リードン火山を進め!
『私は此処から動くことが出来ません。エルル様、お気をつけて』
本当は誰よりも苦しいはずなのに、平静を装ってハムちゃんはボクたちを送り出してくれた。
歩き続けて三時間は経過しただろうか。ボクたちはようやくリードン火山の内部へ通じる洞窟へとたどり着いた。
滴る汗が、環境の劣悪さを物語る。せるちゃんは本当に辛そうだ。
リフルちゃんは元気にはしゃいでいる。この環境で暮らしている恩恵だろう。
洞窟を進む。先頭を進むリフルちゃんと、ボクを守るようにせるちゃんが前を歩いてくれる。
登り傾斜ばかりの洞窟は確実にボクの体力を奪っていく。流れ続ける汗と共に身体中から水分が失われていくのがわかる。
喉が、渇いた。
「……あっつい」
「エルル、ちょっと待ってて」
思わず出たボクの言葉に、せるちゃんがボクたちの周囲を冷気で冷やしてくれる。
心地良い気温にすー、と汗が引いていく。カードの封印を解いて、皮の水筒を取り出す。
一気に傾けて、口の中に冷え切った水が流れ込んでくる。渇いていたボクの身体はようやく来た水分に歓喜の声を上げる。
半分以上を飲み干して、大きく息を吐く。冷たすぎる水に少し頭が痛むけど、水分を取らなければ死んでしまう。
「はい、せるちゃん」
残っていた分をせるちゃんに渡す。此処からどれくらいかかるかわからない以上、ある程度は節約したほうがいい。
せるちゃんが目をパチクリさせながら受け取る。水筒を見つめて、ボクの顔を見る。一体どうしたんだろう。
「いいの?」
「水分取らないと危ないよ?」
「……いいの?」
「せるちゃん、暑いの苦手なのに無茶しちゃだめだよ?」
「飲んで、いいの?」
「いいよ?」
「か・ん・せ・つ・き・す!!!」
「ぴゃあっ!?」
「美味しいおいしい水美味しいエルルの美味しい水水うまー!!!」
凄く晴れやかな笑顔を見せてせるちゃんが水筒に吸い付いた。勢い良く水を吸い出すが、何処からどう見てもボクが口をつけた部分を舐めている。うん、気持ち悪い。
気持ち悪いし、なんかすっごく恥ずかしい。せるちゃんをぽかぽかと殴るけど、無理はさせたくないし怪我もさせたくないから力が込められない。
「っしゃあ気力全開よっ! イフリートでもなんでも凍らせてやるわ!!!」
「凄いんだけどボクとしては複雑すぎるよ!?」
「ニンゲンは大変じゃのう」
「いやせるちゃんがおかしいだけで、ね?」
リフルちゃんは笑いながらマグマ溜まりのすぐ横を軽やかに歩いている。履いている草鞋は燃えたりしないのかなぁ。
慣れているんだろう。すいすいと進んでいくリフルちゃんを追いかける形となる。
まだかー、とボクたちを急かすリフルちゃんの声。
洞窟といっても天井はとても高い開けた空間である。
開けた空間とやや窮屈に感じる通路、といった構造のリードン火山。
開けた空間には、溶岩が水溜まりのように溜まっている。
窮屈な通路は、ちょっと頑張ってジャンプすればボクでも届いてしまいそうなほど、天井が低い。
……この辺り、移住なんて出来そうにないよね。
本来の目的を思い出すが、不可能と判断する。
火山付近の地上の光景を思い出す。蔓延る岩石人形たちと、姿を見せなかったけど暑さに耐性を持った魔物もいるだろう。
人が住むには暑すぎるし水源も少ない。誰でも利用できる休憩地点などを作ることなら可能だろうけど、無人じゃないと厳しそうだ。
呪いの事もある。よりにもよってエリアに入ってきた侵入者に治癒を拒絶する呪いだ。
これを解決しない限り、このリードン火山周辺への移住は絶望的と見ていいだろう。
