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コミュ障エルルの召喚魔法  作者: Abel
第三章 家族の絆と向こう側のボク
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アケディアの本懐



 金属を打つ音が、工房に響く。城の一角に構えられた怠惰(アケディア)の工房。

 工房の主であるテッラエ=モートゥス・アケディアは、豊かな白い髭を蓄えた老人だ。

 老人の身体とは思えないほどに鍛え上げられた筋肉が、何度も金槌を振り下ろす。

 まだ熱を持っている金属を何度も打ち続け、形を変えていく。零れ落ちる汗を拭うことすら忘れてテッラエは没頭している。

 後ろにいるボクはもう意識の外なのかな。七氏族の長たちの中でも最も高齢な彼は、冥界の精錬技術の立役者だ。


 今彼が加工しているのは、正確には金属ではない。金属に似た性質を持つ生物の鱗や牙だ。

 神竜ファフニールから採取した、竜の鱗だ。普通の鉄よりも、いや冥界に存在するすべての鉱物より頑丈な鱗は、長年彼が追い求めてきた材料らしい。

 何を作っているかまでは教えてもらっていない。ボクがここにいることすら、彼にとっては邪魔らしい。

 彼の視界には加工する為のファフニールの鱗しか見えていない。溶かし、鋳型に流し込み、成型する。

 固まった鱗はもう鱗とは呼べない。真っ白な金属以上の鱗は、その色を美しさを損なうことなく形を変える。


「……見ていてもつまらんものですよ。ハデス様」


「いえ、ボクはこういうのは初めてなんで新鮮ですよ」


「そうですか……。ったく、テュポンも何を考えてるんだか」


 一区切りがついたのか、それとも手持ち無沙汰なボクを気遣ってくれたのか。

 テッラエは椅子に腰掛け、一息つく。鉄くさい工房の中で、一際ここは臭いがきつい。

 彼が愛好している煙草は、かなり臭いの強いものだ。彼が煙草を嗜んでいることは知っていたが、工房でしか吸わないとも聞いていた。

 その理由がわかった気がする。ある程度換気もされているが、彼専用である工房くらいでなければ煙草を好まない人たちから煙たがれるだろう。

 テッラエが紫煙を吐き出す。煙はすぐに消えるが、残ったきつい臭いに思わず顔をしかめる。


「すみませんね」


「ごめん」


 お互いに謝って、テッラエが煙草の火を潰すように消す。

 彼が加工を続けるファフニールの鱗は結構な数がある。まだ全体の半分も終わってない。

 作っている物に興味はある。でも、彼はそれを教えてくれない。

 ボクにとって害があるものではない、とだけ教えてくれた。その言葉に嘘偽りはないから、敢えて言及しなかった。

 完成が楽しみである。


「……ワシは長い間、アケディアの長をやってきました」


 遠くを見ながらテッラエが口を開いた。


「アケディアは技術の一つを極めるためにシンの本家から分かれた一族です」


「うん、それは聞いたことあるよ」


 テュポンが教えてくれた、七つの氏族の始まり。

 アワリティアはハデスを迎えるため。スペルビアは魔を極めるため。

 ルクスリアは研究と探求を。インウィディアは文化を守り育てる。

 イラは来るべき日のために力を蓄え、アケディアは技術を極める。

 グラは唯一、役目を持てなかった者たちの集まり。けれどハデスを信仰する思いは他の一族に引けを取らないと言う。


 この冥界に住まう人々は、皆何かしら七氏族のどれかの血を引いている。

 長いときをこの大陸だけで過ごしてきた彼らは遠縁なのだ。

 他の世界と交流せず、ただただハデスが目覚めるのも待ち続けた。


「ワシの代になるまで、まあそりゃいろいろ開発したりもしましたが……ワシはようやく、己の技術全てを捧げられるものを見つけられた」


「それがファフニールなの?」


「ええ」


 遠くを見つめていた瞳に活気が戻る。


「あれは最高の素材です。打てば金属より屈強な鉱物であり、あらゆる魔法も跳ね返す。鱗自体に魔力が宿っており、あらゆる付加能力(エンチャント)を可能にする。恐らくファフニールの鱗以上の鉱物などこの世に存在しないでしょう」


