エールの正体
あふれ出る魔力を押し留め、暴力的な加速をもってエールの懐に飛び込み片手剣を振り上げる。
さすがはエールだ。戸惑い一瞬だけど反応が遅れたみたいだけどきっちり防いだ。
筋力自慢のエールの大剣を受け止める形となる。上から振り下ろされる形となり、さすがにボクが不利になる。
「もっと、爆発しろ」
魔力をさらに放出する。暴風のように荒れ狂う魔力がボクの身体を突き動かす。
「無……茶苦茶ですね!」
振り上げていたボクがそのまま彼を突き飛ばす形となる。
そのまま床を蹴り、魔力を放出する。さらに、さらに、さらにっ。
姿勢を低くして滑空する。一歩を踏み込んで、横薙ぎに一閃する。
「むぅ。固い」
鎧だけを綺麗に断つつもりだったんだけど、思いのほか上手くいかない。
一閃によって胸元に傷は付いたけど、鎧の下までは届かなかった。
踏み込みが甘いのかなー。魔力は充分に込めたんだけど。
「っとと」
着地した右足をそのまま軸にして、魔力で強引に身体を逸らす。意趣返しとばかりに、ボクの上半身があった場所をエールが大剣で薙ぎ払った。
笑った気がした。ボクも笑い返す。一歩だけ後退して、ボクのリーチで剣を振るう。
五合の打ち合いで、ボクの手が痺れてきた。痛みがあるわけではないが、このまま打ち合うのは得策ではない。
「オレの動きを……見切ってるんですか?」
「見切ると言うか、反応してるだけだよ?」
「……はぁ」
ため息を吐かれた。驚かれているわけではないようだ。
ボクはエールの動きを全て見てから判断して動いている。剣を振るいながら剣による応酬だけではなく、周りの情報から来るもの全てを思考し魔力を放出している。
一瞬でも気を緩めれば触れられてしまう。危険な動き方だというのはわかっている。
武芸に勤しんだエールならば余計にそうだろう。
ボクは、相手の行動を予測していない。間に合わない一手が放たれればどうなるか。答えは簡単だ。ボクが死ぬ。それだけ。
でも、間に合わない一手なんて今のボクには存在しない。それだけの自信と魔力がある。
過剰な魔力により上昇したボクの耐久力はいわずもがな。素人のボクが修練を積んだエールと互角以上に戦えるのは、そういうこと。
「……なるほど。わかりました。わかりましたよ。オレの役割も何もかも」
「うん?」
「ハデス様。次に放つのはオレが今放てる至高であり究極の必殺技です。耐えれないと――死にますから」
「うん。いいよエール。君の全部を受け止めてあげる。君の最大の力を超えて、ボクは名実共にハデスであると君に宣言しよう」
「ありがとうございます」
お互いに距離を取る。大剣のリーチからも逃れた距離で、エールが魔力を漲らせる。
ボクのハイエンド・ハイブースターと違う。純粋にあの大剣に魔力を込めている。
刀身が魔力を帯びて輝いていく。銀色の輝きから、次いで燃えるような灼熱色に変化していく。
刀身の周囲の空間が歪んでいく。ものすごい熱量が集中している。
「『噴火する――感情』」
「っ!」
灼熱の刀身が、これまでにない速度でボクに迫る。
一瞬でボクの至近にまで迫ったエールの巨体から振り下ろされる必殺の一撃。
片手剣で受け止める。剣が融けた。
「オォォォォォォアァッ!!!」
融けた刀身が折られる。残った刀身で受け止める。片手剣が完全に破壊され、使い物にならなくなった柄を捨てる。
灼熱の刀身によるラッシュをぎりぎりのところでかわし続ける。身体を強引に加速させ制動させエールの動きを見て判断してかわし続けて。
振り下ろされた灼熱が、姿勢を変えることなく横薙ぎに払われる。
「でも、ボクの勝ち」
灼熱を弾く。
「テスタメント――リアディヒティア」
当たり前のことだけど、炎には水が最適解だ。暴れ狂う炎ならば多少の水ならば一瞬で蒸発してしまうが、多少でなければ良い。
でも、そんな当たり前に頼って勝っても、多分お互いに納得しない。だからこそ、ボクが思いつける最高の技で返礼する。
手の平に魔力を込める。全身を突き動かしていた魔力を全て、右手に込める。
刀身を受け止める。熱さは感じない。覆った魔力が全てのダメージを無効にしてくれる。
手の平から刀身へ、魔力が流れる。ボクじゃなきゃ耐えられない膨大な魔力を、注ぎ込む。
八つの属性を込めた魔力が流し込まれ、刀身に罅が入る。
「な……っ!」
ほんの少しだけ、足元へ魔力を放出する。ボクの身体は飛び出して、注ぎ込まれた魔力に耐え切れなくなった刀身が砕ける。
手の平は、そのままエールの素顔を覆っている兜に触れて、魔力を際限なく流し込む。
兜が弾けた。エールの素顔が見える。
「……え」
「……なんと」
驚いたのは、ボクとテュポン。兜の下から現れたエールの素顔は、青い瞳の女性だった。
破片が飛び散っていく中で、兜だけを破壊してボクは着地する。剣を折られ兜を破壊されたエールが、片膝を突き頭を下げる。
「参りました」
敗北を宣言された。
「エールプティオー・イラ。ハデス様に忠誠を誓います。この身はハデス様の剣となり盾となり、ハデス様の障害になるもの全てを排除することを宣言します」
「……うん。ありがと、エール」
「テレサ、とお呼びください。女を捨てたオレの素顔を初めて暴いたアナタには、そう呼ばれたい」
「わかった。よろしくね、テレサ」
立ち上がるテレサを見上げる。しっかし大きいなぁ。ボクじゃ手を伸ばしてもテレサの頭にまで届かない。
むう。認めてくれたお礼に頭でも撫でてあげようかなって思ったのに。
「どうかしましたか、ハデス様」
「んーん。なんでもない。ねえテレサ」
「はい。なんなりと」
「テュポンと一緒にお片づけ、よろしくね?」
ボクたちの激闘の後始末。闘技場はしばらくは使い物にならないだろう。
かろうじて床は残っているが、最後のテレサの猛攻によってほとんどが融解している。
でも、ボクも認めるしかない。
ボクがこれまで出会ってきた誰よりも、テレサは強い。巨体に見合わぬ速度を持ち合わせ、繰り出される一撃は全てを破壊できるだろう。
彼に、いや彼女に勝てるとしたら、誰がいるだろう。
『色の位階』の第一位ですら敵うか怪しい。彼らは召喚士として優秀であり魔法使いとしても至高の存在だけど、それら全てを黙らせられるほど、テレサは強い。
……ちょっとだけ、楽しみになってきた。
ボクの望みを叶えてくれるっていう“白い英雄”ってのは、果たしてボクの前に立ちふさがるテレサを超えられるのか。
超えてもらわないと困るんだけど、テレサが負ける姿ってのも想像できない。
あと、十日。
星見が外れたら、今度こそ本当にボクの願いが叶えられる機会は失われる。
そうしたらボクはもう、エルルには戻らない。この記憶も感情も全部捨てて、感傷に浸ることも捨てて、大切な家族も全部忘れて、自覚した恋心も全部捨てる。
その時こそ、冥王ハデスの完全な復活だ。
ハデスとして何をするかは、それから考えよう。
そりゃ二メートル超えて声ちょっと低めで顔わからなかったら男だと思うよそりゃ。
兜隠して一人称が「オレ」ってところまでは伏線でした。
ムキムキマッチョの戦う女性ってのもまあ個性として←