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コミュ障エルルの召喚魔法  作者: Abel
第三章 家族の絆と向こう側のボク
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クルルの後悔




 何か、大事なものが胸の中から消えた――。

 嫌な予感がして、竜王の間から空を見上げる。リフルが傍にいるから、何があっても大丈夫、だけれど。

 この、胸を引き裂かれるような痛みはなに?

 嫌な予感が焦りを生む。どうして私はあの時ハムとセルについていかなかったのか。リフルと私が行けば、エルルを奪還できない可能性は皆無といえるはずだった。

 でも、私はハムについていくその一歩が踏み出せなかった。

 怖れてしまったのだ。

 遥か上空で戦い、敗北し落下することではない。

 あの人が、エルルに父だと名乗ったあの人が、私を認めないことを。

 私という存在はエルルの半身。私は、あの人が父親であってほしいと心のどこかで望んでいる。

 だって、エルルからもらった大切な記憶の中にもなかった、優しい面影だ。お母さんと愛し愛された存在だ。

 エルルが撫でられて、こそばゆい表情をしていたのが羨ましかった。あの大きな手で私も撫でてもらいたかった。

 父親という存在は、娘にとってそれほど大きい存在なのだろう。


 だから、テューホーン・アワリティアと名乗ったあの人に否定されたら。

 私はきっと、エルルを守ることも忘れて暴れてしまう。この黒の力で何もかも壊してしまう。

 エルルと約束した、エルルを守って、私も幸せになる。そんな願いが失われてしまう。

 それが嫌だから、待つことを選んだ。


 結果として、どちらを選んでも私は後悔していた――かもしれない。


 嫌な予感は、空から落ちてくるハムとセルを見て確信に変わった。


 遠目から見て、深手を負っているようには見えない。けれど金属のようなものがハムの身体のいたるところに付着し、動きを封じているようだ。

 リフルの炎で――ダメ。金属を溶かすほどの熱量はハムの身体も危険に晒す。セルもいるから余計にだ。

 だったら、私が。


狂流・選流(クルー・エル)!」


 消していた黒い球体を出現させる。黒い球体は高速回転しながら、その球体から糸のようなものがいくつも飛び出ていく。

 細分化された黒の力はハムの落下速度よりも速く上昇する。ハムの身体には接触しないように、ハムの身体に纏わりついている金属にだけぶつかるように。

 大丈夫だ。私なら出来る。黒の力を後天的に使っていたエルルより、私のほうが黒の力を理解しているしコントロールも上手い。


「ハム! しっかり!」


『っ……クルル様……』


 まず、翼についている金属を一斉に破壊する!

