父への告白
兜を被り、姿を偽り甲冑を身に包んだテレサとティオ、そしてテュポンが玉座に座るボクの前に跪く。
玉座の間は城内とは違い、静寂に保たれている。兵士もメイドも、誰も入れないようにしている。
「来たみたいだね。星見より、ちょっと早くなるかな?」
現状の確認をしてもらう。
皇帝竜バハムート。報告によれば、かろうじて生き残ったファフニールの力と融合した、ボクと並ぶ原初の神へと至った。
ハムちゃんは、何を考えてバレるように真っ直ぐ此処を目指しているんだろう。聡明な彼らしくない。
バハムートの頭部に待機している四つの影も確認された。クルルとリフルちゃん、せるちゃん。そして……第一位の誰かか、ミリアちゃん。
思った以上に戦力が少ない。ミリアちゃんやユーゴだとしても、ハムちゃんを含めて五人でこの冥界に乗り込むなんて、無謀だ。
今までの冒険のように文明を持っていても文化レベルが低いわけじゃない。この大陸は王国以上の文化を築いている。
――だからこそ、少数精鋭なのかもね。
「この城は大陸の最東端にあるため、バハムートの航続距離を考え、既に他の氏族たちには迎撃のために出撃させました」
「うん、ありがとうテュポン」
ボクの予測だけど、氏族たちじゃ止められない。出なければ星見に現れるはずが無い。
彼らは多少を犠牲を払っても此処へたどり着くだろう。誰でもいいから、一人だけでも、ボクに会おうとするはずだ。
誰が来るかな。ハムちゃんは目立ちすぎるだろうから、せるちゃんかな。
ボクの望みを叶えてくれるというのなら、リフルちゃんは外される。彼女とボクはそこまで深い繋がりはない。
家族だが、年季が違う。積み上げてきた思い出が違う。
せるちゃんか、クルル。もしくはまだ確認できていないもう一人。
出来ればクルルがいいなぁ。ちゃんと話して、一部だけでいいから黒の力をもらっておきたいし。
あれは冥王ハデスの力だ。テュポンはかつて貸し与えた力を継承して自分のモノにしたらしい。
そもそもテュポンから黒の力を回収することも出来る。でもそれは最後の手段でいいだろう。
テュポンの強さを支えているのは黒の力に他ならない。黒の力の脅威を知っていればいるほど、誰もテュポンと戦おうとしない。
テレサとテュポン。恐らくこの二人が此方の最高戦力だ。単騎で百以上の敵と戦える存在だ。
ティオの実力を疑っているわけではない。スペルビアに次ぐ天賦の才は、五つの属性までを同時に操れる。
第一位と互角以上に戦える――会ったことのない他の当主たちもそうだろう。
テッラエの後継者は間に合わない。だから、ボクを守るのは迎撃のための三人の氏族と、この城にいるテュポンとティオ、そしてテレサだ。
「彼らの狙いはボクだろうね」
「……恐らくは」
「テューホーン・アワリティア。君に話しておかなければならないことがある。ティオもテレサも聞いていてほしい」
跪いたまま頭を下げられる。未だに慣れない彼らからの敬愛は、どことなくむず痒い。
「立って」
玉座から立ち上がり、テュポンに声を掛けて立ち上がらせる。
テュポンの琥珀と深紅の双眸が、ボクを見つめる。ボクは見上げる形でテュポンの目の前に移動する。
……心臓が痛む。脈打つ鼓動が早まる。彼は、ボクがエルルであるという真実を、どう受け止めるのだろう。
「ボクには、エルルとしての記憶もあるんだよ。お父さん」
「―――!」
テュポンの表情が凍りついた。
「お父さんがどんな思いをしてきたか。お母さんがどんな気持ちでボクを連れ出したか。色々聞きたいことも話したいこともある。ボクがわかっているのは、お母さんもお父さんも、ボクを愛してくれた。でも、お母さんはもういない。お父さんはボクをハデスとして求めている。だからもう、誰もボクに家族としての愛を注いでくれない」
「そ、それ、は――」
戸惑いの声だ。冷静沈着だったテュポンだとは思えない。表情に動揺が走っている。それを見られただけで、告白して正解だったのかもしれない。
笑って、誤魔化す。
「ごめんねテュポン。ティオの魔法程度じゃ原初の神には通用しない」
黙っていたことを糾弾されると思ったティオが目を逸らす。同様にテレサも。
テュポンの表情が次々に変わる。百面相だ。見ていて面白いくらいに。
こんなテュポンは見たことが無い。表情に、同様と、戸惑いと、後悔が感じられた。
「わ、私は――」
「いいんだよテュポン。ボクは怒ってない。ハデスを迎えたかった君の思いも、ボクを守りたかったお母さんの気持ちも、なんとなく理解はしているから」
「……」
下唇を噛んでいる。何かを訴えるような表情だ。でもそこに、エルルを利用しようとしたとか、ハデスの力を自分のものにしたいとか――そんな邪な感情は感じなかった。
心の底からお母さんを愛した。そんなお母さんとの愛情の結晶であるボクの生誕を喜んだ。ずっと待ち続けたハデスを自分の代で迎えられることに歓喜した。
娘を犠牲にしなければならない感情は、どれほどだったのだろう。それはテュポン自身にしかわからない。
「お父さん。ボクはお父さんに感謝しています。だからこそボクは家族である皆と出会えた。王国で大切な人たちと会えた。結果としてまたお父さんと再会できた。ティオもテレサも良くしてくれる。エルルは、貴方を恨んでません。ハデスとして、貴方を許します。だからこれからも、ボクに忠誠を」
「……はい」
感情の吐露を堪えているのだろう。声を振り絞って、再び跪いた。
全部が終わったら、話をしよう。多分ボクが想像した通りだろうけど、きちんとお父さんの口から聞きたい。
謝罪を求めているわけではない。ただ、お母さんの最期を話したいんだ。
お母さんは何があっても、お父さんへの恨み言を何一つ言わなかった。ボクが泣きじゃくってお父さんを非難しても優しく諭してくれたことを。
そのままテュポンたちを置いて玉座の間を後にする。慌てて追いかけてきたテレサは、声をかけずらいのか黙ってくれている。
「告げてしまうとは、思いませんでした」
「そう?」
「戦いの前にいらぬ不安を与えてしまうのではないかと……」
「大丈夫。テュポンはこの程度じゃ崩れない」
ほぼ一ヶ月の間毎日顔を合わせ話したのだ。彼の人となりくらい把握している。
彼は非常に合理的な性格をしている。感情に左右されて調子を崩すことなどないだろう。
家族への愛情と、氏族の当主として、氏族たちを纏める長として判断したのだろう。
エルルを取るか、ハデスを取るか。
家族としての愛情よりも、テュポンは冥界の未来を憂いてハデスを選んだ。
その選択は間違ってはいない。間違ってはいないが、間違っている。
でも、誰も責められない。お母さんを誰よりも愛していたと知っているから。
辛い思いも苦しい思いも全部背負ってきたのだろう。だからハデスが、それを認めてあげないと。
「……エルル・ハデス様」
「あは。それいーね。ハムちゃんたち来たらそう名乗ろうかな?」
「ご安心ください。星見の結果など全て外れます。オレが……エールプティオー・イラが、全てを退けます。アナタの盾として、剣としてっ!」
「うん。期待しているよ、テレサ」