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コミュ障エルルの召喚魔法  作者: Abel
第三章 家族の絆と向こう側のボク
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イラの不安と、仕える為に。




 エールプティオー・イラ。武芸に秀で、ハデスの剣となる使命を背負った一族。

 二メートルはあるであろう屈強な体躯と、彼を守る全身甲冑。兜によって素顔すら隠れてしまう彼は、成る程確かに一際優秀な兵士のようだ。

 ボクの寝室から覗ける場所にある、中庭に建設された闘技場。城下町からも何とか見えるこの場所は、本来であれば“見せしめ”のための場所として造られたらしい。

 ここは眺めも良い。城を守るように配置されている四つの塔と城壁も見えるし、城下町の暮らしもある程度は見える。

 エールは自身の身の丈ほどある大剣を背負っている。胸の前で腕を組んでおり、ボクを待っていたようだ。

 テュポンが一歩前に出る。


「エールプティオー。ハデス様に説明を」


「……いえ、試したくなっただけなのです」


「その隠す気もない武器をか?」


 はい、と構えを解かずにエールが答える。小さく舌打ちするテュポンと、話についていけてないボク。


「要するに、新しい武器が手に入ったってこと?」


「ええ」


「じゃあ。ボクがやる必要は無いじゃん」


 つまんないなー。ボクでなくてもいいなら、他の誰かを指名して代わってもらおう。

 別に戦うことは嫌いではない。そもそもボクが生きていた時代は闘争の時代だ。

 戦うことが当たり前で、誰も彼もが戦いを終わらす方法なんてわからずにただただ戦い続けた時代。

 戦争と呼ぶほどだった。ボクと戦女神との戦い。空と大地の支配者の激突。

 ボクたちに連れられて争いが起きていただけで、戦争の終着点はボクの終わりと同時だった。

 ボクは思いを成就させることも意思を貫くことも出来ずに死んだ。他ならぬ彼女の手で。


「……オレは、悩んでいます」


「何を?」


「ハデス様が仕えるに値する存在かどうか、をです」


 あれま。それはなんとも。とても七氏族の当主の一人が吐く言葉とは思えない。


「エールプティオーッ!!!」


 当然の如くテュポンが叫んだ。まあ無理もないよね。

 自分たちが求め続けてきた神が二十にもなってない少女の姿をしていれば、誰だって。


「千年。いや、それ以上だ! それほど長い時を、オレたちは待ち続けた。いつかハデス様が降臨なされ、オレたちを導いてくれると! だが蓋を開けてみればどうだっ! 寄り代の少女は幼すぎる。テューホーン様の血筋と言えど、あまりにも頼りない(・・・・)!」


 あー、それは一理あるか。胸もぺったんこで色気もないし、背も高いわけじゃない。どちらかというと、この身体は守られる側の身体だ。

 ……自分で言ってて悲しくなる。別に大きい胸に拘ってるわけじゃないし、体型を気にしているわけじゃない。

 でも、それらが彼にとって不安要素になってしまっているのなら。

 それは本当に申し訳ないと思う。残念なことにボクが肉体の枷から解き放たれるのは少なく見積もっても数十年は先。

 ボクがハデスとして完全に完璧に復活を遂げた時、きっと氏族の当主は代替わりしているだろう。


「だから、ボクと戦いたいと?」


「ええ。どんな華奢な身体であろうと、オレを越えられるのはこの国ではハデス様だけ。ならばオレがハデス様を認めるためには、ハデス様と直接刃を交えねばならない!」


 彼の言葉からは自信が伺える。少しだけ苦い顔をするテュポンを見る辺り、この国で最も強いのは彼なのだろう。

 そんな彼がボクを認めないと知られれば、大騒ぎになる、かな。

 この国も人々が従うのは、氏族の当主たちだ。そんな彼らが崇める存在だからこそ、ボクも敬われる。

 その中の一人がボクを不信に思えば、彼に従う者たちもボクを疑うようになる。


「なるほどね」


「ハデス様、このような反逆者にハデス様のお手を煩わせるわけにはいきません。ここは私が――」


「いいよ、テュポン。ボクがやる」


「しかし……!」


「だいじょーぶ。それともテュポンも、ボクを信用してないの?」


 この言葉さえ吐いてしまえば、テュポンは黙るしかない。

 テュポンにとっては、ボクこそが絶対。万が一にでもボクが傷を負うことなどあってはならない。

 まあ、そんなところだろう。

 でも流石にこれはテュポンに戦わせてはいけない。これはボクが認めてもらうためにエールが用意してくれた、最短で最善の手段だ。

 この国で最強であるエールを降せば、誰も彼もがボクを認めざるを得ない。

 わかりやすい。実にわかりやすい。そういう単純な話は大好きだ。


「エールプティオー・イラ。君がボクの剣であるか、このボクが直々に見極めよう」


「恐れ入ります」


 初めて彼が頭を下げてくれる。不安が伝わってくる。ハデスが不在のまま、ハデスのために国を守り続けていたんだ。

 ありがとう。だからボクも、ハデスであることを見せ付けよう。


「エール、先に言っておくけど――手加減は許さないよ?」


「当然です。エールプティオー。冥界最強の将として参ります!」


 ボクの世話係を命じられたメイドたちが一人一つずつ物騒な武器を持ち出してくる。

 好きな武器を選べ、ということだろう。

 エールの武器は見ての通り二メートルほどある大剣だ。そのリーチも一撃の重さも容易に推測できる。

 とはいえボクの本領は武器よりも魔法だ。武器は相手の攻撃を捌ける程度で良い。


「じゃ、これ」


 メイドの一人から武器を貰う。綺麗に鍛造された片手剣だ。

 エールを慕う彼の部下から、失笑が漏れた。テュポンが睨むだけで怯むが、ボクは気にしない。

 リーチも威力も到底敵いそうに無い片手剣だけど、片手で振り回すには重さも長さもちょうど良い。

 純銀に輝く刀身は暗い世界でもしっかり主張してくれる。うん、これでいい。これがいい。


「……ハデス様。お気をつけて」


「大丈夫だよ。テュポンは気にしすぎ」


 ……テュポンの遜った態度ははボクがハデスだからだろうか。ハデスとしてのボクを心配してくれているのだろうか。

 わかっている。この人はボクをエルルとして見ていない。エルルは所詮器でしかない。

 だからケーラが、お母さんがボクを吊れて逃げても取り戻そうとしなかった。ボクより早く死ぬであろうケーラは放っておいて、その内星見で見えたら回収すれば良い。

 その程度の価値なのだろう。彼にとってボクという存在は。

 テュポンの言葉を疑うわけではない。彼は心の底からケーラを愛し、そしてボクが生まれた。

 ただ、彼にとっては何よりもハデスが優先されるのだ。神の前には、妻も子供も関係ないのだ。


「さあハデス様。オレの剣に答えてください!!!」


 大剣を片手で背負うような体勢で、身を低くしてエールが駆け出す。

 その速度は思ったよりもずっと速い。きっと壮絶な鍛錬をしてきたのだろう。

 重そうな甲冑を着込みながら誰よりも速く動き、その巨大な武器による一撃を喰らわせる。

 成る程確かに手ごわそうな相手だ。


 剣士として戦え、ば。


「テスタメント・エクゾースト」


 剣を持っていない左手のほうで、魔法を放つ。

 小さな電気が空中を走り、エールの目の前で大爆発を引き起こした。

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