 大丈夫だ、上手くいった。ハムは少なくとも翼が自由になり、落下を止める。振り落とされないようにしがみついていたセルも無事みたい。

 身体に付着している金属の影響か、ハムは着地が上手くできず竜王の間を破壊する形で着地する。大地が揺れる。わわ、危ない。

 すぐに身体中の金属の破壊をする。幸いなことに生命機能に影響を与えているわけではなく、ハムの身体を物理的に金属で拘束し、魔法で強引に力を奪った。そんな感じだろう。

 金属に触れてみて、そこに残っていた僅かな魔力に触れる。銀と、赤と、青の魔法を混ぜ合わせた特殊な魔法。

 さらにそこに紫の魔法で、触れた対象から力を奪う魔法を宿している。少し強引だけど、四つの属性を混ぜた魔法。

 属性を纏めて全部をエネルギーにするのとは一線を画す力。新しい魔法の作成とも言える偉業。

 残っていた魔力は……間違いない、エルルのものだ。そもそも三つの魔法を混ぜ合わせて使えるなんて、エルル以外そうそういない。

 エルルが、ハムに危害を加えた。攻撃をした、という事実。

 それがどういうことか、私はすぐに理解してしまった。


「……ハム。エルルは……っ」


「……はい。ハデスとして覚醒しました」


「~~~っ!」


 わかっている。ハムが一度死んでしまったあの瞬間。あの出来事が引き金となってしまったことくらい。

 ハムとセルは全力でエルルを取り返すために戦ってくれた。エルルが望まない殺生もしてしまったかもしれない。

 でもそれくらい、二人にとってエルルは特別で大切な存在だった。間に合わなかったのは仕方のないこと。

 ハムが意識を取り戻すまでの十分にも満たない僅かな時間。それから上空でエルルを探すための戦っている時間。

 全てを合わしても一時間にも満たない間に、エルルの中にいたハデスが記憶を取り戻した。

 ハムの死で茫然自失としていたエルルにとって代わられた。

 エルルという人格はもう、消えてしまったのかもしれない。


 わかっている。誰も悪くない。原因があるとすれば、それは間違いなく私たちの冒険を邪魔したお父さん、だけ。

 わかっている。わかっている。でも、あふれ出る気持ちは抑えきれない。ハムの頭を何度も殴ってしまう。何も言わず、ただただハムは受け止める。

 それが余計に私を惨めにさせる。慰めの言葉もかけてもらえない。わかっている。これは全部私の八つ当たりだ。

 エルル。エルル。私の半身。私の姉。特別でかけがえの無い存在。

 消えてしまった。エルルが。


「……クルル」


 泣き喚く私を、セルが抱き締めてくる。冷たい身体が熱くなった私の意識を急速に冷ましてくれる。

 温もりは冷たくても、暖かな心は伝わってくる。

 わかってるんだ。目の当たりにした二人のほうが辛いことくらい。

 私よりも長い付き合いの二人のほうが苦しんでることくらい。

 でも、でも、でも。


「エルルはまだ、消えてないかもしれないの」


「……え」


「エルル……ハデスは最後に、私を見て『せるちゃん』って言った。それまでずっと『セルシウス』って言っていたのに」


「それじゃ……!」


 それは、エルルが消えていないという確かな証拠。セルをせるちゃんだなんて呼ぶのは、エルル以外に誰もいない。

 ましてや神であるハデスがそんな砕けた言葉で呼ぶわけが無い。親愛を込めた愛称で呼ぶわけが無い。

 でも、ハデスが呟いた。それが気になる。

 エルルは消えていない。でも、ハデスとして活動している。

 思考を止めるな。考えるんだ。私の知識はエルルから受け継いだものだけど、思考は全て私のものだ。

 自己を軽視し物事を俯瞰的に見すぎるエルルとは違う、私の私のために全てを繋げる思考は、私に希望を与えてくれる。

 考えろ。エルルは消えていない。でも、ハデスと名乗った。

 セルの話を聞けば、エルル、と呼んでも一切反応が無かったとのこと。

 考えるんだ。私とエルルは同じなんだ。思考回路は多少違えど根本は同じ。それはハデスの記憶を得ても変わらないはずだ。

 だとしたら。

 何かしらの原因で、エルルであることを(・・・・・・・・・)理解できない(・・・・・・)としたら。


「……ハム。エルルの傍にテューホーン以外に誰かいなかった? こう、雑用とかする兵士以外で」


『女がいました。全身を紫で仕上げた妙齢の女性が』


「やっぱり」


 強引かもしれない。間違っているかもしれない。

 これはあくまで推測だ。でも、私を納得させる答えとしてこれ以上のものはない。


「エルルに何かしらの暗示が掛けられているかもしれない。少なくとも、自分をエルルと認識できない、ような」


 ハデスの記憶を取り戻して、エルルの記憶が消える道理はない。

 取り戻したことによって、ハデスとエルル、神と人の記憶が混在してしまったとしたら。

 記憶の整理のために、エルルの記憶を思い出しにくくすれば。それはもうエルルを消したも同然のこと。

 エルルとしての記憶があやふやになれば、ハムやセルを見てもそれが表に出てくることはない。

 人格の書き換えでもなんでもない。ハデスがエルルなんだ。エルルがハデスなんだ。

 そう考えると、しっくりくる。

 最後に名前を呼んだのも、記憶の中から溢れてきたのかもしれない。

 それなら取り戻せるかもしれない。違う。取り戻せる!


 ハムの瞳に気力が満ちていく。セルの表情が明るくなる。話についていけてないのか、リフルだけが首を傾げていた。

 後でちゃんと説明してあげないと。でも、今は。


「ハム。一旦王国に戻ろう」


『ですが――』


「私たちだけじゃどうにもできない。ミリアやユーゴを頼ろう!」


 白の力を持っているミリア。類稀なる才能とオーディンを従えるユーゴ。

 さらに圧倒的存在としての『色の位階(ナンバリングカラー)』の一位たちもいる。

 トリスタン、ローレン、ウィル、ユーゴ、ミリアリア。残りの三人が誰かはわからないけど、第一位がそれだけいればエルルを取り戻す方法を見つけられる。

 さあ、帰ろう。早く、早く、早く。

 帰る時間ももどかしい。エルルが用意しておいた転移魔法を私の魔力で起動させる。間違って壊してしまわないように注意を払いながら。


「……助けてユーゴ。エルルを、助けて」


 零れ出た言葉は、私自身も驚くくらい――弱気な言葉だった。

クルルだって生まれて間もない女の子!エルルが大好きな女の子。大切なお姉ちゃんだからね!

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