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コミュ障エルルの召喚魔法  作者: Abel
第三章 家族の絆と向こう側のボク
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父親と、もう一人の娘



 光すら飲み込まんとする漆黒によって形成された鎌が私の命を刈り取らんと迫る。

 それを阻むのは、光すら飲み込まんとする漆黒によって形成された二振りの剣。

 ぶつかりあった鎌と双剣はぶつかった瞬間に形を維持できなくなって崩壊する。

 お互いに距離を取って、手の平に漆黒の球体を浮かばせる。

 黒の力同士の激突は、どちらも破壊されるという結論が出た。


「……邪魔をしないでほしい。私はハデス様のところへ行かねばならん」


 とても凛々しく、聡明な男性だと言動から伺える。ユーゴやハムも男性としては魅力的だけど、目の前の人は群を抜いている。

 美しいとさえ感じる。テューホーン・アワリティア。

 私の――エルルの父親。そして、実質的に冥界を指導し動かしている存在とも言える。


「あはっ。だからこそ、だよ? 私には私の目的があって、貴方と対峙しているの」


「……本当に、瓜二つだ。けれど中身はまったく違うようだな」


「そうだよ? それでも私は、エルルの半身だけど、ね!」


 お母さんと過ごした記憶も、ハムやセルとの出会いも、最初の冒険も、ユーゴとの出会いも、全部ぜーんぶ、エルルとしてだけど覚えている。

 クルルとしてこの世界で生きることが出来るようになってからの思い出も、色褪せず失われることがない。

 学院に通ったこと。友達が出来たこと。初歩の初歩でも黒の力以外の魔法がちゃんと使えるようになったこと。

 私が私でいられること。

 それら全てが今の私を構成している。クルル=ハデス=ナナクスロイをこの世界に確立している。

 エルルとの家族愛も、ユーゴへの憧れも全部愛しいものだ。

 エルルを取り戻したい気持ちは人一倍強いし、ユーゴとエルルが戦うのも止めたいと思っている。

 でも、あれは必要だから。なんとなくだけど、エルルにはユーゴじゃないと言葉が届かない。

 半身である私の言葉すら、エルルには届かない。二つに分かれた時点で、私はエルルであってエルルじゃないから。

 エルルの心を理解することは出来るけど、私にはきっと心の底から共感することなんて出来ない。

 だって私は、思った以上に貪欲で博愛だから。

 誰か一人を求めて愛することなんて、出来そうにない。全部、大好きだから。


「……だからお前は、エルルを取り戻しにきたのか?」


「あーうん。そこはちょっと訂正したいかな?」


「……なに?」


 私の言い分に、初めてテューホーン(お父さん)の表情が変わった。

 それもそうだ。私たちの目的はエルルの奪還。相手からしてみれば取り戻した神を奪おうとする狼藉者。

 三つの防衛線を力ずくで突破して、ハムに至ってはこの城に激突する形で突入してるし。そりゃ目的なんて一つだと思われるに決まっている。

 もっとも、エルルを第一にしていないのは私だけだろう。

 ハムはテューホーン(お父さん)へのリベンジも考えていたはずだけど、譲ってもらった。

 私の目的は、お父さんと話をすることだ。

 確かめたいことがあるから。


「私の目的は二つ。貴方に聞きたいことと、お願いがあるから」


「私に、だと?」


「うん。貴方じゃないと……テューホーン・アワリティアじゃないと、ダメ」


 ……柄にもなく、緊張してきた。確かめたいことはまだいい。予想通りの答えを吐かれても受け止められる自信はある。自信というか最初から諦めているというか。

 でももう一つは、正直聞くのが怖いくらい。

 テューホーンが構えを解く。取り戻すことが目的ではないという言い分を信じてくれたのか、話だけでも聞いてくれるスタンスなのか。

 もしくは、だまし討ちされても返り討ちに出来る自信があるから。

 多分そうだろうね。城の中から感じる魔力の中でも、エルルとユーゴについで厄介な感じがするのがテューホーンだから。


「貴方は、エルルをどう思っているの」


「何が言いたい?」


「そのままだよ。貴方の子供として、エルルはどう見える?」


 相手が構えを解いたからといって、私が解くわけにはいかない。相手はそれだけの実力者であり、黒の力が通用しない以上私に勝ち目はないからだ。

 構えを解いていても、どこにも付け入る隙を感じさせない。むしろ踏み込まれるのを待ち望んでいるかのような雰囲気だ。

 私の問いに、少しも悩む素振りも見せずに答えが返ってきた。


「愛らしさも可憐さも、才能も全てが完璧だよ。体術は苦手そうだが、得手不得手を考えれば取るに足らないほど、魔法の才に溢れている。幼い頃の妻にそっくりだと思わせる容姿は贔屓目を抜いても華やかだ。彼女の父親であることを誇りに思えるほどに」


