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コミュ障エルルの召喚魔法  作者: Abel
第三章 家族の絆と向こう側のボク
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ハデス で いい。



強欲(アワリティア)傲慢(スペルビア)色欲(ルクスリア)嫉妬(インウィディア)憤怒(イラ)怠惰(アケディア)暴食(グラ)


 かつてのボクの友達。シンの末裔たち。今でこそ七つの氏族に分かれたが、彼らは一つの国を築きずっとボクを待っていたという。

 それは凄く嬉しいことだ。記憶を取り戻したボクが、生きる時代が違うボクに帰れる場所がある。受け入れてもらえる場所がある。

 心が安らぐ場所がある。

 冥界の大陸に辿り着いてもう二週間が経とうとしていた。この大陸の特殊な気候なのか、真っ黒な雲が空を覆っている。

 たまに雲の隙間から太陽の光が差し込むが、一週間の内に二回あれば珍しいほどだ。暗い世界で生活するのが当たり前だからか、誰も彼もが光と火の魔法に詳しい。

 王国より優れた文化がある。二週間ほどいて感じたことだ。

 家は木造や石造りではなく、鉄を基盤や中心としてコンクリートと呼ばれる石材で建築されており、これが大層丈夫で震動にも火災にも強い。

 魔法をこれ以上ないほど生活に役立てている。馬を用いての移動手段は無いに等しい。

 大陸を移動する手段は、飛空挺と少ない魔力でも運用される車と言う鉄の塊だ。

 特に車は凄い。飛空挺はその動力源として浮遊石という特殊な鉱石を必要とするけど、車は一般的な魔石で動かせる。

 一家に一台は車があるとテュポンが言っていた。この大陸に住む片翼の民たちは、車と飛空挺を用いて暮らしを豊かにしている。

 王国には無い技術が盛んだ。ボクにとっても初めて見るものばかりで、最初の一週間はほとんど街を見て歩くだけで過ごしたくらいだ。


「……で、話ってなーに?」


 ボクは今、ボクのために造られた城にいる。寝室にいたボクを呼び出したのは、テュポンと共にグランドフォートまで来ていたルクスリアの当主の女性だ。

 イヌンダーティオー・ルクスリア。長くてややこしいからティオと呼ばせてもらっている。

 紫色のドレス。紫色の髪。紫色の瞳。日を浴びない冥界の人々は肌が白いけど、それ以上にきめ細やかな白い肌の女性。

 随分な年齢のようだけど、その容姿はかなり若作りだ。二十代前半と言われても納得してしまうだろう。

 そんな女性が、星見の間にボクを呼び出した。


「お休みのところ、申し訳ありません」


「いいよ別に。気にしてない」


 冥界に来てから散策以外にはほとんど寝て過ごしている。特に理由も無く、ただ眠いんだ。

 気候が合ってないとか、体調に何か問題があるというわけでもない。

 眠いから、寝るんだ。

 眠るってのは頭の中で自動で情報を整理することでもある。いつも以上に眠っていたボクは、二週間ほどかかってようやく記憶の整理が終わろうとしていた。


「ハデス様にご報告したいことがありまして」


「うん?」


 ティオが頭上を見上げて、ボクも釣られて上を見上げる。天井はガラスで覆われていて、真っ黒な雲が覗ける。

 今日は星は見えない。一週間に二回も星が見れれば幸運である。

 昨日は確か……星が見えた。生憎すぐに眠ってしまったけど。

 空が雲に隠されたままでは、星見はできない。


「昨夜、星見によって新たな情報が入りました」


「聞かせて」


「……冥界の星が輝きを見せること四回の後に――白き英雄が黒き神を討ちに来ると」


 少しの間があった。それはきっと、ボクに伝えている情報と星見の結果に多少だが差異があるということだろう。

 ボクに隠さなければならないことがある、ということ。

 水臭いというか、ボクを信じていないというか。

 まあ無理もない。記憶を取り戻すまでずっと王国で暮らしていた魔法使いを、そんな簡単に崇める神であると認められるほうが凄い。

 だからテュポンみたいな人は稀有なんだ。あれほどまでボクの言葉を行動を信じて付き従ってくれるのは。


「ねえティオ」


「はい」


「嘘は吐かなくていいよ」


「…………」


「それとも、嘘を吐かなきゃいけないような内容なの?」


 例えば――ボクが此処を去る、とか。それは冥界にとって最悪の事態だ。ようやく迎えられた神がいなくなる。

 神を信仰している彼らにとって、ボクという存在は多少あやふやでも絶対なのだ。それは街を散策しただけで感じた。

 この身はまだ人の身だけど、それでも彼らはボクを神として扱った。敬った。

 ボクを見かければ頭を下げ、何かを献上しようとしてくる。テュポンに言って挨拶だけは許したけど、それ以上の供物は拒否した。

 彼らにも暮らしがある。でも、彼らにとってボクは、暮らしの全てを投げ打ってでも従うべき存在のようだ。


「イヌンダーティオー・ルクスリアに命ずる。真実を告げよ」


