雷を止めた左手から別の魔法を使用する。カードから飛び出す鎖は勢いを残したまま棍棒を弾き飛ばし、足を止めたレッドゴブリンに絡み付いて拘束する。
永久の鎖はボクでさえ全長を知らないほど長い鎖だ。ボクがまだ魔界にいた頃に手に入れた。
ボクが魔力を込めると、それに応えて鎖が意思を持ったかのように動き出す。中空で急に角度を変えて、逃げようとするレッドゴブリンたちを転ばせて一網打尽にする。
あとは五匹。思ったより手応えが無かったなぁ。魔界の野生の魔物だから、人間界よりは強いと思ったんだけど。
ズドン、と地面が縦に揺れる。少し態勢が崩れちゃったけど、レッドゴブリンたちも地震で転んでしまっていた。
溶岩が盛り上がる。せるちゃんの加護で涼しいはずなのに、一瞬で冷気が熱せられ汗が噴出す。
熱せられて赤く発光した石の巨人が、現れた。
ボクのいる足場を挟むように二体、緩慢な動作だがじわじわと近づいてくる。
「……う~ん。流石に効かなそうだなぁ」
「エルルー。私が行こうかー?」
「大丈夫ー」
「お主ら、随分と余裕じゃのう……熱石人形はリードン火山に生息する魔物の中ではかなり手ごわい部類に入るのじゃぞ?」
「あら。でもエルルのほうが強いわ」
「解せぬ……妾よりは背が高いとはいえ、ニンゲンの女子一人でどうにか出来ると思ってるのかえ?」
ボクを見下ろしながら会話する二人の声が聞こえる。ボクに全幅の信頼を置いてくれるせるちゃんと、心配してくれるリフルちゃん。
よーし、たまにはいいとこ、見せちゃおうかな!
今まで取り出しておいたカードを腰のポケットに仕舞い、新たなカードを合計4枚取り出して、魔法を発動する前に魔力を込める。
紫電が走り、ボクの両手の間にカードが浮かぶ。カードたちは間隔を空けて筒状に回転しながら、それぞれ赤、青、緑、茶の魔法陣が浮かびカードがその色に染まる。
「あ」
「ぬ?」
伏せて、とせるちゃんが言いかけたところまでは聞こえた。
でもそれ以上は、何も聞こえない。
―――ボクの中で、イメージする。
イメージすると同時に、思い出してしまうのはいつものこと。
少しだけ慣れた、辛い思い出。
召喚士は、召喚術と封印術を使えるようになって一人前。
偉大なる召喚士は、自らの魔法をカードに込めていつでも使えるようにして初めて名乗れる。
『色の位階』を名乗るのであれば、自らの適正に合った魔法を位階に応じて使いこなさなければならない。
赤なら火。
青なら水。
緑なら風。
茶なら土。
黄なら雷。
金なら光。
紫なら闇。
金属なら銀。
人間なら一色一属性の適正が当たり前。二つの属性すら熟練の魔法使いでなければこなせない。
三つともなればそれは天才と呼ばれる。四つならば禁忌の術に手を出したといわれても過言ではない。
ボクは黒。
全てに適正があるから。だから、黒。
全てを混ぜ合わせられるから、黒。
そんなことが出来る人は、どこにもいないから。数を与える必要が無いけれど、形式上で、ゼロ。
それこそが、ボクがゼロ・ブラックと呼ばれる由縁。
この世全ての魔法を使うことが可能。この世全てを封印することが出来る。それら全てを操れる膨大な魔力を持った、まだ十八の女の子。
「飲み込め灼熱、圧殺せよ濁流。荒れよ暴風砕けよ大地。『黒の狂背者』が宣告する」
カードに封印した四属性の魔法を、混ぜる。ボクにしか出来ない、人外の領域の成せる技。
自然現象を操る魔法を束ねて、ただただ純粋な破壊の力へと昇華させる。
これこそが『黒』の真骨頂。ボクが忌避される力。
「散れ―――『四色練轟』ッ!!!」
突き出すように手を伸ばして、破壊の力が熱石人形の胴体に大穴を空ける。
岩石人形は、食事を必要としない無機物で構成された魔物だ。
傷ついた体躯は新たな岩を取り込み回復する。岩石人形には核が有り、それが残る限りどこまで生きてどこまでも再生できる。
頑強な身体とそこから繰り出されるパワーが売りの魔物だ。
熱石人形は火山エリアの熱を帯びた鉱物で構成されるから、熱への耐性を強めた固体だろう。
でも、関係ない。
ボクの放った破壊の魔法は一撃で熱石人形の核を貫き消失させたようで、意思を失い崩れていく。
もう一体がボクを捕まえようと手を伸ばしてくる。
思ったより早い。でも、そのくらいの速度だったらボクは簡単に逃れられる。
「『二色放散』っ!」
カード魔法を使うまでも無い。右手の中に作った水の魔法と、左手の中で作った土の魔法を重ねて合わせる。
出来上がるのは昇華され純粋なエネルギー結晶となった魔力の球体。
ボクはそれを、熱石人形の手の平にぶつけた。
ボクに向かって伸ばされた手が、爆発する。僅かの間に片手を失った熱石人形が混乱する。
間髪いれずに鎖を伸ばして全身に絡ませる。大円陣を同時に展開させて、熱石人形の巨体がゆっくりと沈んでいく。
鎖を引きちぎろうと力を込めている。でもだーめ。それはエリアを支配する神様だって身動きできなくなる鎖なんだから。
「私もあれに縛られたことあるのよねぇ。まだ五歳のエルルにやられたわ」
「痛かったか?」
「むしろ喜べなかったあの時の私を殺したいわ。ご褒美じゃないの」
あー。聞こえなーい。聞こえませーん。ボク知らないー。
せるちゃんを何か暴走させないと一話が終わらせられない病気にかかりました。早くミリアリア再登場させてぶつけないと……!