のじゃロリ呪い
唯一の水源目掛けて着陸する。ハムちゃんの苦痛の声に気付いた。
何かを我慢しているのか、でもハムちゃんは答えてくれない。
異常が起きてしまったのかとあたりを見渡して、気付いてしまった。
ハムちゃんの雄々しい翼の一部が、抉れている。酷い出血はしていないようだけど、これでは浮力を維持することもままならない。
「せるちゃん!」
「わかったわ!」
咄嗟にせるちゃんが失われた部位に氷を生み出す。ボクは魔力を注ぎ込み、肉体の再生に注力する。
……うぅ。魔力は充分にあるんだけど、時間が足りない。再生は少しずつ始まってはいるけど、どんどん高度が下がってきている。
ハムちゃんが姿勢を崩す。かけたことによって崩れたバランスはそう易々と戻せない。
「しょうが……ないわねっ!!!」
「せるちゃん!?」
あろうことか地上に激突してしまう寸前に、せるちゃんが飛び降りた。その手に集った氷結の力が大地を一瞬の内に凍らせて、ハムちゃんは氷上を滑走する形で激突を免れた。
爪を突き立て、減速する。強烈な横揺れに思わず投げ出されてしまいそうになるが、空間固定の魔法のおかげでボクの体勢は安定したままだ。
氷を削って、かろうじて停止することが出来た。頭から飛び降りて、うめき声を上げるハムちゃんの左翼に近づいた。
「……これ」
「私の氷が解かされてるわね」
どうして、と思うより早く身体が動いた。取り出したいくつものカードを患部目掛けて掲げる。
祈りの言葉はカードに封じた魔法を発現させる。簡易的で使い捨てな治癒魔法。
緑色の光が抉れた翼を徐々に再生させていく。完全に抉れた箇所が再生されるまで、四枚もの治癒カードを使った。
一つだけでも生死の境を彷徨う人間程度なら治してしまう治癒の魔法を、此処まで使うなんて。
接触は無かったはずなのに。衝撃も何も無かったはずなのに。患部を摩って傷を負ってしまったハムちゃんを労わる。
でも、止まらなかった。
「嘘。え、ちょ!?」
『っぐ、ぁ……!』
痛みを堪えるハムちゃんの悲痛なうめき声。抉れた傷口が、完全に塞がったはずなのに。
傷口が広がっていく。慌てて治癒魔法を重ね掛けしようとして、止められた。
『だい、じょうぶです……! それは、エルル様自身が使うべきです……っ』
「そ、そんなこと言ってられないよ!?」
『無駄に、なってしまう……』
「こんな時くらいケチらなくていいのっ!」
効力を失ったカードを投げ捨てる。でも治した傍から傷が広がっていく。
せるちゃんの氷ですら解かしてしまう炎の傷は、ボクに一つの推察をさせる。
「呪い? でも、あんな触れてもいないのに?」
「……まさか」
せるちゃんが腕が生えていた方角を睨む。ボクもなんとなくだけど察した。
ボクたちを拒む声。あれがきっと呪いのトリガー。
あれを聞いて、あの腕を避けた。それで呪いは発動する。
きっと対象は一人。限定的だけど厄介すぎる呪い。
ハムちゃんには申し訳ないけれど、一旦治癒魔法を止める。
……やっぱりだ。
傷が、最初の頃より広がらない。少し違う。緩やかにだが傷口は広がっていっている。傷口からハムちゃんの翼が焼かれていく。
治癒魔法で治して傷を防ぐより痛みはないようで、それを告げるとハムちゃんも治癒を止めるように言ってくる。
でも、酷い傷に代わりは無い。
痛みを堪えているハムちゃんを見ているだけで胸が痛む。どうすれば、治せるのだろうか。
様々な魔法に長けているボクでも、呪いは専門外だ。呪いに精通しているのは、独学で学んだという紫水晶くらいだ。
魔法とは術式の系統も何もかもが違う。
共通する点は多いのだが、術式の途中で必ず邪魔なプロセスが入っている。
普通の魔法使いには邪魔でうっとおしくて集中を削がれるほどの不愉快な工程だ。
呪いは、嫌がらせのために存在するのだから。
それほどこの火山への進入を拒むのだろうか。この呪いを掛けた術者は。
でもここは魔界だ。ましてやここら辺に人が住んでいる地域は空から見た感じ、存在しなかった。
『エルル様』
「っ、あ、ごめん黙り込んじゃって! 痛い? 辛くない?」
『大丈夫です。動かなければそこまで……』
「本当に? 大丈夫?」
ハムちゃんの鼻先を撫でる。人の身体に戻したいんだけど、傷ついた部分が部分なだけに、人の身体になったときに何処に影響が出るか分からない。
大きな揺れに、思わず転んでしまう。せるちゃんはずーっと火山を睨んでいる。何かあるのだろうか。
うぅ。痛い。とにかく立ち上がらないと。
「お主、ニンゲンか?」
「ひゃわっ!?」
いつ、いつの間に!?