 ……思った以上に饒舌で、言葉が出てこない。

 これだけの言葉がすらすら出てくるのは、まごう事なき本心だからだ。そこでイメージがぶれる。私以外の皆は、彼をハデスを妄信する者だと考えている。

 私も少なからずそう思っていた。この問いかけも、「ハデスの器として優秀だった」とか言われると思っていた。

 けれど彼の口からは一切その単語は出てこなかった。


「……ハデスの器として優秀だとか、言わないんだね」


「……そうだ、な」


 ハッとした表情をされる。少なくともグランドフォートで出会ったときのテューホーンとは、明らかに何かが違う。

 崩壊した城の一室で、テューホーンが瓦礫に腰掛ける。懐から何かを取り出し、咥える。煙草だ。

 指先から炎が出て、火が灯される。大きな深呼吸の後に、紫煙が吐き出される。


「我が子が優秀であることを誇りに思っていた。愛する妻との愛の結晶が信仰する神の器となれたことに歓喜もした。ハデス様が記憶を取り戻し私たちを導いてくれると言ってくださった時、心が震えた」


 煙草をもみ消し、忌々しげに捨てる。


「……ハデス様がエルルの記憶も得ていると告げた時、頭の中がまっ白になった。感謝していると言われた。赦すと言われた。その時初めて――私は、後悔した」


 それは今まで隠し続けていた男の感情の爆発だった。涙を流すわけではない。けれど、彼は確かに泣いていた。気付いて初めて、心で泣いた。


「あの子に愛情も注がず、ケーラを守ることもせず、そしてあの子の日常を破壊した。……父親失格だよ」


 盲進してきた男の、きっと最初の後悔なのだろう。

 テューホーンは立ち上がると、視線を外に向ける。視線の先には半壊した城の中心が見える。

 感じる。あそこでユーゴとエルルが戦っているのを。エルルの魔力は以前と何も変わっていない。

 語られてついつい聞き忘れてしまったけど、やっぱりエルルはエルルだった。自分を見失っていなかった。

 ……だったらそれこそ、ユーゴじゃないとダメ。


「それでも私は、アワリティアの当主としての務めを果たす」


 私に振り向いたテューホーンが、魔力を高める。空に向けて掲げられた右腕に魔力が集う。


「長い研究の末に導き出した、私だけが扱うことの出来るこの魔法こそ、私の長年の信念の結晶だ。少女よ、お前に私の覚悟と後悔を受け止める信念はあるか?」


 無ければ去れ、と続けてくる。

 ……その問いは、愚問でしかない。


「私の目的のもう一つ。貴方へのお願い。……それは、貴方に、私を認めてもらいたいこと。貴方の娘でありたいこと」


「……っふ」


「あはっ」


 言葉は必要なかった。微笑んでくれたお父さんの表情を見て、全部を理解する。

 なら、やるべきことは一つ。


 黒の力を全開にする。ここで倒れてしまっても構わない。あの攻撃を受け止めきらないと、どっちみち破壊が広範囲すぎてなにもかもが道連れにさせる。

 感覚的にだけど理解する。今から放たれるのは、黒の力が混ぜられた力だ。それもそう単純なものではない。

 お父さんが断言しているのだ。神に勝っていると。


「いくぞ、クルル」


「うん、来て。お父さん」


「――『我が祖先は此処に在り(シン)』」


 単純明快で、魔法に関わった人なら一度は考えたことがある。でも、誰もやろうとしなかった。

 だってそれは本当に、神を超えた魔法である。神が許さぬ外法である。

 掲げられた手から、漆黒が空に昇って、消える。

 瞬間、世界が震えた。地震と共に空が割れる(・・・・・)


 ――失われていた片翼が、顕現する。


 気配が変わる。変わったんだ。テューホーンではない誰かに。


「死者の召喚……」


「――嗚呼。おはよう」


 目覚めの言葉と共に、目にも止まらぬほどの速さで拳が突き出された。

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