「のうエルルっ。お前は何処から来たんじゃ?」
「北から?」
「北の山か?」
「海の向こうだよ」
「海の向こうにはニンゲンが住んでるのか!?」
「え、と……まあね?」
正確には海を越えて大陸を越えて海を越えないといけないんだけど。と説明してもリフルちゃんは頭にはてなマークを浮かべていた。
少しの会話で、リフルちゃんにとっての世界はこのリードン火山を中心としたこのエリアだけのようで、外の世界のことを信じてもらえるのだろうか。
人間を知っている、ということはそれなりに高度な文明がこのエリアにあるって証明だけど、とてもじゃないが生物が生きていく環境とは思えない。
水源が少ないし、食料も少ない。食事を必要とする魔物の数は少ないのだろうか。
でも彼女の衣服を造る技術もあるし、謎は深まるばかりだ。
開けた空間を通って、また狭い通路を進む。
間欠泉のように湧く水蒸気に直接当たらないように細心の注意を払いながら、延々と坂道を登っていく。
筋肉痛になりませんよーに。
「あと四つほどこういう広場を抜ければ山頂じゃ」
「……え~。まだなの……?」
「これでも近道じゃ!」
リフルちゃんには感謝している。確かに彼女の道案内が無ければもっと迷っていただろう。
開けた空間に出るたびに幾つかの通路が見えて、悩む僕たちを先導してくれた。
いい子だとは思うんだけど、疑問が浮かぶ。
どうしてリフルちゃんは、ボクたちを手伝ってくれるんだろう。
ニンゲンが珍しい。そんな些細な理由だけでいいのだろうか。
縄張りを侵した存在を呪う、なんてことまでする存在だ。絶対に戦闘になるだろう。
リフルちゃんには何か思惑があるのだろうか。嘘を吐かれている感覚は無い。何かを隠している、気はするけど。
せるちゃんで、大丈夫なのだろうか。
せるちゃんの力に期待していないわけではない。ハムちゃんと並ぶ、魔界の一部のエリアを支配できる力を持った神格を持っている精霊だ。
その実力に嘘はない。でも、相手はこのエリアを支配する神であり、属性の相性的にもせるちゃんは分が悪い。
不安はあるけれど、進むしかない。
ハムちゃんと、ボクのお金のために。
リフルちゃんの話から、まず一つ目の広場に出た。
「うわ」
「よくもまあ」
「っふっふっふ。ニンゲンよ、ガンバルのじゃ!」
目の前の光景に思わず萎えてしまったボクと、呆れるせるちゃん。面白そうにボクを煽るリフルちゃん。
一つ目の広場は、二つほどの段差を降りたところが円形状に広がっている。
通路は出口と入り口だけ。わかり易い構造だ。
でも、広場の中心には、沢山の魔物がいた。
赤い肌に赤い角、つい最近物取りのお兄さんが使役していた、小鬼だ。
ギーギーギーって喚いている。ちょっと不快。広場の半分を埋め尽くしているんじゃないかと思うくらい、沢山いる。
レッドゴブリンたちがボクたちを見つけるが、身長の低いレッドゴブリンたちでは段差を乗り越えることが出来ない。
下でボクたちを見上げながら必死に棍棒を振り回している。ちょっと滑稽だ。
「エルル、私がやろうか」
「いいよ。ボクがやるよ」
せるちゃんにはイフリートとの戦いのために力を温存してもらわないと。
痛む足を叱咤して、段差を飛び降りる。……痛い。
あと一つの段差を降りれば、レッドゴブリンたちが一斉にボクに襲い掛かるだろう。
袖からカードを取り出して、片手に四枚ずつ。計八枚のカードを用意して。
タン、と段差を蹴り広場へ着地した。
レッドゴブリンたちの無数の眼が、ボクを捉えた。