転んで立ち上がろうとしたボクの目の前に、興味ありげにくりくりした目を向ける女の子がいた。
大きな蝶々のようなリボンで纏められた赤い髪と、ルビーのような綺麗な瞳。そして耳元辺りから空を刺す様に伸びている角。
装いも目立つ。絹のような素材で出来たわふく……和服だっけ。ボクが住んでいる王国から離れた地域にあるって聞いたことがある、和服、というものを着ていた。
誰だろう。この子。見た感じは魔物みたいだけど。
「お主、ニンゲンじゃろう?」
訝しげな視線を向けてくる。答えないボクを怪しんでいる。
知らない存在と話すのは、やっぱり慣れない。
「は、はい。そう……です」
歯切れが悪くなってしまう。不快にさせてないか心配してしまう。
「おぉー! ニンゲンがここに来るなんてないからのう! 新鮮じゃ!」
「は、はぁ……」
見れば見るほど人の姿なのに、頭の角で魔物だと再認識する。
こういう喋り方って、なんていうんだっけ。見た目が小さいってのも交えて……のじゃロリ、って言うんだっけ。
のじゃロリちゃんはボクに興味津々なのか、ボクの周りをぐるぐると回っている。なんかの儀式ですか。
「ちょっと。私のエルルに寄るんじゃないわよ」
ひょい、とのじゃロリちゃんを軽々持ち上げるせるちゃん。後ろ襟を掴んで、まるでのじゃロリちゃんを小動物のように扱っている。
「はーなーせー! お主も燃やすぞー!?」
「……も?」
「も?」
「?」
もしか、して。
「君が、ハムちゃんに呪いをかけたの?」
「……っふっふっふ」
「早く治しなさいっ!」
「あいだーっ!?」
不敵に笑い出したのじゃロリちゃんを、空いていた手で思いっきり殴った。グーで。
痛みを訴えるのじゃロリちゃんに、お願いする。
魔法とかの持続する効果だったら発動させた術者が意識を失ったり命を落とせば切れたりするんだけど、呪いは逆に強まる可能性のほうが高い。
だから、お願いするしかない。
「お願い。ハムちゃんを助けて……」
「ふん。妾では不可能よ」
まだせるちゃんに捕まったままののじゃロリちゃんは、頬を膨らませて降ろせ、と抗議してくる。
出てきた言葉は、ボクたちの予想と違った言葉。
「その呪いはわ……この山の、この地の神が仕掛けた侵略者を排除する呪いじゃ」
ばたばたと手足を振って、せるちゃんから逃れた。立ち上がり埃を掃い、リードン火山を指差した。
「呪いを解きたくば火山の頂上に眠りし神、イフリートに交渉するほかないのじゃ」
そこまで遠い距離ではない。でもそれなりに距離がある。
でも、行くしかない。今のハムちゃんは飛ぶことさえままならない。
助けなきゃ。なんとしても。大事な家族を。
「ふふん。道案内はこのリフルがしてやろうではないかっ。今日はニンゲンなんて珍しいものを見れて気分がいいのじゃ!」
意気込むボクとせるちゃんに、のじゃロリことリフルちゃんが無い胸を逸らして買って出てくれる。
嬉しいんだけど、危ないんじゃないの?
のじゃロリですよ! のじゃロリ!←