 熱弁をふるうテッラエはまるで少年のようだ。鍛冶としての道を歩み続けてきた彼にとって、ファフニールという素材こそが最上であり求め続けてきたもの。

 恐らくそれに対する思いはハデスへの思いより強い。

 それを感じると、嬉しい。ボクに拘らない人がいることが、嬉しい。

 口調こそボクを敬っているけれど、テッラエにとってはボクよりもファフニールの肉体こそが待ち望んでいたものなのだろう。

 だからこそテュポンはあの時ファフニールの身体を封印した。まだ力を残していた老体を。

 テッラエが言うには、ファフニールが再転生を終えると老体に残された鱗からもほとんど魔力が失われてしまい、並以下になってしまうらしい。

 だから再転生直後を狙った。豊潤な魔力を蓄えているファフニールの老体を、力の引継ぎが終わる前に奪った。


「この最上の、究極の素材を使って武具を造る。それこそがワシの本懐。アケディアの使命」


 あ、武具を造ってるんだね。まあ確かに、テッラエが語るとおりなら最高の武器が作れるはずだ。

 それを誰が使うかは分からないし、もしかすれば儀礼用のかもしれない。


「当主の役目として、跡継ぎは充分に育ちました。ワシが引退すればハデス様を支えてくれます」


 どこか疲れた表情でテッラエが呟いた。話を聞けば聞くほど、彼は長としては相応しくない。

 彼はハデスを崇めるよりも、鍛冶職人として腕を振るうほうが向いている。ハデスに仕える、なんて思いは彼の純粋な思いの邪魔でしかない。

 でも、長でなければファフニールの鱗の加工などという大役は任せられない。

 だからこそ彼は長であり続けた。老齢になってもファフニールを待ち続けた。


「テッラエ。ボクは君を尊敬する。一つの目標へ邁進し、己が念願を叶えようとする君に敬意を払おう」


「勿体無いお言葉です……。年寄りの我侭を聞いてもらえて、ワシももう、思い残すことはありません」


 休憩は終わりなのか、テッラエは重い腰を上げながら工房を出る。

 次の鱗を取りに行くのだ。後をついていけば、工房からは城の外にすぐ出れるようになっている。

 そこには仮設された巨大なドーム状の建造物があり、封印から解き放ったファフニールの老体が安置されている。

 飛べるボクと違って、テッラエは一歩一歩足を踏み外さないように梯子を上りファフニールの鱗を剥がしていく。

 一枚一枚がテッラエの身長以上ある鱗だが、鍛え上げられた彼の肉体は容易く持ち上げる。

 地面にはマットが敷き詰められているので、落としてしまっても問題は無い。まあこの程度で傷ついたり変形しないのがファフニールの鱗だけど。


「此処にいましたか。ハデス様」


「あ、テュポン」


 テッラエの作業を眺めていると、テュポンがやってきた。

 彼にしては珍しく、剣を背負っている。黒の力を使える唯一の彼は、武器を使わずに戦うのが常なのに。

 むしろ城の中で武器を背負う必要も無い。敵が攻めてきているわけでもないんだから。

 星見の結果がわかるまで、まだ十日もある。警戒するに越したことはないかもしれないけど、些か早すぎる。


「ハデス様。お願いがあります」


「どうしたの?」


 テュポンにしては珍しい。いろいろなことを教えてくれるけど、彼から何か頼まれるなんて冥界にきてから数えられるくらいしかない。


「イラの当主が、ハデス様と戦いたいと」


 ……えー。

ちなみにもろもろ諦めたエルルだからからか、対人関係についてもほとんど障害がなくなってたりします。一定の付き合いで表面上のうわべだけの付き合いすればいいって悟ってるから←

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