 ボクは正直、卑怯だと思う。ボクが命じれば、この大陸の誰もボクに逆らえない。

 死ねといえば命すら捨てる、そんな人たちしかいない。

 それはつまり、ボクと対等の人なんていないってこと。

 ボクがほしいものを与えてくれる人もいないということ。

 正直に言えば、この世界は暇で仕方が無い。


「っ……わかり、ました」


 ティオが苦い顔をしながら、口を開く。

 ごめんね。言いたくないんだろうけど。

 でも、嘘を吐かれるのはもっと嫌だから。


「白き英雄が、黒き神の望みを叶える――それこそが、星見の結果です」


「……そう」


 心当たりは、少しだけある。

 記憶を整理して、ボクは記憶を取り戻す以前のこともある程度把握している。

 だからこそわかる。かつてのボクに想いを抱いてくれた。愛を抱いてくれた少年。白き力を得た親友。

 白き英雄と言うくらいだから、きっと王国を導くミリアリア・ハイゲイン・ウォルスタンだろう。

 ボクのことを想ってくれる、大事な人だ。


「望みを叶える、ねえ」


 星見の結果は絶対ではない。あくまで予言に近いものであり、外れることも少なくない。

 込める魔力が多ければ多いほど、込める魔力の質が良ければ良いほど精度は増すが――ボクが行ってない以上、あやふやな星見に変わりは無い。

 それに、ボクが欲しているものが手に入るわけが無い。

 ボクが求めているのは、唯一絶対の繋がりだ。

 愛という絆だ。

 確かにミリアリアがボクに抱いている感情はユーゴのそれに近い。けれどボクとミリアリアはあくまで友達で。そりゃあ感極まれば口付けくらいは許容するけど、それ以上は求めない。彼女の温もりは愛しいけれど、それ以上ではない。

 どちらかと言えば、ボクはユーゴにこそ愛情を抱いている。けれど彼ではボクに応えられない。

 ボクの想いは、一千年の時より重い。

 二十も生きていない彼が、背負えるわけが無い。

 だから、その星見は外れる。


「大丈夫だよ、ティオ」


「ハデス様……」


「心配してくれて、ありがと」


「ありがとう、ございます……!」


 片膝を突き、頭を下げてくるティオを優しく撫でる。


「でも、ボクにもう魔法は掛けちゃダメだよ?」


「――!?」


「気付かないと思ったの? あの程度の魔法、船の中でもう無効にしたけど」


 ボクが、ボクを認識できなくする魔法。簡単な認識阻害の魔法。記憶を取り戻したボクだからこそ、的確に効いた魔法。

 でも、そんな違和感にはすぐに気付く。だからすぐに無効にして、ボクはボクを取り戻している。

 エルル・ヌル・ナナクスロイ。ボクの本当の名前。テュポン(お父さん)ケーラ(お母さん)から貰った、大事な名前。


「あ、あ、あああああ……」


「大丈夫。表沙汰にするつもりはないから」


「え、え……」


「ティオも、黙っててね? 君以外は誰も、気付いてないから」


 声を上ずらせながら、ティオは頷いてくれる。それもそうだ。ボクに認識阻害の魔法を掛けろと命じたのは恐らくテュポン。それが無効になっていると知られれば、ティオの立場が危うくなる。ボクにとってはティオがそのままいたほうが都合が良い。同性ということもあるし、何よりティオはケーラの親友だった。

 色々話を聞きたい。ケーラのことを。ボクが生まれた当時のことを。

 エルルとしての記憶を持っている以上、みんなのことも当然覚えている。

 でも、ハムちゃんが死んだときに気付いてしまったんだ。

 誰も、ボクと永遠の時を過ごすことはできない。

 ボクの想いに耐えられない。絶対なる地上の神であったアテナでさえ受け入れられなかったボクの想いを、誰が受け止めてくれようか。

 せるちゃんはボクのお母さん代わりだった。望めば彼女は永遠に近い時を過ごしてくれるだろう。

 ハムちゃんはボクのお父さん代わりだった。望めば彼も永遠に近い時を過ごしてくれるだろう。

 でも、ダメだ。

 だって、大切だと思えば思うほど――壊れてしまうから。壊してしまうから。大切な存在を狂おしいほど愛して滅茶苦茶にしたいから。

 だからボクは、誰にも受け入れてもらえない。

 もう、諦めたほうが早いんだ。ボクみたいな存在は、未来永劫孤独に過ごせばそれでいいんだ。

 そう割り切ってしまえば、王国での暮らしよりこちらでの暮らしのほうが不自由が無い。

 だって、誰もボクを怖がったりしない。ボクをハデスとしてだが認めてくれる。

 エルルという存在は、もう必要ないんだ。


 だからボクは、ハデスでいい。

 この身朽ちた時、ボクは完全に神となる。ならそれまで、誰にもこの事実を告げないまま過ごせば良い。

 別にいい。知っている人から石を投げられることも、罵声を浴びせられることもないのだから。

エルルとしての記憶は失われていない。半身が求めたエルルはすでに自己を確立している。

でも、もう諦めてしまった……。

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